***(十四)最後の晩餐㊁***
冷やされていない常温の「加賀鳶極寒純米 辛口」は旨味が濃く、食欲をそそる。
次に出されたのは1番バッターとして定番のヒラメではなく、瀬戸内海産のサワラ。
皮の部分を少し焙っていて香ばしい。
「コレは何の魚じゃ? 旨味が強いのに、臭味がない」
「サワラに御座います」
「サワラ……あまり聞かない名前だのう」
関東ではあまりサワラは食べられないので無理はない。
サワラが良く食べられるのは瀬戸内海周辺地域が多く、特に有名なのは備前岡山のサワラだ。
「瀬戸内より仕入れました」
ヨッシーの問いに、竹中さんが答える。
「ほう、瀬戸内と言えば備前か!?」
「左様でございます」
備前から届けられたと聞いて驚くヨッシーに続いて、越前さんもサワラのお寿司を口に運んだ。
「なるほど、サッパリとして淡泊で非常に上品な甘さが御座いますな」
「うむ、コレは幾らでも食が進みそうだ」
「御意」
私も遅れてサワラのお寿司を食べた。
まさに2人の言う通り、まるで白身のマグロのように食べやすい。
しかし、なんでコノ2人、こんなに食レポが上手なの?
鯉、スズキ、サワラと白身魚が続いた後、白菜の浅漬けを食べて口の中をリセットした。
白菜の浅漬けの後に出された酒は、備中倉敷の酒“燦然特別純米「雄町」だ。
このお酒は、醪にモーツアルトを聞かせながら加圧せずに自然に育てられた一風変わった製造方法を持つお酒として有名だが、お味の方はどうだろう。
御猪口に注がれた酒を口に運ぶと、スッキリとした呑み口でこれも旨い。
燦然と一緒に出されたお寿司は、王道のマグロ!
白身魚から白菜の浅漬けでリセットされた舌に、脂ののったマグロのカマトロと言う部位に燦然のスッキリした吞み口が良く合う。
モーツアルトで育てられた酒と言う予備知識が無くても、思わず口の中でクラシック音楽が広がる。
「コレは旨い!」
「マグロ独特の脂臭さもなくスッキリしているのは、この魚が新鮮なのもそうですがコノ酒との相性も良いということですな」
ヨッシーが感嘆の声を上げ、それを補うように越前さんが吟味された感想を言う完璧なコンビネーション。
この二人の食レポは、どこのテレビ局でも採用されそう。
次に出されたアナゴは、寿司職人の腕の見せ所だ。
もともと海底の泥濘地に繁殖するヘビ系の魚だけあって、本来は臭みが強い魚だ。
これを一晩煮込むのだが、その際に身を崩さないまま硬くせずに臭みを取るのがコツ。
口に運ぶと臭味もなく、身もホッコリして柔らかく、まるで清流で育ったアナゴを食べている様な食感に二人とも舌鼓を打っていた。
アナゴの次には、私の大好きなウニの軍艦とイクラの軍艦が出て来た。
私にとって、この二隻の軍艦は、戦艦「大和」と「武蔵」……いや「ヨッシー」と「越前さん」かも知れない。
次に登場したのはエビ。
そしてお酒は、米どころ越後新潟の“久保田 萬寿”が、ぬる燗で提供された。
萬寿は口当たりがなめらかで、常温やぬる燗が良く合い、辛口ではあるものの米の甘みも良く香る米どころ新潟らしいお酒。
エビやハマチなどの味の濃いものにも決して負けないのに、その味を殺さない日本酒独特の味わいが楽しめるのもこのお酒の特徴。
もっとも日本酒自体が、魚介類の臭みを消し旨味を引き出す飲み物として特に江戸時代になって武士から庶民にまで急速に普及した。
逆に考えると、江戸時代になって魚介類の普及が急速に伸びたからこそ、日本酒も発展することが出来たとも言える。
萬寿を吞みながら、ハマチ、マグロの漬け、コハダを頂き、最後はカッパ巻きで締めた。
最後に提供されたのはカクテルグラスに注がれた東北宮城“一ノ蔵 発泡清酒 すず音”だ。
食前酒として出された同じスパークリング系の“獺祭”のアルコール度数は14%あったのに対して、この“すず音”のアルコール度数は5%と少ない。
グラスの端には、カクテルのようにシャインマスカットが差してある。
口当たりはスッキリした甘口で、お米で作られているにもかかわらず、そのお米自体がとてもフルーティーな甘みと香りを持っているのがコノお酒の特徴。
ほろ酔い加減の私たちは、まるで三人三様の思い出に浸る様に、マッタリと“すず音”に酔いしれていた。