12 シェアハウス
スマホで地図を確認する。
駅から15分くらい歩いたところに、マナに見せてもらった建物があった。
建物自体はすぐに見つかったんだけど、ここって・・・。
「ん、出前の人?」
「いや・・・えっと・・・・・・」
「あぁ、そっか。もしかしてシェアハウスの見学の人? 悪いけど、今、あたししかいないんだよね。とりあえず上がってって」
玄関から、まつ毛をばさばささせたギャルみたいな子が出てきた。
「・・・・シェアハウス見学? あ、えっと、何人でシェアしてるんですか?」
「そうそう。5人でシェアしてるんだよね。1部屋だけ空いてる状態だよー」
「5人・・・ですか」
頭の中を整理していた。
なんか想定と大分違う。ギャルと管理人Zが一緒の建物に住んでんのか?
もしかして、マジで間違ってるんじゃねぇの?
今、俺、マナから借りたスタンガンとか催涙スプレーとか持ってるんだけど、下手したら捕まりそうな状況だ。
「そこ座ってて。シェアハウスの見学者って少なくて、やっぱり流行らないのかなー。こんなに楽しいのに」
ギャル子さんがスリッパをパタパタさせて、リビングのソファーに通す。
「あの、俺、誰もいないならいったん帰りますので」
「いいよ。お茶飲めるよね。てか、もう注いじゃった」
にこっと笑って、キッチンからガラスのコップを持ってくる。茶色の髪をくるくるさせながら、ソファーに座っていた。
「・・・ありがとうございます」
「はぁ・・・あたしも今日出かける予定だったんだけど、ドタキャンされちゃったから、ちょー暇で、話し相手が欲しかったんだよねー」
「じゃあ、お茶もらいます」
「どうぞー」
目尻を下げてほほ笑む。
一瞬帰ろうか悩んだけど、このままこの子から管理人Zの情報が聞けるかもしれない。
もしかしたら、彼女が管理人Zって可能性も否定できないし。
短い息を付く。
このままシェアハウスを見学しに来た人を装って、5分くらい軽く話してから、すぐに帰ろう。
帰るにしても、管理人Zと関係なかったという証拠が欲しいしな。
ゆっくりと、ソファーに腰を下ろす。広々としたキッチンに個人の名前の書かれた調味料がいくつか・・・。窓にはミントやローズマリーなどのハーブが育てられている。
ぱっと見た感じ、変なところはない。普通の若者のシェアハウスって感じだ。
「今、他の人たちはどうしてるんですか?」
「それぞれだよ。学校行ったり、遊び行ったり、バイト行ったり・・・いつも誰かはここにいるんだけど、今日はあたししかいない」
「へぇ、仲良さそうですね」
「仲はいいと思うよ。あ、男3人の女2人ね。夕食はそれぞれだけど、作りすぎちゃったら分ける感じ。最近、みんなとインスタで公開しない?って話してるんだよねー」
「ははは、そうゆう生活って憧れますね」
「でしょーちょーいいから」
俺には絶対無理だな。
こうゆうプライベートがなさそうな場所で暮らすの。
なんか、リア充たちが夜な夜なウェイしてそうなイメージだ。
「あ、爪禿げてきちゃった。サロン行くの面倒だなー」
「・・・学生さんですか?」
「あはは、社会人に見えた? あたしこれでも、一応、ネットの専門学校通ってるんだ。毎日課題に追われてるんだよね」
ごてごてに派手な爪を眺めながら言う。
ネットの専門学校ってあまり詳しくないし、見た感じ何をしているかわからないギャルだ。
あんまり深く触れないほうがいいんだろうか。
「あ、ねぇねぇ、これってVtuberの『VDPプロジェクト』のマークでしょ?」
「!?」
スマホケースの裏側に張った小さなステッカーを見て言う。
「しっ、知ってるの!?」
「私自身もVtuberだし」
「え!?」
「猫鍋まゆっていうんだよね。キャラデザもやってるんだ」
コップをひっくり返しそうになった。
「?」
「・・・・・・」
知ってる。猫鍋まゆ。ツイッターのトレンドにも上がったことのあるVtuberだ。3回くらいキャラデザが変わって、最近はどんな配信をしているのか知らないけど・・・。
たぶん、Vtuber追いかけていれば知らない人はいないだろう。
マジで? どう見ても、ギャルにしか見えないし、ギャルってVtuberとか興味なさそうだし。
「Vtuberなんですか?」
「そ。活動歴は結構長いんだよ」
意外過ぎる。渋谷でナンパ待ちとかしてそうな見た目なのに。
「『VDPプロジェクト』の誰推しなの?」
「浅水あいみって知ってますか?」
「もちろん。あいみんでしょ。デビュー当時から話し方が可愛いから、ずっとチェックしてるよ」
「ですよね!」
反射的に前のめりになる。
「あいみんって、ものすごく可愛いんですよ。一目見たときからファンで」
「うんうん。あたしは『VDPプロジェクト』だったら、ゆいちゃが好きかな。作曲とかも挑戦してるんでしょ? 最初は才能が妬ましくて嫌いだったんだけど、だんだん見てるうちに好きになっちゃったみたいな。見て見て」
スマホにゆいちゃの画像を映した。
「5回の配信で、全て衣装を変えてるの。この服のクオリティを短期間で描くのはすごいなって。どうやってるんだろうって、いつも思ってるの」
「・・・・確かにそうですね」
ゆいちゃの場合は描くことは無いからな。毎回好きな服着てるだけだろうし。
「そっかぁ、Vtuberのファンなんだ。なんかめっちゃ親近感」
「確か・・・猫鍋まゆって、自分で作ってるんですよね?」
「そう、可愛いでしょ。あ、敬語使わなくていいよ、くすぐったいから」
「すごいですね」
「ありがと」
ギャル子さんが、いちごミルクの紙パックにストローを差す。
「今日は22時から配信だった。ホラーゲーム実況だから、ぼちぼち準備しなきゃな」
時計を見て、伸びをしながら言う。
見た目に寄らずVtuberについて詳しいし、ネットの知識もありそうだ。
推しを褒められて舞い上がってしまったけど、彼女が管理人Zの可能性も否定できない。
ここは慎重に・・・。
「配信準備とか大変じゃない? シェアハウスのメンバーが手伝ってくれることとかあるの?」
「ないない。自分でやってるよ。新作ゲームを貸してもらったりってのはあるけどね」
そもそも、シェアハウスで配信って音も響くだろうに。
他の住人から文句はないんだろうか。
「元々、声優とか目指してたんですか?」
「ううん。そうだ! 特別に、配信部屋見せてあげるよ」
「えっ?」
「だって、スマホのケースに『VDPプロジェクト』のマーク貼ってるくらいだもん。かなりのオタクでしょ?」
「まぁ・・・」
「これも何かの縁だし。あたしも『VDPプロジェクト』ってすっごく気になってるんだよね。ファンって聞いて、仲良くなれそうって思っちゃった」
いきなり立ち上がって、服をつまんできた。
「ん」
「ほら、思いついたら即行動」
色白の頬をきゅっと持ち上げていた。
ぐいぐい来すぎて、ギャル子さんが俺をハメようとしているのか、ただ無防備なのかよくわからんが・・・。
まぁ、俺の中では前者のほうが可能性が高いな。
相手の手の内にいて、もう駆け引きは始まっているのかもしれない。
お茶を飲んで、コップを置いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて。前からVtuberの配信ってどうやってるのか興味があったんだよね。でも、本当にいいのか?」
「うん。配信部屋は、あたし個人の部屋と別だから。シェアハウスのメンバーは自由にみられるようになってるし」
「配信部屋を?」
「フリースペース使ってるんだよね。他のメンバーにも見てもらえたほうが、何かいいアイディアが出てくるかもしれないから」
「・・・そうなんだ。色々工夫してるんだね。猫鍋まゆって、もちろん俺も知ってるし、結構前だけど配信も見たことあるよ」
「マジで?」
階段を上って、ギャル子さんについていく。
緊張感が伝わらないようにしながら、他愛もない話を振っていた。




