7 ろいやるダークネスの夢と心
『ろいやるダークネス』か・・・。
名前はなんとなく可愛らしいイメージだけど、中身はおっさんなんだろうな。
サイバー攻撃とか、ハッカーの噂まであるし。
絶対、若くはないだろ。
完全に偏見だけど、40~50代くらいのいい年したおじさん集団が『ろいやるダークネス』って名前でやっているような気がしてならなかった。
ものすごい、偏見だけどな。
「はぁ・・・撮影キャンセルになっちゃったし。磯崎君、せっかく免許取ったならこのままドライブでも行こうか?」
「いいって。帰るぞ」
「ま、そう言うと思ったけどね。つれないな」
ルカの撮影が急遽、カメラマンの体調不良でキャンセルになっていた。
会社の車でルカを送り届ける途中だ。
時計を確認する。『ろいやるダークネス』の配信まであと15分・・・。
「さっき鬼塚さんと何話してたの?」
「色々あってね。それより、ルカの家ってこっちのほうであってるよね?」
「うん」
メンバーにはまだ『ろいやるダークネス』のことを話していない。
鬼塚さんはカナとマミのラジオ収録のほうに行っていた。
何かあったら、鬼塚さんが対応してくれるだろうけど・・・。
「あ、お腹すいたから、そこのコンビニ寄ってもらっていい?」
「あぁ、いいよ」
ルカは金髪ですらっとしていて、声優だけじゃなくモデルの仕事も多かった。
結構食べるんだけど、なぜかモデルの体型を維持している。
左折して、コンビニの駐車場に車を停める。
ルカが車を離れるのと同時に、アイパッドで『ろいやるダークネス』のチャンネルを表示した。
いきなり同時接続5000人・・・全然知られていない名前なのに、それだけカナの熱愛報道に興味を持つ人が多いってことか。
『はじめまして、今日はお集り下さりありがとうございます』
『ありがとうございます』
「?」
シスターの格好をした双子の少女のアバターが出てきた。短い髪を2つに結んでいる。
なんか、イメージと違うな。
『私たち、ろいやるダークネスのメンバーの夢と』
『心です』
『みなさんに私たちのことを知っていただくため、大きな情報を持ってきました』
機械的に話しているように感じられた。
『ご存じの方も多いと思いますが、声優アイドル、ななほしⅥのセンター、かななん。地上波でも何度も取り上げられていますし、今話題のアイドルで誰もが聞いたことがあると思います』
『ファンの方も多いですよね。可愛いですもんね』
少しぼかして、アイドルストーリーのカナのキャラが映っていた。
コメントが勢いよく流れている。なんて書いてあるのかわからないほどだ。
『でも、可愛いだけじゃなく、関東の理系の名門大学で勉強しながら、アイドル活動をしている、かなりすごい方です』
『すごい方です。アイドルストーリーの物語のまま、って感じですね』
「・・・・・・・・」
それくらい基礎知識だ。
コーヒーを一口飲む。
『実は好きな方がいるんですよ』
『はい。完全完璧なアイドルを貫いてる彼女ですが、年頃ですから恋はしますよね』
『熱愛相手とは、同大のI君という方です。かななんと同い年ですね』
「ごほっ、ごほっ・・・・・・」
胸を叩きながら、コーヒーを置いた。
こんなにさらっと言うなんて。
つか、Iって、俺のことか・・・?
・・・いや、まさかな。熱愛を疑われるようなことなんてしてないし。俺にはゆいちゃという嫁が・・・。
バンッ
「ただいま。遅くなってごめん。店員さんに握手求められちゃって」
ルカが助手席のドアを開けて入ってきた。
が、まったく耳に入ってこなかった。
「磯崎君?」
「しっ・・・ごめん」
「?」
ルカが首を傾げて、モニターを覗く。
『I君は大学入学を期に上京、居酒屋でアルバイトをしながら勉強しているそうです』
『まじめですね。マル秘情報によると、I君はVtuberが好きだとか』
『かななんはVtuberではありませんが、声優もやっていますし、話は合うでしょう』
夢と心が交互に話す。
ぞっとした。
なんで、ンなことまで知ってるんだよ。こいつらは。
「えっ、何? 今の話って」
「俺のことだよな・・・・」
「マジ・・・? なんで磯崎君の話題が出てるの?」
「・・・・・・・」
コメント欄には赤スパチャも投げられていた。
「俺はかななんを信じる」!って書いてある。
「かななんて・・・。『ろいやるダークネス』・・・? あ、あった」
ルカが助手席で、肉まんの匂いをさせながら、スマホで検索していた。
『コメントも盛り上がっていますね』
『同時接続8000人ですか。みなさん、拡散ありがとうございます』
『疑っていますね? 急に皆さんの前に現れてこんなことを言っても信じてもらえないかもしれませんが、でも、証拠写真もありますよ』
夢が右手を挙げた。
『こちらになります』
「あ!?」
「えっと、これ!?」
俺がカナを抱えて、保健室から出てくるところの写真が出ていた。
文化祭で、カナが倒れたときのものだ。
俺はモザイクがかかっていたが、カナはそのまま顔がわかるようになっていた。
他にも、カナが笑顔で俺と文化祭を歩く様子の写真が隣に出される。
『この2枚だけを見る限り、随分親密な関係ですね』
『かななんは、相手の男性に相当心許してるみたいですね』
『この写真はかななんが、自分の大学で単独ライブをやった後、倒れてしまったときに撮られたものです』
『実は2人はこのことをきっかけに急接近したとか・・・』
「確かに文化祭の写真じゃん」
「ルカ・・・まさか・・・」
「私じゃないって! あのときの画像は消去したし・・・でも・・・」
ルカが食い入るように配信動画を見つめる。
「・・・・この写真、私が撮ったものだ・・・」
「えっ」
「だって、ほら、ここにツカサのぬいぐるみが映ってる」
「・・・・・・・・・」
ルカが指さした場所に、確かに小さくジェラーちゃんが映ってた。
「消去前に私の・・・データ、抜かれたってこと?」
「まさか・・・もしかして、スマホになんかウイルスとか入ってない?」
「全然、わからない・・・」
ビニール袋を置いて、青ざめながらスマホをいじっていた。
長い爪が震えて、カツンとモニターに当たっている。
配信のコメント欄には合成を疑う意見が多かった。
ツイッターでは瞬く間に拡散されていて、トレンドにも載っている。
マジかよ。背筋が凍り付いた。
ルカが写真を渡すなんてことあり得ない。ルカのスマホにウイルスを入れて、画像データを取得したとしか・・・。
『荒れてますね。でもこれが真実です』
『合成かどうかは、得意な方が検証してみればいいでしょう。合成ではありませんけどね』
『今後、さらなる情報を調査中なので、期待していてください』
『本当は今もいろんな情報を持っているんですけどね、まだはじめましてなので今日はここまでにしたいと思います』
夢と心がにやっと笑っていた。
『私たちはあるがままの、情報しかお伝えしないので』
同時に言う。
『というわけで、今後とも『ろいやるダークネス』をよろしくお願いします』
『あ、一番重要なことを』
心が少し下を向いて操作すると、背景が切り替わった。
”R”を基盤としたロゴマークだ。
『こちら、『ろいやるダークネス』のロゴマークになります』
『ゆくゆくはグッズなんかも作りたいと思っています。どんなグッズがいいかご希望があれば、ツイッターまで』
『アンケート取ろうか?』
『そうだね』
「・・・・・・・・」
商売根性まで座ってるし。暴露系Youtuberのみで収まるつもりもないみたいだな。
「磯崎君、本当にわからない。全然心当たりがない。どうして・・・う、ウイルスが入ってないか見てもらえる?」
いつも冷静なルカが怯えながらスマホを差し出してきた。
「あぁ・・・簡易的になら・・・見られてまずいものとかある?」
「電話帳とか個人情報系はロックしてるから・・・」
スマホを受け取った。
アイパッドには、りこたんにやってもらったみらーじゅ都市のウイルスチェッカーが入っている。
リュックからコードを出して、スマホとアイパッドを繋げた。
「めちゃくちゃ怖いんだけど・・・」
「とりあえず、ルカは俺のスマホで続報がないか見てて」
「・・・うん」
自分のスマホをルカに渡した。金色の髪を耳にかけて、涙目になりながら、画面を見ていた。
額に汗が滲む。
ルカのスマホの中身が見全てられたってなると、かなりまずい。
今回は話題性を引くために、カナと俺の写真を出しただけかもしれないし。
今後、ななほしⅥの全員の連絡先がばらまかれる可能性だって・・・。