日常
私は製造会社の事務をしていた。事務の仕事はただ日々の生活のお金を稼ぐためだった。私は淡々と目の前の仕事をこなした。私は、友達のように、べつに仕事にやりがいなんか求めても仕方が無いと思っていた。
私は週に一回、恋人の隆介に会った。
隆介と付き合って3年になる。私達は週末に夜ご飯を食べながら、一週間にあった出来事をお互いに話し、そして夜をともにする。ただそれだけだった。隆介と夜をともにするのは別に嫌でもなかった。でも刺激というものはもう無かった。マンネリといえばマンネリだったが、恋人がいるという安心感が私を支えていた。そしていつか隆介とは結婚するのだろう。
別にそれでもよかった。
私はいつもどおり仕事をした帰りに、重い足取りで、一人暮らしのアパートの部屋に向かった。冬の冷たい風が私を刺したので、私は黒いコートの襟元を立てた。
私はアパートに着くと、二階の自室に向かって、疲れで硬くなったふくらはぎを持上げ、アパートの階段を上った。すると、夜の闇に、街灯の明かりで、仄かに見える一人のおじいさんが階段に座っていた。ベージュのくたびれたジャンパーを着て、空を眺めていた。私は危険な感じがして、おじいさんをよけて自分の部屋に向かおうとすると、おじいさんが、
「おかえり。今日も一日ご苦労様」
と言った。
私は驚いて、おじいさんの顔を見た。おじいさんの顔は長年の苦労が染み出したかのように皺だらけで、その皺のなかに電灯に光る優しい目が印象的だった。私は咄嗟に、
「お疲れ様でした」
と言った。すると、おじいさんはにこやかに笑った。私はなぜだか恥ずかしくなり、おじいさんに会釈して、自分の部屋に向かった。私が振り向くと、おじいさんは階段に座って、空をじっと見上げていた。