***(十二)築地***
「上様、そろそろ城に戻りませんと」
「一晩城を開ける事は水野に言っておるから、そう焦って帰る必要もあるまい」
(※水野:水野忠之のことで、彼は吉宗の老中として享保の改革などを支えました)
「しかし……」
越前さんが引き下がる素振りを見せないので、さすがにヨッシーも困ったのか「もう一食食ったら帰る」と、まるで帰りたくない子供の言い訳のようなことを言った。
「あと一食ですぞ!」
「分かっておる。その代わり越前もチャンと食べるのだぞ」
「承知しました」
夜をまたいで一日だけのお付き合いだったけれども、ヨッシーと越前さんとお別れするのは正直寂しい。
でも、コレが仕事。
タイムアテンダントとして最後まで頑張らないと。
最後のお食事の地として、私は二人を築地に案内した。
「ほーっ、ここもお祭りだのう! 未来の江戸は、どこへ行ってもお祭りだな」
「その様ですな……」
越前さんは本来のお祭りの意味に拘っているので、ヨッシーのようには浮かれてはいない。
築地場外市場は日本人だけでなく、欧米やアジア圏の外国人観光客で溢れていた。
2018年に築地市場は豊洲に移転した。
しかし今でも築地は賑わっている。
何故なら、移転したのは市場全体ではなく、築地場内市場だけで場外市場は残っているから。
場内は元々、一般の観光客が入れないプロ向けの市場で、例えばマグロなら1本丸々とか半身サイズで取引が行われる。
かたや場外は小売店向けの市場で、マグロでも部位ごとに分けた切り身で取引が行われているので左程影響はなかったのだろう。
と言うより銀座や新橋に近い一等地であることと、存続の危機があったからなのか色々なスウィーツ系のお店も増えたことから、以前以上に賑わっているようにも見える。
「あっ上様、子象がコチラに向かって来ます!」
外国人観光客達から挨拶をされて、そちらに気を取られていたヨッシーに越前さんが危険を知らせる。
もちろん向かって来たのは、象ではなく市場で荷物を運ぶターレと言う乗り物だ。
言われてみると、丸い大きな顔の後ろに人が乗っている姿は小象の背中に人が乗っている風にも見えなくはない。
越前さんって洞察力が鋭いだけでなく、意外にユーモア―のセンスもあると思った。
「なんだアレは?」
「ターレと言う荷物運搬用の市場専用車です」
「っで、どのくらいの荷物を運べる100貫ほどか?」
(※100貫:キログラムに直すと375kg)
「約二百六十六貫(1トン)の荷物を運ぶことが出来ます」
「「それは凄い‼」」
私は築地のお寿司屋さんに入ることにして、どのお店がいいか探していた。
「ほう、寿司は屋台で食べるものだと思っていたが、ココではチャンとした屋敷で食べることが出来るのか」
「回る押し寿司もありますよ」
「「寿司が回る!??」」
「あっ、寿司が回るのでなくて、いろんなお寿司を乗せたお皿が回るのです」
「お皿を回すことが、何か意味でもあるのか?」
説明するのも面倒だから、実際に外から回るお寿司屋さんを見せると二人とも驚いていた。
「なるほど!コレは面白い‼」
「コレならイチイチお客の注文を待つこともなく、店側は客の入りを見ながら作り続ければ良いし、客側も何を注文するか迷うことなく手っ取り早く好きなものを食べて直ぐに用を済ませることが出来る。つまり客の回転が速くなる……それで回転寿司と言うわけですな」
越前さんに言われてハッとした。
回転寿司とはお寿司がレーンを回るから“回転寿司”なのだとばかり思っていたが、その物理的な構造もさることながら、店側の“お客の回転”が速くなることも利点で“回転寿司”なのだと。
私なんて今までそんなこと一切気が付きもしなかったのに、さすが名奉行と言われるだけあって一瞬で物事の本筋を見抜く洞察力は凄い。
「それでは、お寿司を食べに行きましょう」
「あれっ!?楓、ココに入るのではないのか?」
回転寿司に入る気満々だったヨッシーが、残念そうに私に着いて来る。
まさか天下の将軍様を、回転寿司に連れて入る発想なんて私にはなかったのだ。