20 破滅フラグ
「・・・・・・・・」
「・・・・・まだ、なのかな・・・・」
「あとちょっとで、定期配信の時間になっちゃうんだけど」
あいみんが時計を見ながら、困ったように言う。
「随分とこだわりがあるみたいだね」
「そうだな」
マナとナナとハナがごちゃごちゃ言いながら、3時間は経過していた。
ゆいちゃは、いびきをかきながら寝てるし。のんのんは本を読みながらうつらうつらしている。
りこたんは、今話題のミステリー小説を読んでいた。世界に入っているのか、同じ姿勢のままずっと動かない。
まともに3人を待ってるのは、あいみんと俺だけだった。
ゆいちゃに限っては、忘れている可能性すらある。
『何度やっても同じ』
『でも、これはよくないです。システムエラーです』
『最後に、もう一度やりましょう。これが最後です』
「あのー」
同じ会話を何回も聞いた。あいみんがしびれを切らして、3人の中に入っていく。
「すみません!」
『どうしましたか?』
「そろそろ、帰らないと。配信の時間があるの。決まらないなら、別日でもいいかな?」
『・・・・・・・・・・』
3人が顔を見合わせて、息をついた。
『・・・いえ、その必要はありません』
『何通りか試したのですが、もう組み分けは決まっています。99回通したのですが、99回とも同じ答えが出てるので、これがコンピューター的に正しいのでしょう』
ナナが諦めたように、モニターから離れた。
『では、発表しますね』
ハナが自分の前にあったモニターを大きくする。
「ま、待って。みんな、注目注目!」
パンパン
あいみんが手を叩いた。
りこたんとのんのんがはっとして顔を上げる。
「ゆいちゃも起きて」
「ふわぁ・・・起きてますよ。美味しいごはんとか食べてただけです・・・」
完っっっっ全に寝ぼけてる。
のんのんの膝にゴロンとしていた。小動物みたいだな。
「ゆいちゃには・・・えっと、後で伝えるから、どうぞ」
『はい。では、まず、彼女を紹介します』
モニターに青い髪の少女が現れた。
見た目はクールな印象だったが、仕草はお嬢様のようにおしとやかだった。
ハナが指を動かして、365度回転させながら説明していた。
『名前はまだ決まっていません。彼女は、ゆくゆくはニシニシシティに単独で乗り込めるように賢く、見た目の通り、育ちの良い子に育てたいと思っています。彼女を育てるのにふさわしいのは』
りこたんのほうを見る。
『コンピューターはりこと結城みいなと判断しました』
「わ、私?」
『私もそこは問題ないと思います。お2人なら、必ずそのようなVtuberに育てることができると思っています』
『百合・・・いえ、2人で育てるのにぴったりです』
今、裁判官のナナが百合って言おうとした。
あいみんたちは、スルーしていたけど俺は聞き逃さなかった。
コンピューターで判断と言ってるけど、私情入ってるんじゃないだろうな。
『時間が無いとのことなので、次のVtuberのご説明をしますね』
『次は彼になります』
バチン
画面が切り替わって、少し気弱な美少年が現れる。
中性的で、見慣れない制服を着ていた。
『彼の名前も決まっていません。彼は見た目は少し自信がなさそうですが、秘めた熱い情熱を持っている少年、ゆくゆくはニシニシシティを乗っ取るくらいのアイドル的な存在になれればと思っています』
『彼のような儚げな少年は、ビジュアル的にも女性から人気が出ますからね』
マナがメイド服のリボンを触りながら、自信ありげに言う。
「ふぁー、綺麗な顔立ちだね」
あいみんが覗き込んでいた。よく見たら、どこかあいみんにも似ているような・・・。
『はい。彼を育てるのにふさわしいのは、浅水あいみと椎名野々花です』
「え!? 私!」
「!!!!!」
スマホを落とした。推しが男を育てる!?
推しが、推しが・・・落ち着け、育てるのはVtuberだ。
「ねぇねぇ・・・」
のんのんが前のめりになる。
「どうして、私とあいみが? 私、さとるくんとのほうが相性いいと思うんだけど」
『コンピューターが判断しました。カリスマ性のある、あいみと、母性溢れる野々花、2人で育てれば、必ず、彼は目的を達成できると』
「ほら、のんのんはファッションセンスもいいしね」
「え・・・・」
りこたんが口を出すと、のんのんが照れていた。
「そ、そうね。アイドル的な存在を育てるなら、私がふさわしいと思うわ」
「はー、なんか緊張する。責任重大。大丈夫かな。よろしくね。えっと、名前は、これからいい名前を付けるから」
あいみんがぎこちなく、モニターの中の少年にほほ笑んでいた。
推しに名前を付けてもらう? そんな発想なんてしたことも無かった。
今、生まれ変わって、推しに育てられたい。
俺もVtuberになりたいと思った。羨ましすぎる。
毎日、推しにおはようって言われて。
悩みがあれば相談に乗ってもらって。
甘えたいときは甘えられて・・・。最高じゃないか。
「さとるくーん」
「・・・・なんだよ」
ゆいちゃがいつの間にか横で、こちらを見つめていた。
さっきまで寝てたくせに、完全に目を覚ましたようだ。
「今、絶対、あいみさんに育てられるVtuberに生まれたかったー、とか思ってましたよね」
「お、お、思ってないって」
「絶対思っていました。顔に書いてあります。さとるくんは、どうやってもあの少年にはなれませんからね。これが現実です」
少し頬を膨らませながら、ぴしゃりと言った。
『ごほん、いいですか?』
ナナが咳払いして、本の上に座る。
『余りものの2人に育ててもらうのは、彼女です』
「え・・・彼女って・・・・」
ゆいちゃに少し似た、悪魔の格好をした少女がモニターに張り付くように映っていた。ケケケケケと笑っている。
見た目は可愛いし、胸も大きく、人気が出そうな容姿はしているが・・・。
「悪魔じゃない?」
『そうです。悪魔です。ウイルスばらまくので、育て方には注意してください』
「え?」
『今、ネットではダークなものが流行ってます。そうゆう、キャラも人気があるんですよ』
ハナがそっけない口調で言う。
『目には目を歯には歯を、ウイルスにはウイルスを。普段は悪魔、心も悪魔、の悪魔的なVtuberも必要だと判断し、コンピューターが彼女を作りました。どのような育て方をするかは、2人に任せます』
「ど、どうして私たちなんですか? えっと、そうだ。私とさとるくんがとーっても相性がいいから、悪魔も安心して預けられる・・・とか?」
ゆいちゃがちょっと焦りながら聞いていた。
『いえ、余ったからです』
ナナがスパッという。容赦ない。
「見た目は悪魔、中身は真逆になれるとか」
『悪魔は悪魔です。根本が悪いので扱いには気を付けてください。好物はネット上の不幸話集めです』
「・・・・・」
根も葉もない。
『本当は2人をくっつけたくなかったのですが、どう考えても、百合は譲れないし、あいみん×のんのんでカリスマ性を持つ少年Vtuberを作るってのも譲れないし、苦肉の策です』
マナが悔しそうにモニターを閉じる。
ナナとハナが横でうんうんと頷いていた。
今、はっきりと百合って言ったな。こいつら、百合が好きなのか?
りこたんは、モニターに映った自分の育てるVtuberに夢中みたいで聞いていないようだ。
あいみんとのんのんも、名前決めで聞いてないし。
なんで肝心なとこ聞いてないんだよ。
『では、アバターは後程、皆様のところにお届けしますね』
『皆さん配信の準備で忙しいとのことなので、私たちはこの辺で』
「あ・・・ちょ・・・・」
シュンッ
3人が深々とお辞儀をしてから、あっさりと消えていった。
「マジか・・・」
確定事項になってしまったようだ。
りこたんの読みかけのミステリー小説を手に取る。
確か、結城さんが読んでいたやつだな。
悪魔なら、2人のほうがミステリー小説とか読んでるし、知識があるからいい方向に導けると思うんだけど・・・。
「よりにもよって、俺たちが悪魔か」
「あはは、悪魔っこ育てることになっちゃいました。でも、どことなく可愛かったです」
「はぁ・・・なんか、単位落とさないようにしないとな・・・」
俺とゆいちゃが悪魔を育てるって。ゆいちゃに任せたら、どうなるのか不安で仕方がない。
ゆいちゃは完全に開き直って、名前は何にしようとか話していたけど、全く頭に入ってこなかった。
りこたんたちは、クールビューティーなお嬢様Vtuber。
あいみんたちは、儚げな美少年Vtuber。
んで、俺たちはウイルスばらまく悪魔系Vtuber・・・ってんなことある?
ぶちゃけ、破滅フラグしか立っていないだろ。




