プロローグ
今年の春から大学2年生だ。
「よし・・・と。はぁ・・・やっと終わった」
スケジュール表をななほしⅥのメンバーに送信する。
何度もチェックしたから、伝達ミスはないだろう。
パソコンの背もたれに寄りかかって、麦茶に口を付けた。
半年くらい前から、声優アイドルグループななほしⅥのマネージャー補佐のバイトをしている。
別にななほしⅥのファンとかではなく、同じ大学の子が、ななほしⅥのセンターをしているカナで、誘われてマネージャー補佐になった。
勉強との両立は大変だけど、今ではやってよかったと思ってる。
推しの今後にとっても、勉強になることばかりだからな。
俺の推しは・・・。
『みんなー今日も配信見てくれてありがとう』
『あいみん、口にチョコレートついてる』
『はっ・・・本当だ。いつからだろう』
『配信序盤からずっとよ』
『もう、のんのん。気づいてたなら言ってよー』
『はははは、あいみさんらしいです』
パソコンで、昨日の『VDPプロジェクト』の配信アーカイブを流していた。
どこを切り取っても可愛いし、癒されるな。
俺の最推しはVtuberの浅水あいみ、こと、あいみんのいる『VDPプロジェクト』だ。
『VDPプロジェクト』は『Vちゅーばー異世界からピースを届けるプロジェクト』の略で、ほとんどのファンは元の名前を忘れていると思う。
(長いしダサいから仕方ない)
メンバーには他にも神楽耶りこ(りこたん)、高坂ゆい(ゆいちゃ)、椎名野々花がいて、4人で武道館ワンマンライブを目指している。
Vtuberとしてはまだまだ新人のほうだったけど、今、どんどんファンが増えている。
武道館ライブできるVtuberなんてほとんどいないけど、4人なら叶えられるんじゃないかって思っていた。
『わ、スパチャもこんなにありがとうございます』
『美味しいもの食べてって、惑星さん、いつもありがとう。おかげさまで美味しいものたくさん食べてるよ』
『最近はみらーじゅ都市のチーズケーキが美味しかったです』
『そうね。あ、コメントにもある・・・そうそう、のんのんがはまっているものの配信で取り上げてたRARAってお店のチーズケーキ』
りこたんがゆいちゃの横に並んでコメントを読んでいた。
今回も、ものすごい盛り上がっていたみたいだな。
リアタイしたかったけど、昨日は夜遅くまでバイトだったからしょうがない。
『スパチャ、読み上げられなかった人いるかな? ごめんね』
『あとでちゃんと見るわ。いつも本当にありがとう』
俺もいつか、スパチャをたくさん投げられるくらい、稼げる社会人になりたいと思う。
推しがいるってだけで、世界が変わっていた。
あいみんは俺の恩人だ。
バーンッ
いきなりドアが勢いよく開いた。
「おっじゃましまーす」
「あ、あいみん!」
あいみんが家に入ってくる。
どれどれー? と言いながら、パソコンの画面を覗き込んできた。
「ちゃんとアーカイブチェックしてるようで、良い心がけだね」
「当たり前だよ。本当はリアタイしたかったけど」
「バイトだったんだもんね。夜遅くまで、お疲れ様」
あいみんがにこっと笑う。
ありえない話なんだけど、あいみんはこのアパートの隣に住んでいて、よく画面から出てきて俺の家に遊びに来る。
本当、ありえない話なんだけど・・・。
「あ、もしかして、ゆいちゃが来ると思ったの?」
「違うって。今日は来れないって言ってたし」
「ふふふ、怪しいなー」
あいみんがにやにやしながらこちらを見てくる。
「からかうなよ・・・・・・」
俺の嫁は『VDPプロジェクト』のゆいちゃだ。
ぶっちゃけ、ものすごく可愛い。ゆいちゃは変わってるし、不思議な子だけど、夢に向かって一生懸命で優しい、俺には勿体ないくらいの嫁だ。
まぁ、嫁と言っても、まだ2月に付き合ったばかりで、俺も学生だし、結婚はまだまだ先のことだけどさ・・・。
ガチャッ・・・
「あ、ゆい・・・」
ドアが開いて、見知らぬおばさんが入ってくる。
「なるほどなるほど」
「!? ちょ・・・だ」
「な・・・ナグワ先生!?」
「ナグワ先生?」
あいみんが口をあわあわさせていた。
メガネをくいっと上げて、あいみんのほうを見る。
「あら、あいみさん。ここに来てたんですね」
「・・・はい・・・勉強のため、来ておりました」
「よい心がけです」
「はは・・・・」
あからさまな作り笑顔をしていた。
こんなに焦ってるあいみんを、初めて見るかもしれない。
「あ・・・・あいみん、知り合い?」
「えっと・・・みらーじゅ都市の、セントバラ学園と私たちの通っていた高校の先生で・・・」
「は?」
「ごほん、この春からみらーじゅ都市の大臣に就任しました」
「そ、そうでしたね」
「はぁ・・・・」
なんなんだ、この混沌とした状況。知らんおばさんに不法侵入されてる。
「あいみさんがここにいるとは予想外でしたが」
「あはははは・・・」
「まぁ、勉強のためならよいでしょう」
「・・・・・・・」
俺の家、無法地帯みたいになってるんだけど。
なんか、あいみんの様子を見ていると、下手に追い出せないっていうか。
「ナグワ先生、あの、どうしてここに・・・?」
「貴方!!!!」
「はいっ?」
あいみんを無視して、こちらを向いた。
怖。ぐるんと首が吹っ飛んでいきそうな勢いだった。
「貴方が磯崎悟で間違いないかしら?」
「はい・・・」
なんで、俺の名前を知ってるんだ?
「ごほん、みらーじゅ都市のVtuberの高坂ゆいと付き合っていますね?」
「えっ・・・は・・・はい」
「よかった。間違いじゃなくて」
オールバックの前髪を、軽く触る。
あいみんのほうをちらっと見ると、ぷるぷる震えている。
全然状況についていけないんだけど・・・。
「率直に言います。別れてください」
「は?」
思わず立ち上がった。
「聞こえませんでした? 別れるように言ってるんです」
「だから、どうしてそんなこと、いきなり来た他人から言われなきゃいけないんだよ?」
「法律で定められていることなのですよ。みらーじゅ都市の大臣として言います。みらーじゅ都市、民法56条に、『画面外の人間との、全ての恋愛を禁止する』とあります」
ポケットから小さな本を取り出して、眺めていた。
「なっ・・・・」
「別れてください。異論は認めません。法律ですから」
ぴしゃりと言う。
「で、でも、ナグワ先生・・・Vtuberでこっちの世界と交流を持つうちに・・・その、仲良くなったり、特別な感情を持つことだってありますし・・・」
「あいみさん、貴女は偏った考えを持つようになってしまった。私と来てください。貴女は大切な教え子なので、私が命に代えても助けます」
「えっ・・わ・・・・」
あいみんの手首を強引に引っ張った。
よろけながら、ナグワに連れていかれる。すっとヒールを履いて、ドアを開けていた。
「ちょっと待っ・・・・」
「話はそれだけです。あいみさんは連れて帰りますね。では・・・」
「さとるくん・・・ごめ」
バタン
勢いよくドアが閉まった。
パソコンのモニターには、あいみんとゆいちゃの歌って踊ってみたが流れている。
なんだ? 恋愛禁止って・・・そんなこと、ゆいちゃからは何も聞いていない。
別れろって・・・。
今、俺の身に何があったんだ?