***(十六)江戸への道***
「ありがとうございました。またのお越しをお待ち申し上げております」
食事が済んでお店を出て行く私たちを、竹中さんはワザワザ外まで見送ってくれた。
「いやぁ良かった、特ににぎりに合わせた酒の提供も良かった」
「それに一貫ずつと言うのも、店主の“味わってもらおう”と言う思いと、我らの“味わおう”と言う思いを見事に繋げましたな」
「それにお酒の量も、深酔いせずにいつまでも“ほろ酔い加減”を保つように調整されていて良かったですよね」
「ほう、楓どのも中々の観察力ですな」
「い、いえ……」
調子に乗って言った私の言葉を越前さんに褒めてもらい、嬉しさ半分恥ずかしさ半分。
なんといっても天下の南町奉行大岡越前に褒められたのだもの。
“#ピーポーピポー♬ ピーポーピポー♪ ♭ピーポーピポー♩
「なんだ、あの音は?」
「救急車です」
「救急車とは?」
「病気や怪我をした人たちを、その方の家や現場から病院へと運ぶ乗り物です」
「そう言えば楓どの、この見世物小屋の世界にはアチコチに医院とか病院と言う文字を掲げている建物を見かけるが、何か危険な流行り病などでもまん延しているのですか?」
流行り病と言えば新型コロナやインフルエンザが最近まで猛威を振るっていたが、このことを説明すると折角長崎の出島で貿易を続けている中国との貿易が途絶えてしまう可能性もあるかも知れないと思い、この世界には様々な病気を治す医者が居るのだと答えた。
越前さんが医者に掛かる事の出来る人はホンの一握りにも満たないのにコレでは医者が多すぎやしないかと私に尋ねたので、この世界の人たちはみんな健康保険証と言う物を持っているので診察費の3割だけ払えば良い事になっていると答えた。
「と言うことは医者の儲けは、たった3割だけなのか? なのに何故これほど医者がいるのだ」
「あとの7割は国民から徴収した年貢の中から国が払います」
本当は“税金”の中からではなく“国民健康保険料”として集めた資金で遣り繰りしているのだが、そこを説明するとなるとかなり面倒なので“年貢”の中からと言うことにした。
「ほー……集めた年貢から」
“ウゥ~ン♪ カンカンカン♬ ウゥ~ン♪”
救急車の後を追うように、今度は何台もの消防車が私たちの横を駆け抜けて行く。
「アレは?」
「どこかで火事があったのでしょう」
「火消し車か!」
本当は消防車なのだけど、名前はともかく直ぐに何の目的のためのものなのか言い当てたのはさすが!
「あれも年貢か!?」
「そうですね」
消防署員は公務員なので、車も含めて私たちの税金で活動しているので、そう答えた。
「年貢か……」
政治に携わっているだけあって、ヨッシーは何か思うところがあったらしく、しばらく黙って考え事をしている様子だった。
歩いて行くうちに光に包まれ行く。
ヨッシーも越前さんも、武士らしく慌てたりはしない。
私を信用してくれているのか、今まで歩いて来たまんま私の傍に居る。
やがて光で真っ白になった空間から光が徐々に遠ざかると、そこは見世物小屋の大広間。
「戻って来たのだな」
「はい」
私は扉の方を真直ぐに見つめたままヨッシーの言葉に頷いた。
「この襖を開けて、来たときと逆に進めば良いのですな」
「はい」
越前さんが私に聞いた。
「楓も、来たときと同じように婦人用を使って着いて来てくれるのであろうな」
「……」
タイムアテンダントの仕事はココで終わり。
来た通りに戻れば無事に元の世界に戻ることが出来る。
だが、途中で気が変わって引き返そうとしたり、手順を飛ばして急いで先に進もうとしたりすれば元の世界には帰れない。
無事に元の世界に帰り着くためには決まり事を覚えておく能力と、決まり事を守れる精神、そして元居た世界に戻ろうとする意志が試される。
そのどれかが欠ければ、永遠に時の闇に葬られることになるが、決してそのことは話していけない。
私が言えるのは、越前さんが言った事と同じ“来たときと逆に進めば帰ることが出来る”と言うことだけ。
ヨッシーと越前さんなら、問題はないはず。
「それでは、参る! 楓、あとで会おう」
「楓どの、それではお先に!」
二人が手を振って、襖の奥に消えた。
私はその後ろ姿を、ただ目で追った。
私の眼から、熱い涙が一滴頬を伝い、床に零れ落ちた。