13 ギャル子さん
「ここがあたしの配信部屋。入って入って」
「おじゃまします・・・」
恐る恐る、部屋に入っていく。マナみたいな3Dホログラムが登場・・・とかないよな・・・。
「どうしたの?」
「あ、いや」
ギャル子さんが、すぐにパソコンの前に座った。
なんか非現実世界の出来事に慣れ過ぎてしまってるな。
そんなの、滅多に起こることじゃないんだから、ちゃんと現実的に管理人Zのことを考えないと。
「ほら、猫鍋まゆだよ。これで配信者って信じた?」
「元々疑ってないよ。そりゃ、ものすごく驚いたけどさ」
「あたし、他の人にVtuberやってるんだーっていうと、絶対疑われるんだー。見て、猫鍋まゆの動きって自然でしょ? モーションはかなり細かく作ってるの」
画面に猫鍋まゆを映していた。
確かに上手い。
ちょっと病んでるロリータキャラで、守ってあげたくなるようなオタク心を上手く掴んでるんだよな。
配信頻度が高いにも関わらず、少額でもスパチャを投げる人が多いらしい。
さっきちらっと見た掲示板には、ファンサが神だって書いてた。
「ほら、挨拶するとこんな感じ。『ねこねこねこーな猫鍋まゆですにゃ。配信者のみなさん、今日は猫鍋まゆのホラーゲーム配信に来てくれてありがとにゃ』」
声に合わせて、猫鍋まゆの口と手を動かす。
「モーションはマウスで動かしてるの?」
「そっちのほうが細かい動きができるからねー。一応365度回転できるよ。あ、この角度とかめちゃくちゃレアだね」
猫鍋まゆを1周回しながら言う。
「すごいな。全部自分で描いてるんだろ?」
「そう! でも、キャラデザは楽しいから全然苦痛じゃないよ。ミニ漫画とかも好きだし、そっちでお仕事もらうこともあるの。ほら、あたしのチャンネル。よかったらチャンネル登録してー」
「多才だな。自分でグッズも作ってるんだろ?」
「まぁね。この辺は作ったグッズ。あたしはこのペンケースがお気に入りー。売れ行きも半端なくてちょービビってるんだよね」
猫鍋まゆのイラストが描いてあるシンプルなペンケースを見せてきた。
長い爪がきらきら光っている。
ギャルっぽい見た目に騙されそうになるけど、意外と真面目みたいだな。
まぁ、真面目じゃないと、こんなに有名にはならないだろうけど。
横目で周囲を見渡す。
部屋はきちんと整頓されていた。
パソコンは2台、ギャル子さんの後ろの机にもう1台あった。
小さめのテレビがあって、台にはプレイステーション、Wii、スーパーファミコンまであるのか? 見たことのないようなゲーム機器まであった。
「ミステリー小説とか好きなの?」
「あたしは全然興味ないけど。住人の1人が小説好きみたいで、どんどんいろんな本が集まってくるんだー」
「なるほど。いろんな趣味持つ人がいたほうが楽しいよね」
「そうそう」
本棚には小説、漫画、資格の本がまとめられている。
壁際にソファーがあって、端に栞の挟まったミステリー小説が置いてあった。
確かに、1人だけの部屋じゃない感じがするな。
住人の趣味の部屋って感じだ。
後ろのパソコンが気になるな。恐らく、ギャル子さんのパソコンよりも性能のいい最新モデルだ。
彼女が管理人Zじゃなくても、他の人が管理人Zって可能性も十分ありそうだな。
「ところで、気になってたんだけど・・・」
「ん?」
「磯崎悟くん・・・だよね?」
「!?」
ギャル子さんが足を組んで、こちらに視線を向ける。
「その反応、やっぱりそうなんだ?」
「ど・・・どうして俺の名前を?」
「『ろいやるダークネス』・・・・」
背筋が冷たくなった。ギャル子さんがじっと俺の表情を見ながら話を続ける。
「って、Vtuberを配信で見たんだけど、ななほしⅥのかななんと写真に写ってたの、君だよね?」
「っ・・・・・・」
「そんなに驚かなくてもいいじゃん。『ろいやるダークネス』の配信は衝撃的だったし、同じ配信者として注目するのは当然でしょ」
「・・・だよな」
短く息を吸って、平静を装う。
「まぁ、俺も驚いたよ、あんな写真が出てくるなんて」
「誰が撮った写真なの?」
「さぁ。なんなんだろうな」
「あはは、散々だったねー。アイドルと一緒にいるときは気をつけなきゃダメだよ。ネットなんて、そうゆう噂話とかちょー好物じゃん」
軽く笑いながら言う。
ルカのスマホから抜かれたのはわかっていたが、黙っていたほうがいいな。
ギャル子さんがどこまで管理人Zと関りがあるのかわからない。
「気を抜いててさ・・・カナとはそもそも、大学の文化祭で一緒にいるところを撮られただけで、付き合ってるとか一切ないし。噂なんてそのうち収まると思ってるから、あまり気にしてないんだよね」
「ふうん、本当に付き合ってるわけじゃないんだ?」
「あぁ」
「なぁんだ。付き合ってるのかと思ってた」
猫鍋まゆが、画面の中で手を振っていた。
俺のことを知ってて、この部屋に入れたのか・・・。
頭の悪いギャルを装いながら、なかなかの策士なのかもな。
じゃあ、こっちも・・・。
「俺、『ろいやるダークネス』の行方を追ってたんだけどさ、このシェアハウスに『ろいやるダークネス』に関わってるような人、いない?」
「・・・どうして?」
「『ろいやるダークネス』を名乗る人物から、俺宛にDMが来たんだよね。そのDMの送り主の住所を追ってみると、このシェアハウスに着いたんだよ」
「へぇ・・・なんでそんなことわかったの?」
「ウイルス対策ソフトを色々入れてたんだよね。俺、一応大学で情報処理専攻してるからさ」
本当は、マナとナナに勝手に入れられたツールだけどな。
ギャル子さんの表情を伺っていた。
どう出る? 少しでも動揺を見せたら、黒ということだ。
「そんなことできるんだ。じゃあ、『ろいやるダークネス』だって、すぐに見つかっちゃうかもね」
エンターキーをトンと押していた。
『あー、葵ちゃん、配信じゃないのにどうしたの? あれ? 接続切ったの?』
「?」
猫鍋まゆが急に一人でしゃべりだした。
「まーねー。大きな出来事があったからまゆにも協力してもらおうと思って」
『えっ、それって?』
「なんで、勝手に動いてるんだ?」
『あれ・・・・男の人だ。見覚えがある気がする・・・』
モニターにドアップにされた猫鍋まゆの顔が映ってる。
「驚くでしょ。今、磯崎悟がここに来てるんだ」
『じゃ・・・じゃあ、そいつが・・・?』
「磯崎悟だって」
『えーっ、どどど、どう、どうしよう・・・』
「あー、逃げちゃだめだから」
ギャル子さんが急に立ち上がって、ドアの前に立った。
「なんなんだよ。急に」
やばい。道を塞がれた。
「こんなチャンスはないでしょ。まゆ、今すぐ、プランBを実行して」
『わわわわわ、わかった。いいいいい行ってくる』
猫鍋まゆがぴょんと猫耳を出して、画面の中から消えていった。
「なっ!」
「この部屋を勝手に出たら、悪質なファンが来たって警察に通報するから」
「!?」
完全に油断してた。どこかで、管理人Zがこんなに若いギャルなわけないって思ってしまっていた。
不覚だ。あれだけ、マナから気を付けるように言われていたのに・・・。
スマホを握りしめる。
「・・・やっぱり『ろいやるダークネス』と関りがあるんだな? お前が中の人なのか?」
「どうでしょう。おとなしくしてて。今、まゆが戻ってくるから」
髪を耳にかけて、ピアスを揺らした。
「はは、こんなに簡単な手に引っかかるなんて」
「・・・・・・・・・」
「残念だったね。他人をこんな簡単に、配信部屋にいれるわけないじゃん。磯崎くん、頭よさそうなのにあたしを甘く見過ぎー」
ギャル子さんが不敵な笑みを浮かべる。
まさかハメられるとは。猫鍋まゆの様子を見る限り、あいみんたちと同じように、画面の中の世界で生活している者なんだろうか。




