8 裁判官ナナの判決
ルカのスマホはマルウェア感染してバッグドアが作られていた。
遠隔操作されて、データを抜かれていたようだ。
鬼塚さんに報告して、いったん事務所に戻って、ルカには事務所のスマホを貸与してもらっている。まだ、遠隔操作される可能性はあるから、電源を切って、後日警察に届ける予定だ。
まさか、ウイルス感染が身近にあるとはな。
今日は夜遅くなってしまったから、メンバーのスマホは明日チェックするらしい。俺のスマホはなんともなかったけど・・・気が張っていて眠れなかった。
今の時刻は午前2時・・・。
『死刑です』
「だから・・・・・」
『死刑です』
メイド服のマナと、マナと同じくらいのサイズの裁判官のような恰好をした少女、ナナがいきなり家に来ていた。3Dホログラムの光が2人を覆っている。
「そもそも誰だよ。こっちはそれどころじゃ・・・」
『ナナ、ほら、まだ自己紹介をしてないよ』
『あ、忘れてました。みらーじゅ都市でおもーい罪を扱っている裁判官のナナです。マナとは仲いいです』
ナナが軽く頭を下げた。
『ナナも私と同じ、みらーじゅ都市の子たちを、守るために派遣されました』
『はい。さっそくですが、貴方は死刑です。潔く死んでください』
「だから、今、何時だと思ってるんだよ!」
『午前2時15分ですね。罪を言い渡すのに、時間は関係ありませんから。悪いことをしたほうがいけないのです』
キーボードの前にふんぞり返って立っている。
「・・・・・・」
カナのこととか、『ろいやるダークネス』のこととか、色々考えて眠れなかったらコレだ。
「なんで・・・つか、急に来て死刑とか・・・」
『ナナ、読み上げて』
マナがナナのほうを見る。
『はい。みらーじゅ都市のVtuber、高坂ゆいをたぶらかしながら、今話題のアイドルななほしⅥのかななんもつまみ食いしていたという、非常に重い罪です』
「何度も言ってるだろ。カナは関係ないって。誤解だから」
つまみ食いって・・・。一般的にどんなときに使う意味か知ってんのか?
ナナが自分の前にモニターを映し出した。
『今日ツイッターで流れてきた、この画像、みらーじゅ都市の最新技術を使った結果、合成ではないことが判明しました』
『随分、いちゃついてますね』
『はい、この距離感は少々いただけませんね』
「どうやったら、そう見えるんだよ。カナが倒れたのを介抱してただけだ」
頭を抱える。
ナナが映った画像をじいっと見ていた。
「ほら、カナが具合悪そうにしてるだろ?」
『んー確かに、言われてみれば、そう見えなくもないですが・・・』
『ナナ、騙されちゃダメ! 火のないところに噂は立たないんだから』
『そうでした。ごほん、死刑です』
びしっと指をさしてくる。こいつらは・・・。
「それよりも、この画像を取った『ろいやるダークネス』とかいう奴ら気にしてくれよ」
『あっ・・・』
『あぁ、この情報源となってる人たちですね』
「ちょっといい?」
キーボードに手を置くと、マナがすっと避けた。
パソコンのモニターに『ろいやるダークネス』の配信とツイッター画面を映す。
「こいつらについて、なんか情報無いの?」
『『ろいやるダークネス』・・・ですか・・・』
ナナが首を傾げていた。
「ななほしⅥのメンバーのスマホがマルウェア感染してたんだよ。遠隔操作でデータを抜かれたんだ」
ルカも何かをインストールしたとか、怪しいメールを開いたとか、心当たりが全くないらしい。わからないうちに感染していたようだ。
『うーん、私たちの都市のVtuberも標的にあっていますが、ウイルス感染の報告はありませんね』
「最近、情報の流出が多いんだろ? こいつらが流してるってこともあるんじゃないのか?」
『んー・・・マナ、なんかわかる?』
『確かに、ちょっと気になることはあるんですよね』
マナがぺたんと座って、空中で指を動かす。
ナナが出したモニターの画面が、俺とカナの画像から何かの設定画面に切り替わっていった。
『私も同じことを思って、『ろいやるダークネス』の情報を見ようとしたのですが、ことごとく弾き返されてしまうんです。みらーじゅ都市で住所をさらされたVtuberのスマホを確認しましたが、ウイルスは確認されませんでした』
マナが手をかざすと、ウイルスチェッカーの画面が流れていく。
数秒後、緑の文字で『正常です』と表示されていた。
ナナが小さくおぉっと言う。
『確かに表示されてるのは、ウイルス感染がないってことになっています。でも、一部分にWarningって出ているので、誰かが操作したって可能性も否めないんです。ここの部分ですね・・・』
カーソルを当てながら言う。
『本当に、一度もウイルス感染してないなら、Warningも出ません。接続不備ならわかりますが、何度やってもWarningが出るんです』
「一回ウイルス感染させて、そのあとウイルスを抜いたってことか」
『可能性はあります。みらーじゅ都市のVtuberの電子機器は厳重に管理されてますし、普通に考えたらあり得ないのですが・・・』
マナがWarningと書かれた赤い文字を見ながら言う。
『このWarningは気になります。本当に、何もウイルス感染したことのない機器には、こんな反応しません』
「・・・・・・・・・・」
高度な技術を持つ、みらーじゅ都市でさえ苦戦するのか。
一つだけ確かなのは、『ろいやるダークネス』の技術力は半端ないってことだ。
『VDPプロジェクト』のメンバーも、知らず知らずのうちに感染しているかもしれない。既にみらーじゅ都市から言われてると思うけど、俺からも話しておかないとな。
「?」
マナがスカートの裾を持ち上げて、パソコンのモニターに近づいていく。
『それにしても、『ろいやるダークネス』のアバターって萌え系ね』
夢と心をじっと見つめる。
『でも、きっと、裏でおっさんたちがやってると思うの』
『おっさんたちが集まって、『ろいやるダークネス』って地獄絵図ね』
『きっと、お風呂も入らずにウイルス作ってるに違いないと思うの。フケまみれで、借金とかしながら作ったウイルスね』
マナが口に手を当てて、顔をしかめる。
『たぶん、キモイわね』
『たぶん、キモイのよ』
「・・・・偏見がすごい上に、ボロクソに言うな・・・」
俺も勝手に40~50代くらいの男集団を想像していたけどさ。
だって、技術力はもちろん、シスター2人萌え絵といい、設定といい、人を惹きつけるようなやり方といい、そう簡単に思いつくものじゃない。
かなりの時間ネットを彷徨っていないと、こんなに人を動かせないと思った。
でも、フケまみれで借金までは、普通出てこないだろ。
『まぁ、『ろいやるダークネス』についてはこちらでも調べてみましょう』
『とにかく! 二股男は最低です。しっかり、自分が最低男だということを自覚してください』
「誤解だって言ってるだろうが」
ナナがツンとして腕を組んでいた。
『ま・・・まぁ・・・、被告人の証言も加味して保留にしておきましょう』
『ナナ!』
『だって、この写真鵜呑みにしたら『ろいやるダークネス』っていうおじさん集団の思うつぼでしょ。磯崎悟は許せないけど、キモイおじさん集団の策略に乗せられるほうが嫌』
『うっ・・・それは・・・・』
「今の偏見に満ちた発言・・・コンプラに引っかからないのかよ」
『キモイ男に人権はないので』
『ないので』
「・・・・・・」
こいつらめちゃくちゃ口が悪いな。
『ごほん。では、今日のところはこれで退出させていただきます』
『引き続き、私たちは磯崎悟を監視していきますからね』
光がぱっと無くなって、2人が消えていった。
やっと行ってくれた。厄介なのが、2人に増えてしまったな。