1 ちゅう罪
「あ、このクッキー食べていいです? 朝、練習してから来たので、お腹すいちゃって」
「あぁ、いいよ。バイトでの貰い物だけど」
「ありがとうございます」
あいみんとナグワが去っていった数分後、ゆいちゃが家に来ていた。
ソファーに座って、お茶を飲んでいる。
ゆいちゃの向かいに座って、頬杖を付きながら『VDPプロジェクト』のアーカイブを眺めていた。
最近、このまったり時間が勉強とバイトの癒しだ。
「あーそのゲーム難しかったんですよね」
「人狼ゲームか。よくゆいちゃができたな」
「私だってできるんですよ。りこたんの圧勝でしたけど」
「だろうな」
4人での人狼ゲームとか・・・あいみんのドジなところを見たいような、ゆいちゃがいつも通りなのを見て安心したいような。感情移入するほど、忙しい。
ファンはみんなそんな感じだろうな。
「ちゃんとコメントは見ないようにしました」
「ネタばれするもんな」
「はい。みんな見たいのを必死にこらえていたんですよ。最後に全部読みましたが、あいみさんへのツッコミが面白くて・・・ふふふ」
ゆいちゃが思い出し笑いをしていた。
「ゆいちゃ・・・・・・・」
「どうしました?」
・・・・ってそうじゃない。
完全にゆいちゃのペースに呑まれてしまった。
「ゆいちゃ、さっきも言ったけど、ナグワから聞いた別れろってどうゆうことなんだ? しかも、その数分後に・・・ゆいちゃがここ来てよかったのか?」
「駄目だったかもしれません」
「はぁ・・・・」
ゆいちゃは行動が不器用だ。俺がしっかりしなきゃな。
「で? そもそもなんで俺とゆいちゃが付き合ってるって、ナグワってやつが知ってるんだよ? こんなに隠れて付き合ってるのに」
「私が卒業式のときに話したからです」
「え?」
ペットボトルの蓋を吹っ飛ばしそうになった。
「ゆ、ゆいちゃから話したの?」
「はい。うれしくて口が滑っちゃいました」
ぺろっと舌を出す。
可愛いんだけど、馬鹿だろ。可愛いけどな。
「みらーじゅ都市で会った人みんなに報告を。私、お嫁さんになりますーって」
「お前さ・・・」
「ちゃんと秘密だよって言ってますよ」
そうゆう問題じゃない。
ゆいちゃがクッキーを美味しそうに食べていた。
「ゆいちゃは知ってたのか? みらーじゅ都市でこっちの世界の人間との恋愛禁止するって」
「ナグワ先生がみらーじゅ都市の大臣になってからなので、4月から適用されたんです」
「なんで、そんな法律・・・」
「みらーじゅ都市のVtuberの子が、こっちの世界の人と恋愛していて・・・その時は祝福されていたんですけど、ファンにバレて、SNSでひどい攻撃を受けて、精神を病んでしまったんです。サーバーがダウンするほど、ものすごい攻撃だったって聞きました」
足をぐっと伸ばしながら言う。
「今はみんなこっちの世界に否定的です。私もVtuberなので、気を付けるようにって説明会がありました」
「・・・・でも、だからって・・・」
「ま、私は従うつもりないですけどね」
ゆいちゃが隣に座って、ぐぐっと近づいてくる。
「えっ・・・」
「私はこれからも『VDPプロジェクト』でVtuberとして、武道館ライブを目指しますし、さとるくんとも付き合っていきます」
「お、おう」
「それで・・・・・」
ちょっと顔を赤らめながらこちらを見てきた。
「あの、さとるくん、は、私の性癖を知ってるので、そろそろ1つくらいは叶えてほしいのですが。付き合ってもう2か月ですし、私も晴れて高校を卒業しましたし」
「っ・・・でも、ゆいちゃ的には段階がなくていいのか? だってゆいちゃの性癖って・・・」
「あー・・・そうでした」
頬をパンっと叩いた。お茶を一口飲んで、深く息を吐いた。
「性癖は忘れてください。じゃ、じゃあ、今日はせっかく来たので、ちゅうをして帰ります。基本からゆっくりといきたいと思います」
ぺたんと座って目を閉じる。
「さとるくん、ちゅうしてください」
「・・・おう・・・・・・」
キス顔、可愛すぎるだろ。ドキドキしてめまいがした。
軽く深呼吸する。
肩に手を置いたとき・・・・・。
ビービービービー
「うわっ」
「!?」
いきなりブザー音が流れた。ぱっとゆいちゃから離れる。
ゆいちゃのスマホから、3Dホログラムの手のひらサイズの女の子が出てきた。
『よいしょっと』
「な・・・・」
ホラー映画で見たな。こうゆうの。
「みらーじゅ都市の・・・」
「ゆいちゃ、知り合いか?」
「い、一応」
3Dホログラムだから透けてるけど、本当にそこにいるみたいだった。
『高坂ゆいさん、今、画面の外の人間と濃厚接触しようとしましたね?』
「の・・・濃厚接触!?」
ゆいちゃが真っ赤になったまま俯いた。
『濃厚接触は固く禁じられています。今後、控えるように』
本を見ながら言う。
メイド服を着ていて、長い髪を一つに縛っていた。
「なんなんだよ。お前・・・」
『私はみらーじゅ都市に住む人たちが安全に快適に、こちらの世界で過ごせるように派遣された、メイドのマナです。宜しくお願いします。好きなことは法律を勉強することです』
スカートをつまんで、軽く挨拶をしていた。
「ゆいちゃ、これは・・・」
『の、濃厚接触。私、濃厚接触しようとしてたんですね。そうですよね。ちゅうは濃厚接触です・・・・』
「・・・・・・・・」
駄目だ。変なワードに引っかかってしまってる。
「監視カメラでもつけてるのか?」
『いえ、それはプライバシー保護の問題がありますので。監視対象の方の、体の特定部位が3センチほど近くなったのでアラームが鳴りました』
「・・・・・・・」
無駄にすげー技術だな。
『このまま続けてたら、ちゅう罪、そのままいくとエチエチ罪になるところでしたよ』
「ちゅう罪って・・・」
なんだよそのネーミング。ツッコミを呑み込んだ。
『では、高坂ゆいさん、これからはちゅうで止められないように気を付けてくださいね。今は未遂で終わりましたので、罰則なしです』
「はい・・・・・・・・・」
マナがぱらっと本をめくってから、一礼した。
「では、失礼します」
すっと消えていく。
みらーじゅ都市の技術が、一段と進化した気がする。
いきなり3Dホログラムを出せるなんて・・・。
「・・・・厄介なことになったな・・・」
頭を掻く。
とんでもない法律だけど、ゆいちゃをみらーじゅ都市で犯罪者にはしたくないし。
ほとぼりが冷めるまで、何もしないか。ま、何もしないが正解だな。
しんどいけど・・・仕方ない。
「でも、絶対諦めないです」
「え?」
「私、絶対、さとるくんとちゅうしてエチエチします。どうにかして! だから嫁のままでいさせてください」
「へ・・・・・・・・・?」
ゆいちゃが両手を握りしめて宣言していた。
今、すごいことを言った気が・・・。
「ゆ、ゆいちゃ・・?」
「あ・・・・・・・」
ゆいちゃがはっと我に返って、立ち上がった。
「違います違います! えっと、段階です。段階を踏んで、そうゆうのにいけるかもしれないって、いけないかもしれないですけど、でも、そのなんかそうゆうのに焦ってるとかじゃなくて、言い方が変になってしまっただけで・・・・」
「わかってるわかってるって」
混乱して意味わからない状態になっていた。
「きょ、今日は戻りますね。あの、私練習とかいろいろあって、ライブとかもあって・・・振り付けとか。やってるうちに、なんかいいアイディアがでてくるかもしれませんし」
「うん、気を付けて」
「じゃあ、さとるくん、また来ますっ」
逃げるように玄関に走って、出ていった。
バタン
ドアが閉まった。
なんか面倒なことになったんだけど・・・相変わらずゆいちゃだな。
なんとなく、ゆいちゃのことだから、次から初回配信で使ってたゴリラの被り物で来そうだ。
ゴリラの被り物とファーストキスとかになることは避けなきゃな。
「ん? ゆいちゃ、スマホ忘れてったのか・・・」
ゆいちゃのスマホがテーブルに載ったままになっていた。
なんか変に動かすとさっきの3Dホログラムが出てきそうで怖い。このままゆいちゃが来るのを待つか。
ナグワに、マナ。いきなり強敵が出てきた気分だ。
Vtuberと付き合うんだから、何かはあると思っていたけどな。
「おじゃまします。スマホが無いのです」
「ここにあるぞ」
「はっ、よかったです」
数分後、ゆいちゃがどたばたしながらスマホを取りに来ていた。