夏のホラー2021|『くぬぎ森のプレハブ』~絶対に隠してはいけない~
──プレハブに1歩、足を踏み入れる。と、同時にちょうど真下でピチャリと音がなった。水たまりを踏んだような感触は僕らにすぐ足元を確認させた。だって埃をかぶっていたプレハブ小屋に水たまりがあるなんておかしいから。
「なあリヒト、これってなんだべ」
靴を見せるショウヘイ。さっきまで茶色だった彼の靴は、真っ赤に染まっていた。確かめるまでもない。水たまりの正体は血の池だった。
────数十分前
夏の強烈な日差しさえ遮る鬱蒼とした森の中を少年少女たちは歩いていた。少年たちは声を周囲のアブラゼミにかき消されまいと、ただの会話でも声を張る。
「それじゃヤヨイ探しに行くべ!」
──鬼のショウヘイがそう言って先頭を歩く。僕とチカとアカネは『くぬぎ森』を知り尽くすショウヘイの前に、10分すら隠れられなかった。
ヤヨイの提案ではじめたかくれんぼ。この歳になってかくれんぼなんてと乗り気じゃなかったけど、地元の幼なじみとなら楽しいものだった。
「ヤヨイちゃんはすごいね。ショウヘイくんがまだ見つけられないなんて」
「子供の時と違ってくぬぎ森も少し人の手が入ってさ」
「確かにキャンプ場とか出来てたわね」
「だからそっちに行かれると──」
「でも今歩いてるのって逆方向じゃん?」
「そりゃ、ヤヨイはやっぱりあそこだと思う」
「あそこって・・・どこだっけ?」
「ほら、チカちゃん。あのプレハブ小屋だよ」
「え!? あれってまだあるの?」
「俺も分かんねえよ。だから最後にしたんだ」
「ひょっとしてショウヘイ、ひとりで行くのが怖かったんじゃないの〜?」
「そういえば昔もショウヘイは最後にチカと見に行ってた気がする」
「あの時はな。さすがに今は平気だ」
くぬぎ森のプレハブは、地元の人なら知っているであろうある種の名所。と言っても森の奥にあるし、そもそもなぜ置かれているのかも分からないため、寄り付く人はいない。
頭の良いヤヨイはそんなネガティブな背景を利用して、かくれんぼでは昔からそこに隠れていた。だから彼女は決まって最後に見つかる。そういえば僕らの中でプレハブ小屋を最初に見つけたのもヤヨイだった。
「わ〜。本当に今もプレハブあるんだね」
「相変わらず錆びてて気味が悪い」
「これは昼間じゃないと来れないな」
それを見た時、こどもの時の記憶が脳内を走り回る。くぬぎ森で、5人で過ごした時代が懐かしい。良いこともそうじゃないことも、すべて思い出させてくれる。プレハブはこの森の中で当時から変わらない貴重な存在かもしれない。
「ヤヨイー! 出てこいよー!!」
「ヤヨイー!」
返事はない。セミの声だけが僕たちに話しかける。チカの声はまだしも、ショウヘイの声が中に聞こえないなんてことは、ないはずだけど。
「ヤヨイちゃんどうしたんだろう」
「ちょっとあんた見てきなさいよ」
「お、俺だけ?」
「全員で行こうか」
「まあ、リヒトが言うなら」
僕の提案でショウヘイを盾のようにしてプレハブに近づく。そういえばこのプレハブ小屋を開けたこと、中を見たことはあったかな。
今思えばこれはプレハブ小屋というよりコンテナじゃないか。電車が運んでる貨物のコンテナ。だから出入り口と言える物はない。
「これってどうやって開けるんだ?」
「どうって、そのまま手前に引けば良いんじゃないか?」
ショウヘイの手元を確認しないで僕は答えた。だからその直後聞こえた〝ガチャ〟と、留め具を開けたような音は気のせいかもしれない。だって中にヤヨイがいるなら、いったい誰が留め具を閉めるんだ。
「やっぱ俺が入るの?」
「当たり前でしょー?」
「リヒトもそう思うか?」
「わかった。僕と一緒に入ろう。2人はそこで待ってて」
開きかけている外開きのドアを2人で開放する。〝ギギギギ〟と、鳴る不快な音はまるで開けるなと言わんばかりだ。それでも男2人なら簡単に開いてしまったのだが。
──プレハブに1歩、足を踏み入れる。と同時にちょうど真下でピチャリと音がなった。水たまりを踏んだような感触は僕らにすぐ足元を確認させた。だって埃をかぶっていたプレハブ小屋に水たまりがあるなんておかしいから。
「なあリヒト、これってなんだべ」
靴を見せるショウヘイ。さっきまで茶色だった彼の靴は、真っ赤に染まっていた。確かめるまでもない。水たまりの正体は血の池だった。
「ショウヘー?どうし──」
「来ちゃダメだ!」
「・・・な、なにかあったの?」
「来ちゃダメだ!」
とっさにアカネたちにそう警告した僕だが、その場から動くことはできなかった。目の前の赤く滴る液体を受け入れるので精一杯だ。
ショウヘイを見たが、彼もまた固まっていた。ただ視線は僕よりも奥。奥にあるそれを見て、固まっていた。
「嘘だろ・・・あれがヤヨイか?」
ショウヘイが指差すあれは、赤く染った何かだった。血液をかぶったように濡れていて、かすかに見えるのは白色のワンピース。とっさにヤヨイの服装を思い出すが──
「いやぁぁぁ!!!」
「アカネ!?」
突如後ろから聞こえる悲鳴。
一目散にプレハブから出て2人の元へ──2人は、首から血を流して倒れていた。かすかに動いているのはアカネの方。チカはもう、動いていない。
それでもショウヘイはチカに、僕はアカネに駆けつけた。
「チカ! 起きてくれよチカ!」
「アカネ! アカネ!?」
アカネは必死に何かを話そうとしている。しかし首元を切られた彼女が口を鯉のようにぱくぱく動かす姿は、見ていられなかった。
「大丈夫。大丈夫だよアカネ。良くやったよ」
「・・・どうしてだ。どうしてだよリヒト! どうして3人がこんなことに!」
「わかるわけないだろ! そもそもあれはヤヨイなのか?」
「あんなところに入るやつはヤヨイしかいないだろ!」
すぐにスマホを手に取るがお決まりのように圏外。とにかく森を出るしかない。せめてキャンプ場まで行ければ。
「行こうショウヘイ」
「みんなを置いて行くのか?」
「今の僕らには何もできない」
黙って頷いて歩き出したショウヘイの後を進む。多分、キャンプ場方面へ向かって──彼は立ち止まった。
「リヒト、チカを殺したのって誰なんだろうな・・・」
「わ、わかるわけないだろ。アカネだって急に首を切られて」
「まだプレハブを開けて5分も経ってないぞ?それなのにこんなことが」
「僕だって不思議だよ。プレハブの死体だってわけがわからない」
「俺たちがプレハブを見てた数秒で2人を殺して、悲鳴が聞こえた直後に出たのに誰も犯人を見ないなんて、ありえるか?」
「その通りだよ。まるで映画で見る怪物がこの森にいるんじゃないかって」
バカなことを言ったと思う。ショウヘイにも呆れられただろうか。彼は黙り込んで再び歩き始める。だが、その歩みは3歩で止まった。
「アカネだろ?チカを殺したのは」
振り返ったショウヘイは血眼で俺を睨んでいた。その手にはナイフが握られている。
「な、なに言ってんだよショウヘイ」
「これ、アカネのだろ?」
「し、知らないよ。だいたいなんでそんな物騒な物をアカネが──」
「とぼけるなよ!!」
「お、落ち着けショウヘイ!」
「俺はさっき聞いた。お前がアカネに〝良くやった〟と言ったのを」
「そ、そんなこと言ったかな」
「そしてお前はすぐそこに凶器が転がってることにも気がつかなかった」
──震える少年たち。ナイフを向けて距離を詰めるショウヘイと離れるリヒト。2人の溝は埋まらない。しかしリヒトの背にクヌギの木が触れた時、彼は諦めたように話し出した。
「ショウヘイ。僕たちって、複雑だろ?純粋に中が良かったのなんて小さかった頃だけだ」
「だからって俺たちを殺したのか!?」
ナイフを振りかざすショウヘイにリヒトは怯まず話し続ける。
「その、俺たちってチカとショウヘイの2人だよね。アカネは? ヤヨイは?」
「・・・何が言いたい?」
「ヤヨイを殺したのはあんたら2人だろ?」
「ちがう!俺はただ、あそこに閉じ込めて──じゃない!」
「そう、やっぱりね。昔から不思議だった。ヤヨイは本当にあそこに隠れたくて隠れているのか」
「そうに決まってるだろ。頭良くて、負けず嫌いなんだから」
「違うだろうショウヘイ。かくれんぼの時間は、2人でヤヨイをイジメる時間だったんじゃないのか?」
「──これは、ヤヨイの復讐だってのか?」
「ごめんね。僕たち3人はそのつもりで今日ここに来た。そうじゃなきゃ、わざわざこの歳でやるかな、かくれんぼなんて」
「なんだよリヒト。お前とアカネとヤヨイでグルだったってことかよ!」
「でも、アカネがチカと相打ちになったのは想定外だった。あと、ヤヨイの死も」
「お前、最低だ。最低な男だべ!」
「ずっとヤヨイを苦しめたお前たちに言われたくな──」
──ショウヘイは握りしめたナイフで突っ込んできた。もう彼とは話し合いができないことを確信した僕は、来た道を引き返す。僕が目指したのはそう、プレハブ小屋。
道がわからない僕にとって、今すぐ行ける唯一の安全地帯。あの中に引きこもることが出来ればそれで良い。何日かすれば捜索願いを受けた警察が探しに来るはず。
後ろからはショウヘイの怒号が聞こえる。全く、どっちが鬼なんだか。君のほうがよっぽど鬼じゃないか。君を好きだったヤヨイを良く思わなかったチカにそそのかされて、一緒にイジメていたんだから。
お前たちが僕たちを壊したんだ。
「な、ない!!」
後ろでショウヘイが叫ぶ。なんのことか追われる僕は遅れて気がついた。そういえば彼女たちの死体を見なかった気がする。でもなぜかなんて考えている暇はない。むしろそれのおかげでショウヘイとの距離を稼げて、僕はラッキーとしか思わなかった。
おかげで余裕を持ってプレハブ小屋に入れた。すぐに僕は内側からドアを引っ張る。内側に鍵はあったが見たところ錆びてて使えないだろう。とにかく開けられないように力勝負だ。
──そう覚悟していたのに辺りはなんて静かだろう。鬼の怒号も聞こえない。僕を探す声すら聞こえない。見失うなんてありえないし、むしろここ以外隠れる場所なんてない。
じゃあ開けて外に出るか?いや、それがあいつの狙い──
「リヒト。そこにいるんだろ」
「ショウヘイ?」
「なんでそんなとこに入った」
ショウヘイの声は冷静だった。怖いくらいに落ち着いていて、先ほどとは別人のように感じるが、おかげで話し合いができる。
「お前がナイフを持ってるからだろ」
「でも知らなかったのか?これは外からロックできる」
「知ってたよ。だけど数日もすれば警察が探しに来る」
「時間を稼げれば良いってか・・・じゃあ、そうしてやるべ。お前みたいな鬼はずっとここに封印されていれば良い!!」
聞き覚えのある〝ガチャン〟という音が目の前で鳴った。どうやら本当に閉じ込められてしまったらしい。警戒してドアから手を離さなかった僕だが、いつまで経っても無音。
奴はほんとうにここを開ける気がないようだ。疲れ果てた僕はこんなところに座ってしまった。ああ、ヤヨイもこんな気分だったのか。
〝コンコン〟
「ショウヘイ!?」
わざわざノックをしてきたかと思えば、彼は何も言わない。すかさずドアを握るが、何も起こらない。
それにしてもここは暑いな。数日も耐えられるだろうか。あんなにうるさかったセミの声すら、うっすらとしか聞こえてこない。何も聞こえないけど、ショウヘイは何か言ってるんだろうか。
「──けて」
「なんだよ!」
「──あけて」
「しょ、ショウヘイ?」
「リヒト、そこにいるのね?」
その声はショウヘイに聞こえなかった。でも、じゃあ誰が・・・誰がこの森にいるんだ。僕の名前を知っているだれが。
「あけるよ?」
とっさに恐怖を抱いた僕は、たったの1、2メートル奥へ下がる。背中にぬるい鉄の板が触れた時、違和感に気がついた。即座にスマホのライトをつけて横を見る。
違和感の通り、あるはずのヤヨイの遺体が消えていた。
「ま、待ってくれ! 開けないでくれ!」
〝ガチャン〟
わずかに開く隙間からはひらりと揺れる白い布が見えた。




