***㈩バイキング㈡***
「越前さんが幾ら食べても、減った分だけ新たにコックさんが調理して出してくれますから遠慮しないで食べて構いません。ってか、食品ロスとかWFP国連世界食糧計画のCMとかも全然気にすることは無いですから、もっと食べても大丈夫ですよ!こんな時くらい贅沢をしても誰も越前さんのことを悪くは思いませんから!」
私の言葉を誠実に聞いてくれていた越前さんが、穏やかな表情を柔らかく崩して言った。
「贅沢と言うものは人によっては病のようなモノです」
「贅沢が病?」
ひょっとしてカロリーを摂りすぎて肥満になるということ?
「職業柄、博打と贅沢から抜け出せずに、人生を棒に振った人たちを何度も見てきました。一旦この病に掛かるとナカナカ抜け出せなくなってしまう」
「でも、越前さんは、そういった人たちとは違うでしょう?」
「勿論!……と、言いたいところですが、正直自分でもそうなってみないと分からないというのが本当のところでしょう。誰しも病に掛かりたくて病になる訳ではありません。“自分だけは大丈夫”と言う油断が病を呼び寄せてしまう。楓どのも、そうは思いませんか?」
たしかに越前さんの言う通り。
本当の病だって、たとえばコロナ禍で三密やマスクなんて馬鹿らしい、と無視していた人は直ぐにコロナに感染した。
私はコロナに感染したくなかったから、コロナが無くなるまで長い事、三密とマスクだけでなく手洗いとうがいも欠かさなかったからコロナにかからずに済んだ。
「それにね、私はいつも通りの朝食が食べれれば、それで良いのです」
越前さん、超クールでカッコいい‼
「はっはっはっはっは、さすが越前!」
いつの間にか後ろから現れたヨッシーも越前さんを讃えていた。
「我々武士は何も作らず、ただ買うだけだ。だからこそ質素に過ごさなければならない」
さすが8代将軍吉宗公!
腐っても鯛……いや、ちがう。
自らの手で後に江戸三大改革の最初の改革である『享保の改革』を成し遂げた超有能な政治家。
『享保の改革』には幾つかの重要な項目があるが、その一つが“倹約令”!
その内容は、可能な限り支出を抑え歳出を厳しく抑える「財政緊縮」が目的で、これは幕府のみならず各藩の藩政に留まらず、城主から下級武士に至るまで実行された。
そして吉宗公も自らの毎日の食事を朝夕の2食とし、その食事内容も一汁一菜としていたのだ。
「越前は正に武士の鏡!」と言いながら、ヨッシーは手に盛ったトレーの数々をテーブルに並べる。
並んだ食べ物は、カレーにオムライス、パエリア、ドリア、グラタンにスパゲティー、ピッツァとステーキに鳥の唐揚げ、北京ダック、餃子、焼売、回鍋肉にチンジャオロース、酢豚にレバニラ炒め、おまけにハンバーグにホットドックにサンドウィッチやフライドポテトなどなど。
“えっ!? 良い事言ったと思ったけれど、ヨッシー言っている事とやっている事、違うくない!??”
「はあ~、食った食った」
なんとヨッシーは、あれほどあった物を2時間足らずでペロリと平らげてしまった。
おまけに「次はデザートと言う物を所望いたそうか」と言い出す始末。
私も“甘いものは別腹”と言うタイプなのだけど、ヨッシーは全く次元が違う。
一口サイズとは言えショートケーキを全種類食べたかと思えば、プリンにゼリーにタピオカ杏仁豆腐にムース、クレープに舌鼓を打ったかと思えばヨーグルトに手を出しソフトクリームのバニラにチョコに抹茶をペロリと平らげパフェもペロリ。
果てはそこら中にある果物と言う果物を食べるだけでは飽き足らず、チョコレートフォンデュに突っ込んでは食べ、おまけにクロワッサンやドーナツや食パンまでも同じようにして食べた。
テレビのバラエティー番組に出て来る大食い芸人も真っ青になるほどの見事な食べっぷりに呆れるというより、逆に見惚れてしまう。
あまりの食いっぷりにレストランの従業員や他のお客の注目の的!
そろそろ出ましょうと促すも、最後に喉を潤したいと言い出して、ここでも数々のフレッシュジュースから炭酸飲料、コーヒーに紅茶、ウーロン茶にジャスミンティー。
特にコーヒーは気に入ったみたいで、エスプレッソからカフェオレ、キャラメルマキアートなどだけでなく、コロンビアやモカ、キリマンジャロなどの産地の違いも確かめるように何杯も飲んでいた。
その間、越前さんはと言うと、たまにお茶を啜りながらヨッシーが食べる品物を眺めていたかと思えば、周囲の人たちの様子も観察していた。
こんな場所に来ても武士として質素倹約を守り、空いた時間を利用して人間観察とは、さすが名奉行として名を残す人は違う。
いったい越前さんの涼しげな眼には、現代人はどのように映っているのだろう?
……お茶!?
越前さんの飲んでいるお茶を見てハッと気が付いた事があった。
ヨッシーが今まで食べたものは全て外国のお料理や果物。
日本料理には手を出していないばかりか、日本茶だって飲まなかった。
ひょっとして将軍様だから、日頃から贅沢している日本料理なんて食べ飽きていたのかな、それとも何か深い意味でもあるの?