***(十三)最後の晩餐㊀***
少し薄暗い店内に裸電球のオレンジ色の灯りが暖かく私たちを迎えてくれる。
ここは裏通りにある小さなお寿司屋さん。
店名は“時々(ときどき)”
お店は小さいが、店主でもある板前の腕と仕込み、そして仕入れは超一流。
「いらっしゃい」
30代半ばの店主が、温かく優しい口調で迎え入れてくれる私のお気に入りのお店。
店主の名前は竹中さんと言って、物静かで落ち着いている。
イケメンだがチョッと浮世離れしているくらい穏やかで優しい、。
カウンター席に3人並んで座ると、竹中さんが「お連れの方は?」と、おしぼりを渡しながら私に聞いた。
「見ての通り、将軍様とお奉行様よ」
「なるほど、それは名誉なことです」
そう言うと竹中さんは、ヨッシーと越前さんに向かって丁寧に深く頭を下げた。
まさか、本気にした?
でも、コレは本当のこと。
「どうぞ」
直ぐにお通しが配られた。
今日のお通しは、“秋刀魚と里芋の炊き合わせ”と“小イカの酢味噌あえ”それに明太子を真っ白なレンコンの穴に詰めた鮮やかな“花れんこん”の三品。
秋刀魚と里芋の炊き合わせには細く切った黄色い柚子が、小イカの酢味噌あえは白髪ネギを枕にして並び、花れんこんは緑鮮やかな大葉が半分だけ巻かれていて、どれも一工夫も二工夫も施してあった。
「目にも鮮やかだのう!」
「御意」
さすがに感性の鋭いヨッシーは、それを見抜いて褒めた。
「お酒は、何にいたします?」
「お任せで」
「承知いたしました」
直ぐに用意されたのはフルート型シャンパングラスに注がれた、白いお酒。
「コレは?」
飲む前から聞いてしまった私に、竹中さんはニコッと笑い「当ててみてください」と言った。
口に近付けると純米酒ならではの華やかな香りが広がり、少し口に含むと米の甘みが炭酸の爽やかさに包まれて口の中に広がる。
「純米大吟醸のスパークリング……米は山田錦……福島産の“獺祭純米大吟醸スパークリング”かしら」
「ご名答! さすがですね」
「いえ」
竹中さんに褒められて少し照れる。
「ほう、コレはまるで酒蔵の香りをそのまま注いだような、好い香りだのう」
「しかもコノ口の中がスッキリするようなハッカとはまた違う清涼感と、じわっと染み出て来る米の甘みに食欲がそそられ胃が活性化しますな」
「コレは食前食後、どちらにも合いそうだな、越前」
「いかにも仰せの通り。食前には胃の活性化、食後には魚を食べたあとに気になる口のネバネバ感や口臭もスッキリさせてくれそうですな」
凄い! 2人とも初めて飲むはずのお酒なのに、完璧な食レポ。
「大将!気に入ったぞ、それで今日は大将に任せることにした。越前、その方もそれで良いな」
「はい、その方が良かろうと存じます」
珍しく越前さんが“御意”ではなく、意見として肯定の意を示した。
それだけ、お通しと食前酒のセンスを気に入ってくれたのだろう。
ここに連れて来てよかった。
……と、安心するのはまだ早い。
寿司と言う江戸時代から伝わる、いわば“食べ慣れた”食品だからこそ油断は禁物なのだ。
最初に出されたのは、やはり白身魚。
1貫と言えば普通2個出される場合が多いが、今回は一人に一個ずつ。
まあ“貫”と言うのは重量を表す単位なので、2個でも1個でも構わない。
でも1個にしても普通のサイズで、チョッと“ネタが大きいかな”って程度だ。
透き通るような綺麗な身に、少し赤い所がある。
鯛かな?
でも醤油皿には酢味噌が乗っている。
“鯛を酢味噌で??”
「ほーっ、コレはナカナカ」
「コリコリして甘くサッパリしますな」
私より先に食べた2人が、言う。
鯛ならプリプリした食感に、トロリと口に広がる上品な旨味。
コリコリにサッパリした甘味とは、何だろう?
私も軽く酢味噌につけて、出されたお寿司を口に運ぶ。
たしかに甘いしサッパリしている。
コリコリと言う表現も合っているくらい、身が締まっている。
これは一体何?
「やはりいつでも食べられる鯉は上手いのう」
「私どもと同じものを食べているからこそ、ですな」
鯉か!
そう、この時代には川や用水路には各家庭から出る残飯で川が臭くなったり濁ったりしないように、雑食性の鯉が飼われていた。
そしてお酒も石川県産の“加賀鳶極寒純米 辛口”に変わっていた。