***(十一)他人に迷惑を掛けない社会***
「ひゃぁ~、食った食った!」
「凄いね、ヨッシーテレビに出られるよ」
「テレビと言うと、薄い板の中で幽霊たちが茶番劇やクダラナイ話をするアレか?」
本当は幽霊ではなく、実際に生きている人物の映像を電波で送り、送られた電波を受信した信号を元に再び映像化しているのだけど、それを説明しても絶対に分かってもらえないのでスルーして歯磨きガムを渡した。
「なんだコレは??」
「ガムです」と、言ったは良いものの、ガムと言われても2人には分かるはずがない。
ゴム・・・・・・いや、これも無理。
「干しアワビに味を浸み込ませたモノなのですが、アワビ自体は食用のモノでは無いので、味がしなくなったら付属の銀紙に吐き出してください」
我ながらかなり無理のある説明に何故か2人とも素直に従ってくれたが、味が変だとかアワビの味がしないとか柔らかすぎるとか苦情の嵐が舞い降りた。
ホテルを出て私は、2人を連れて街を案内した。
男の子なので自動車やオートバイを見て喜ぶと思ったが、私の思惑とは逆に2人は眉間にシワを寄せて見ていた。
私が「どうしたのですか?」と聞くとヨッシーが「人が往来する道をあのように急いで走るとは“けしからん”」と珍しく怒っていた。
私的には通り行く車は制限速度を守っているようなので特に危ない運転をしているとは思えなかったので「そうですか?」と聞き返すとヨッシーに変わって越前さんが答えてくれた。
「全ての生き物は、自らが持つ普通に出すことが出来る力以上は制御することは出来ないのです。例えば人間は人間が普通に出せる速度以上になると、注意力が間に合わず咄嗟に物や人が出て来たときに避けることが出ない」
たしかに、その通り。
普通に歩いたり走ったりしていて、前の人にぶつかってしまう人はそうそう居ないし、廊下を曲がる時に曲がり切れなくなる人も居ない。
「でも馬に乗ることも、車に乗ることと同じではないのですか?」
「楓どの、馬には馬の能力がありますから鞭で尻を叩かれて急がされたりしない限り、人に替わって周囲の人や物を自然に避けながら走ってくれます」
“なるほど!”
「楓よ」
「はい」
ヨッシーに呼ばれて返事をする。
「この世界にある、巨大な墓石ないったいなんだ? なにやら窓もあり人が居る物もあるようだが、察するに死刑を待つ囚人たちの牢獄か?」
巨大な墓石?
窓があって人も居るって、それビルやマンションでしょう……。
墓石の中に住んでいるから、死刑囚と言う発想が何とも江戸時代。
「いえ、あれは仕事場や住居に使用されるビルと言う物です。墓石のように見えるかも知れませんが、江戸時代の建物に比べると遥かに耐火性耐震性に優れた建物なんですよ」
「そうか……」
何故かヨッシーは寂しそうに立ち並ぶビル群を見ていた。
それから九段下の靖国神社の隣にある遊就館に連れて行った。
ここは明治から昭和初期にかけての戦争の歴史や武器などが展示されている。
展示品は、世界的に有名な戦闘機「ゼロ戦」艦上爆撃機「彗星」、人間魚雷「回天」や特攻機「桜花」、「九七式中戦車」に大砲や蒸気機関車など。
ヨッシーも越前さんも興味深げに展示物の一つ一つに目を通し、それは観光と言うレベルではなく筆記用具こそ持って来ていないものの、正に勉強と言っても差し支えないほど熱心に見ていた。
拝観中は声を掛けるのも、はばかれるほど。
全てを見終わって外に出た。
2人とも見たこともないメカの数々に、さぞや興奮して喜ぶのかと思ったら、私の予想とは反して2人とも何故か気落ちしているようだった。
「どうしたのですか? 気分でも悪くなったのですか?」
特にヨッシーはホテルのバイキングを大食いしていたので心配になって聞いた。
「これが見世物小屋の不思議な世界の中のことなのか、それとも本当の未来なのかは分からないが、折角大御所から続けてきた“戦のない世の中”が、開国と共に崩れ去り果ては他所の国々の民にまで迷惑を掛けてしまうとは、何とも情けないのぉ……」
ヨッシーの言葉にハッと気が付いた言葉があった。
それは私がまだ小さかった頃、曾祖母から教えてもらった言葉。
“好きなことは何でもやったらいい。だけど人様に迷惑を掛けてしまうことをしてはいけない”
山に登るときは決して1人では登らず、入山届を出して登山ルートなども分かるようにしておくのは勿論のこと、万が一の事態に対応できるように装備もキチンとして、天候や体調に少しでも不安がある場合は決して無理をしない。
これは山に限らず、全ての行いに通じること。
日本人の魂の根源にあるのは“他人に迷惑を掛けない社会”のはずだった。
だからと言ってヨッシーも越前さんも、明治や昭和初期の誰かを責めることはしなかった。
これは政治に携わっているからこそ、その舵取りの難しさを知っているからなのだろう。
「腹が減ったのう」
ヨッシーの言葉に空を見上げると、もうお日様は天頂から西に傾き始めていた。