2 妹、同大入学って・・・
「はぁ・・・・・」
「磯崎くん、どうしたの? 浮かない顔して」
食堂で軽食のパンをかじっていると、結城さんが話しかけてきた。
「まぁ・・・いろいろあってね」
「バイトのこととか? あ、もしかして、忙しくてゆいちゃと会えないーとか、可愛すぎて困るとか? のろけなら聞きたくないんだけどー」
「違うって」
結城さんがメガネをくいっと上げて、こちらを見下ろす。
「本当、そうゆうんじゃないから」
「そうなの?」
結城さんにはナグワのことも、マナのことも話していない。
みらーじゅ都市のことだからいつかは伝わると思うけど、今は説明する気力もなかった。
てか、今話したら、ゆいちゃとキスしようとしたこととか、するっと出ちゃいそうだし。
未遂で終わったけど。
でも、付き合ってるんだからキスくらい普通か。
「あれ? 結城さん、アイパッドのステッカー変えたの?」
「うん、可愛いでしょ? 新年度だし、りこたんステッカーも貼り換えたの。これは、同人作家さんのりこたんだからちょっと露出高めだけど、そこがいいんだよね。この服絶対似合うし、りこたん、実際に着てくれないかなー」
「そ・・・」
アイパッドを出して、向かい側の席に座ったていた。
りこたんが少し胸の強調された服を着ている絵だった。同人作家ってファンの気持ちを絶妙に汲み取ってくれるんだよな。
最近、結城さんの目の付け所が、おっさん化してきてる。兄の啓介さんの影響のような気がしてならなかった。
「昨日も可愛かったなー。りこたん、頭いいし、ちょっと抜けてるところとか、もうっ・・・って感じで。すごいコメントたくさんしちゃった」
「あいみんの人狼ゲームも可愛かったよ。神回だった。年上なのに可愛いとか萌えポイントだよな」
「うんうん。わかるわかる」
しみじみと頷いていた。
推しに関して、結城さんとはめちゃくちゃ話が合う。一緒に『VDPプロジェクト』を盛り上げる、同志みたいなものだ。
「磯崎くん、さっきから、スマホ鳴ってない?」
「・・・・・・・・」
スマホが数分おきに鳴っていた。
気づかなかったわけじゃない。
ずっと無視しているこのスマホ。
誰からかかってきてるのかは、もちろんわかってる。
バイト先でも、『VDPプロジェクト』の誰かでもない。
俺が新年度から学校に来たくない理由の1つ・・・・。
「あ、お兄ちゃん」
「げ!?」
「げ、とは何よ」
妹の琴美だ。
リア充で高校過ごしてきたくせに、受験戦争に打ち勝ち、見事同じ大学に来てしまった。
地獄だ。俺の新生活、今のところ災難しかない。
「今朝からずーっとずーっとLINEしてんだけど。何で無視してんの?」
「・・・・・気づかなかったんだよ」
「そうゆうとこ、マジ無理なんだけど。兄としておかしくない? 妹のLINEに気づかないなんてありえないでしょ」
「・・・・・・・・」
生まれ変わったら、こいつを妹にしたくない。
「え、琴美ちゃん? って、そっか。受験合格したんだ?」
「はい。今年から情報処理学部に入学しました。いつも兄がお世話になっております」
「いえいえ、こっちこそ、磯崎くんとは、いいオタク仲間させてもらってるから」
「ありがとうございます」
結城さんを見ると、急に猫被ったような笑顔で頭を下げていた。
あまりのギャップに寒気がする。
「へぇ・・・琴美ちゃん化粧も上手だし、一段と美人さんになったね」
「そんなことないですよ。Youtuberのメイクとか、インスタのメイクとか見て必死に覚えてるだけなので」
「・・・・・・」
しらじらしい。
「で? 何の用だよ」
「私のXOXOのグッズ、お兄ちゃんの部屋に置いてくれない?」
「は?」
「だって、寮にいたら、友達も来るし、収納スペースは限られちゃうし・・・隠しておく場所無いの。お兄ちゃん、一人暮らししてるからいいでしょ?」
どかっとカバンを下ろして、隣に座る。
妹はオタクだってことを徹底的に隠したがるタイプだ。
まぁ、見た目からも、まさかアイドル兼勉強系Vtuberのオタクやってるなんて見えないだろうけどな。
「そもそも実家に置いとけばいいだろ? いらないなら捨てろって」
「はっ、そんなこと言うの!? 信じられないっ、お兄ちゃんあいみんのグッズ全部捨てろって言って捨てられるの?」
「っ・・・あいみんは関係ないだろ・・」
「同じよ」
「・・・・・・」
だよな、できるわけない。ここで折れるのは悔しいが。
結城さんがストローをくわえたままじーっとこちらを見ている。
「・・・わかったよ。ただ、端のほうに置いておくだけだからな」
「さんきゅ。あ、たまに、遊びに行くから。XOXOのハルとアキのグッズは私にとってパワースポットだから」
「祭壇は作るなよ」
「わかってるもん。正直、お兄ちゃんの家にはあまり行きたくないんだけど、ハルとアキのグッズがあるなら行ってあげる。ちゃんと綺麗にしておいてよ」
「・・・・・・・」
ころっと表情を変えた。誰も来てくれだなんて言ってない。
誰だよ。こんなわがままに育てたのは。
・・・俺の親なんだけどさ。
「用が済んだろ。早く戻ってくれ、俺、忙しいから」
「勉強のことも聞こうと思ったのに。なんの授業取ろうかなって相談したいんだけどー」
「私、わかる範囲でよければ聞くよ」
「結城さん、すみません。じゃあ、お言葉に甘えていいですか?」
全然、動く気ねーし。
食堂で『VDPプロジェクト』の動画を見て癒される時間まで削られそうだ。
「磯崎ー、久しぶり」
「おう、たっつー」
たっつーは2月くらいから学校内のYoutuberサークル『もちもちサークル』に入ってきた俺と同じ2年生だ。
太めでずっしりした体型をしている。
ダンスがものすごく上手くて、文化祭後に平澤さんに半ば強引に連れてきた。
俺も初めてダンスを見たときはびびった。
推定体重90キロのブレイクダンスだったからな。
竜巻でも巻き起こるんじゃないかって迫力だった。
「がんじんさんが『もちもちサークル』のグループLINEに今週金曜日の新人勧誘来てほしいって言ってけど行く?」
「あぁ、バイト無いから行こうと思ってるよ」
琴美がいきなりおとなしくなった。
結城さんには慣れてるけど、元々人見知りが激しいからな。
「磯崎、その子は? 1年生?」
「あぁ・・・・」
「磯崎悟の妹の琴美です。今年からこの大学に入学しました」
にこっと笑っていた。さりげなく、ポーチに入ったXOXOグッズを隠している。
「へぇ、こんな可愛い妹いたんだ」
「可愛くはないけどな」
「・・・・・・・」
ぐいっとテーブルの下で足を踏まれる。
「俺、たっつーっていう名前で、磯崎と『もちもちサークル』に入ってるんっすよ。学部は法学部で全然違うんですけどね」
「兄がいつもお世話になってます」
「いえいえ、そんな・・・・」
いらっとするほど、外面だけはいい。
ドン引きした目で見ていると、足のすねを思いっきり蹴られた。
「じゃ、4限目の準備があるんで。磯崎、またLINEするよ」
「・・・おう」
颯爽と去っていった。完全に見えなくなったのを確認してから、琴美のほうを見る。
「お前、よくあれだけ猫被れるな」
「別に、猫被ってないもん。あれが素なんだもん」
「嘘つけ」
「ねぇ、あの人、『もちもちサークル』の新しいメンバーだよね?」
「あぁ、ブレイクダンスが上手いんだよ。今度動画になるけどさ、ビビるから」
「ブレイクダンス? って、あの、くるくる回ったり、アクロバットな動きをするダンスだよね? すごい、人って見た目によらないね・・・」
結城さんが驚きながら紙パックを振っていた。
スマホが鳴る。
開くと、たっつーからLINEが来ていた。
『磯崎の妹? 美人すぎないか? びっくりしたんだけど』
「・・・・・・・・・」
『あんな可愛くて頭のいい妹いるとか羨ましすぎるわ。しかも、兄と同じ大学を選んだんだろ? いいなー俺もあんな妹ほしいわ。さっき、言い忘れたんだけど、サークルの勧誘、キャラ立ちしそうな子いたら声かけておいてって。俺は琴美ちゃんとかいいと思って(星マーク)』
「・・・・・・・・」
琴美のほうを見る。
「何よ。キモイんだけど」
「はぁ・・・・・・」
肩を落とす。
俺にはなんらかのフィルターがかかっているのか、まったく妹が可愛いなんて思えないんだけどな。
本当、新年度から、お祓い行こうかってくらいの災難に見舞われてる。