冬の匂いを嗅いでいるんです
私は次の日の夜、おじいさんに話しかけることにした。おじいさんは私を見ると、
「おかえり。今日も一日お疲れ様」
と言った。私はそのとき、思い切って口を開いた。
「お疲れ様でした。なにをなさっているのですか?」
私が言うと、おじいさんは一瞬、その目の中に驚きを灯したが、また優しい目に戻った。
「冬の匂いを嗅いでいるのです」
おじいさんの声はすこししゃがれていた。
「冬の匂いですか?寒くありませんか?」
私が言うと、おじいさんは皺をくちゃくちゃにして笑った。
「寒いですよ。でも私は冬が好きなのです。どうですか。冬の匂いを嗅いでみませんか?」
私は少し戸惑いながら、おじいさんの隣に座った。冬の空気で冷たくなった金属の冷たさがお尻に伝わった。そして、私はすこし、深呼吸をしてから、目を閉じた。私は不安を感じなかった。おじいさんが優しい目をして、私を見守っていてくれていることが分かった。
冬の白い匂いが私を包んでいた。不思議と寒さは感じなかった。そして私は目を開けた。おじいさんは何も言わず、私の顔を見つめていた。おじいさんは、
「おかえりなさい」
と言った。私は急に涙が出てきた。
「ごめんなさい」
と私が言うと、おじいさんは黙って首を横に振った。そして黙って20分程、そうしていた。ただ星の煌きだけが私たちを照らしていた。私が泣き止むと、おじいさんは
「おやすみなさい」
と優しく言った。
「ありがとうございます」
私が言うと、おじいさんはまた頷いた。私は部屋に戻った。なぜだかいつもの部屋の雰囲気と違うように感じた。温かく親密な空気が私を包んでいる気がした。私はこの親密な雰囲気を壊したくなくて、テレビをつけなかった。私がベッドに座ると急に睡魔が襲ってきて、私は目を閉じた。