10 管理人Z
食堂でカフェオレを飲みながら、必死に4限の課題を解いていた。
全然終わってない。新年度早々、崖っぷちだ。
結城さんが隣でメガネの曇りを拭いて、息を付いていた。
みらーじゅ都市のこと、ゆいちゃのこと、『ろいやるダークネス』とか、考えることは山積みなんだけど・・・。
「磯崎くんが課題やってないなんて珍しいね」
「時間が取れなくて。結城さんは全部終わりそう?」
「これで終わり。応用数学の教授ってみんな厳しいって聞いてたから、昨日の夜にもう目途つけてきてたんだ」
「普通そうだよな・・・」
当然だけど、大学の課題は容赦ナシだ。
妹が同大学の同学部に入学してしまったから、絶対単位は落とせない。
ペンを回して、計算式を書いていく。
「じゃあ、『VDPプロジェクト』の配信アーカイブを見よう、と。私のお気に入りの中から、元気になるやつにしようかな・・・」
アイパッドを立てて、指でスクロールしていた。
すっげーじっくり見たい。
目の前の課題から視線を逸らして、4人のわちゃわちゃする姿を見たい・・・。
「磯崎君、なんかななほしⅥのことで大変みたいだね」
「まぁな」
「世間では、アイドルのかななんと磯崎君が付き合ってることになってるのか。なんか変な感じだね」
「あれ以上の写真は出てこない話だからな。すぐに忘れるだろ」
「ほら、今ってどこでもSNSでアップしちゃうから怖いよね」
周囲を見渡す。
一見、Vtuberとかに興味なさそうな人でも、気は抜けないんだよな。
カナもそうだけど、互いに周囲にはかなり警戒していた。
結城さんが頬杖をついて、窓の外に視線を向ける。
「同大の人なんて、疑いたくないけど」
「どんな些細なものでも、今『ろいやるダークネス』に情報を提供されると厄介だからな。まだ全然わからないけど、他の暴露系Youtuberみたいに誰でも上がれるような環境用意してる可能性だってあるし」
SNSって、基本匿名だから一度疑いだすとみんなが敵に見えてくる。
みらーじゅ都市の住人が、こっちの世界の人間に警戒心を持つ理由も、少しだけわかる気がした。
「でも、写真だけ見ると、本当に恋人同士みたいだったね」
「結城さん・・・」
「ごめんごめん。冗談だよ。ゆいちゃに一途だもんねー」
「一途っていうか・・・まぁ、付き合ってるから」
「ふうん」
結城さんが目を細めた。
そうストレートに言われると、なんか居心地が悪い。
「いいなー、2人を見てると、私も恋人がほしくなってきた」
「えっ」
「意外? この前、りこたんと恋バナになって、恋したいねーって話してたの」
「りこたんと・・・・恋バナ・・・」
ペンを吹っ飛ばしそうになった。
意外過ぎる。りこたんと恋愛の話をするって・・・。
なんか2人には申し訳ないけど勝手にちょっと百合っぽいものを感じてたのに。
いや、本人にはかなり前に否定されてたけどさ。
「大学2年だし、地味な私でも漫画みたいな恋はしたいの。もし、万が一りこたんに彼氏ができたら・・・うん、りこたんならすぐできちゃいそうだし。だって、宇宙一可愛いから」
「あ・・・そう・・・」
啓介さんが知ったら卒倒するんじゃないのか?
てか、最近、啓介さんの話題を聞かないけど、生きてんのか? あの人。
「で、りこたんから色々聞いてるんだけど、『ろいやるダークネス』ってみらーじゅ都市のAIロボット君が頑張って調べても、まだ全然わかってないんでしょ?」
「・・・あぁ、みらーじゅ都市でも尻尾を掴めないなんて、相当だよ」
数式をキリのいいところで止めて、自分のスマホを開く。
「ななほしⅥは完全にマークされたんだ。カナ以外全員のデバイスにウイルスを入れられるなんて、プライバシーも何もないよ」
「ひどいよね。どこからそんな・・・」
結城さんのアイパッドでは、ウサギの耳を付けたりこたんが映っていた。
あいみんとのんのんは猫耳。ゆいちゃはゴリラの着ぐるみを着ている。
アニマルモチーフで、動物になりきって雑談してみた回だな。マジで可愛かった。スパチャも凄かった。
「『VDPプロジェクト』は何としてでも守らなきゃね」
「あぁ」
「ん? 磯崎君、ツイッターにDM来てるんじゃない?」
「あ、本当だ。あいみんかな?」
指を動かして、DMを開く。
見たことのないアイコン、あいみんじゃないな・・・。
「っ!?」
「どうしたの?」
「・・・『ろいやるダークネス』からだ」
夢と心が話していた時に、後ろに映っていたロゴマークのアイコンだった。
「えっ・・・『ろいやるダークネス』って、本物なの?」
「たぶん・・・」
鍵アカウントになっていたし、公式じゃないから確証はないけど。
直感でそう思った。
「開いてみればわかるよ」
「あ、待って」
開こうとすると結城さんが止めてきた。
「ウイルスが仕込まれてる可能性もあるんじゃない?」
「いや、ツイッター内だし、ただDM開くだけじゃ大丈夫じゃない?」
「一応、念のため。りこたんから送ってもらったウイルス対策ツールで調べておこう。このスマホ、ななほしⅥもそうだけど、『VDPプロジェクト』のやり取りも入ってるし、用心に越したことはないでしょ?」
「・・・そうだな」
「すぐ終わるから。ちょっと借りるね」
結城さんが、外付けハードディスクを取り出して、スマホと繋いだ。
「・・・・・・・・」
ツールが走り終わるのをじっと待っていた。
俺のツイッターアカウントに直接DMを送ってくるなんて。
顔と名前はバレたかもしれないけど、このツイッターアカウントは推し専用アカウントだし、わからないはずだろ。
「できた!」
「どうだった?」
「そのDMは特に問題ないみたい」
「よかった」
ほっとして、スマホを受け取る。
「でも、ツイッターじゃないけど、ウイルスは入れられてたみたいだよ」
「え?」
結城さんが、アイパッドをくるっと回して、ツールのログを見せてくる。
「ほら、真っ赤になってる」
Warningじゃない。
明らかに、ウイルスが入っている反応だった。
「マジで? だって、前調べたときは・・・」
「んー・・・この数日間の中で感染したとか?」
「いつの間にそんな・・・」
「どこまで動いてたのかわからないけど、とりあえず消去しておいたから大丈夫。私も詳しいことはわからないから、このログは、りこたんと磯崎君に送っておくね」
「・・・・あぁ」
すっと背筋が冷たくなる。
全く、自覚がなかった。怪しいメールも開いてないし、エロサイト・・・なんて、スマホでは見ないしな。
「・・・・・・・」
どこで、どうして、どうやって、感染したんだ?
「磯崎君、DM開いてみたら?」
「あ、あぁ・・・うん・・・」
緊張しながら、メッセージを選択する。
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こんにちは 磯崎悟 君
『ろいやるダークネス』管理人のZだ。
いきなりのDMで驚いたかな? 夢と心が話した以上の情報を、我々は持っている。あまり驚かなくてもいい。今更、じたばたしても、仕方ないからね。
まずは、旬な情報の提供をありがとう。君たちのおかげで、『ろいやるダークネス』は世間に認知されるようになった。心からの礼を言うよ。
でも、我々が広めたいのはななほしⅥのスキャンダルだけじゃない。
一番知りたいのは多くのVtuberが住んでいるとされている、みらーじゅ都市のことだ。
君は、何かみらーじゅ都市と通じているね? いつか、君たちの周りに起こっている不思議なことを突き止めようと思っている。
今日は、その挨拶でDMをしたんだ。これからもよろしくってね。
管理人Zより
追伸
君が持ってるウイルス対策ツールはかなり精度が高いみたいだね。
残念ながら、何度頑張っても君のデバイスからは情報が抜けなかったよ。
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「管理人Z・・・」
「そんな、みらーじゅ都市のことを・・・?」
結城さんが真っ青な顔でこちらを見た。
みらーじゅ都市からVtuberが、こっちの世界に転移しているなんてバレたら、とんでもないことになる。
「マジか」
「どうしよう」
「ここではあまり話さないほうがいいかもな。何をどこで聞かれてるかわからない。俺のスマホだって・・・」
管理人Zからのメッセージを眺めていた。
額が冷たくなる。
あいみんとのやり取り、みんなとの会話が漏れていたらかなりやばい。
「わ、私、りこたんに連絡してくる。その、メッセージのキャプチャもらっていい?」
「あぁ、すぐ送るよ」
汗でスマホが滑りそうになった。
画面を添付して、結城さんたちに送る。
転がったペンの下にある数学の課題は、途中式のまま、なかなか進められなかった。




