カレーをスパイスから作る男
両親が共働きの家庭環境は珍しくは無いが、小学生の頃から家事全般をこなしていた男の子は、自分の知る限り少数派だったと思う。野外授業でカレーを作るときの包丁さばきを先生やクラスメイトに褒められていたくらいだ。
それから、一人暮らしを始めてからも自炊はしているし、部屋も清潔に保っている。お風呂やトイレ、シンクをピカピカにすると気持ちが良い。家事は嫌いじゃないので生活が苦になった事は無い。ただ両親から「一人暮らしするな、帰って来い」と言う無償の働き手を求める連絡から逃れる事以外は。
一人暮らしでの自分のための料理は、食費の節約や時短目的で有り合わせの食材での簡単なものしか作っていなかった。ところが、彼女が部屋に遊びに来るようになってからは、喜んで貰えるように手の込んだものを作るようになった。料理は好きな人に美味しいと言って貰うために作るものだったんだなと、彼女のおかげで思い出す事が出来た。
彼女は、俺の作る料理はなんでも「美味しい美味しい」と食べてくれた。その喜ぶ姿が何より嬉しい。胃袋を掴ませておいて俺の心を奪う彼女はおそらく、前世は肉を切らせて骨を断つ的な剣豪だったに違いない。もうこれ結婚だろ、結婚しか無いだろと、2ヶ月後の付き合い始めた記念日にサプライズプロポーズを計画していた。
そんな彼女から先日渡された紙袋。中にはカレーのスパイスセットが入っていた。しかもホールスパイスの。渡された時に彼女は言った。
「これ、マー君にちょうど良いと思ったから買ってみた。よろしくね」
これは・・・知っているぞ。「カレーをスパイスから作る男は結婚に向かない」と何かで見たぞ。こだわりが強くて面倒くさいから結婚したら苦労するとかそんな理由だった筈だ。おそらく彼女は、計画中のサプライズプロポーズの事をなんらかの理由で察知した。そこで結婚に相応しい人物であるかを見極める為の課題を出したのだ。
つまり彼女が言いたかったのは、
『これ、マー君に(自分を見つめ直す機会に)ちょうど良いと思ったから買ってみた。(これを作った結果を見極めたいから) よろしくね』
という意味に違いない。
カレーのスパイスを渡された時点で面倒な奴との認識はあるのだろう。その面倒くささがどの程度で、許容可能なものなのかを、出来上がったカレーを食べる事で推し量ろうとしているのだ。俺は試されているッ。
正解は何なのかを考えなければ。全身全霊で!
同封のレシピ通りに作るのが良いのだろうか。つまらないけど。面倒くさい中での面倒くさい要素が一番薄い気がする。いわゆる面倒くささエコノミー。しかしそれだと型にきっちりはめられ、人の引いたレールの上を歩む人生の表れ。安泰かもしれないが不測の事態に弱いと見なされ無いだろうか。
レシピをベースとしてのアレンジはどうだろうか。味に深みを加えるために野菜や魚の出汁を入れたい。一番作りたいのはこれだ。面倒くさい中での面倒くさい要素が一番バランスが取れている気がする。いわゆる面倒くささノーマル。ただしこだわりが強いことが全面に出てしまう。
レシピ無視したスパイス活用のサモサとかチキンティッカなどを応用してオリジナル創作料理はどうだろうか。アレンジを突き抜けてしまえば計り知れなさ過ぎて思考停止にならないだろうか。今の段階では何を作るからアイデアは浮かばないけども。面倒くさい以前の問題になって判断できなくして、結婚を押し通す。しかしこれはハイリスクだ。自分的にも面倒くささプレミアム。
一体何が正解なんだ。難題過ぎて答えがわからない。
今日は、彼女がその答えを確かめに来る。作らなければ・・・カレーを・・・
ピンポーン
「よっす、あれー?マー君、元気無いねぇ。どーしたー?」
「ごめん、俺、何のカレーも、できませんでした!! 正解が何なのかわかんなくて」
「そうなの? 正解って何だかわかんないけどさ、料理するのが大好きなマー君なら美味しいカレー作ってくれると思ったんだけどな。苦手分野もあったんだねぇ。じゃあさ、これから一緒に作ろ。私やるよ、スパイスゴリゴリすんの。すり鉢とかで出来るんでしょ?」
彼女は上着を椅子にかけてキッチンへ入っていった。
「すり鉢どこー?」
「プロポーズ前に面倒くさい男を推し量るためだったのでは?」
「えー、何それ?マー君面倒くさいの? え、ちょっと待って。今、プロポーズって言った?」
二人で作ったカレーは美味しく出来ましたが、2ヶ月後予定のサプライズプロポーズは2ヶ月早まりました。
考えすぎるところは面倒くさい