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トリッキー・サーカス  作者: 中山恵一
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名家の一族(香奈子の昔話)



街の出入り口にガードマンが配置され、高いフェンスで囲まれた要塞街

由緒ある家柄の一族だけが住人として住んでいる地域にある豪邸のドアが開く


「ただいま帰りました。」


「おお、香奈子。」


「おや、お父様。珍しい事ですね、どうされました?」


香奈子が家に帰ってくると珍しい事に仕事で忙しく

たまに家にいても、取り巻きに説教したり


口無し作業用奴隷に、

「御前は●○作業用だ。それ以外は何も出来なくて良い」

というような暗示をかけて洗脳調教をしたりしている父が


久しぶりに一人で家にいて話しかけてきた。


「うむ、今日は御前に話があってな、こっちに来て座りなさい。」


「はい。お父様。」


お父様向けの礼儀作法を守って部屋に入り

香奈子は座敷の机の前に正座した。


「何で御座いましょうか。」


「……実はな、お前に縁談の話が来ておってな。」


「縁談? で御座いますか?」


香奈子は少し驚いた。

いつかは家と家とのつきあいや信用のためだと

そういう話を言い出すだろうとは思っていたが

こんなに早く言い出すとは思ってなかったのだ。


「それで、相手は誰ですか?」


「うむ……綿貫財閥の御曹司だ。」


「綿貫財閥ですか!?」


香奈子は心底驚いた。

島袋家と綿貫家は先祖代々、犬猿の仲なのである。

何代も前の祖先から、抗争や陰謀や謀略が繰り広げられ

分家や下僕などに代理戦争をさせて争い


遺恨が怨恨を呼び、悪意が悪意を呼んで

互いに憎悪の対象と言えるほどに憎みあっている事を

子供の頃から聞かされ、攻略すべき敵として教え込まれていた

その綿貫家と親戚関係を築こうと言い出したのだ。


今まで、刺激の強い言葉中毒な取り巻きに

口コミで伝達させるために仕込んだりした

刺激的で面白半分に言い易い罵詈雑言は、なんだったんだ


”心に刺青のように彫りこまれた全てを無かった事にしろ”


とでも言うのだろうか? どういう事なんだ?



同じような ”わ”で始まる苗字の下僕を作業用奴隷として調教して


”奴なぞ もし このワシの身近におったら

 この作業をするだけの奴隷にしてくれる”


と言いながら、なぶりもののオモチャを壊して

暇つぶししていた光景などが混乱した心の中で渦巻いた。



どういう目論見なのか見えなかったが


無策な間抜けをゴキブリのように嫌う父親が

何の思惑もなく、何かを言い出すワケもない

思惑を聞き出すための言葉を選んでいると


父親の方から思惑を語りだした。


「うむ。あの先祖代々の因縁で競争してきた綿貫家だ。


 実はな、向こうから和議を申し入れてきてな。

 向こうも跡取りの問題でゴタゴタしているらしい

 その辺の事情もあるのかもしれんが……。


 争ってばかりいて互いに消耗して

 新興勢力に漁夫の利を得られるのもシャクじゃからの

 消耗戦は代理戦争をさせている戦闘用に訓練した

 血の気の多い下僕同士に訓練として、やらせるとして


 公式には和議を受ける事にして

 共通の利害関係を構築する事にしたのだ。そこで……。」



「血縁関係を結ぶのが、過去の遺恨を無くすのに

 一番てっとり早いと判断したわけですか?」


「うむ。」


要するに政略結婚である。

一族内では良くある話なので香奈子は別に驚かなかった。


「ですが 私はまだ……。」


「分かっておる。お前も相手もまだ14。結婚には早すぎる。

 だからまずは婚約、と言う形になる。」


「……それで、相手は。」


「うむ。長男の綿貫惣一だ。」


そう言って写真を香奈子に渡した。


「……。」


「とにかく今度の日曜日に会う事になったから

 そのつもりで準備をするのだ。よいな。」


「はい。お父様。」


自分の部屋に戻った香奈子は写真を眺めてみた。

そこには少し不機嫌そうな顔をしている少年の姿が写っていた。


(……なんか世の中を斜めに見てますって感じだな。


 まあ、小さい頃から名家の次期当主として

 同じ保守支配層で家と家の交流を抱え

 一族を統括し、使っている労働者層を統治する能力も

 身につけるのだ


 とか言われて教育されてきたんだろうから

 性格ゆがんで当然だよねえ。)


当日……


「……来ませんね。」


「うーむ。」


二人は待ちぼうけを食っていた。


「まったく。折角来てやったと言うのに

 やつらは……約束を守ると言う事を知らんのか?」


「……。」


いつもは冷徹すぎるほどの判断力を維持するために鍛えた感情抑制と

威厳と品格を保つために身につけた毅然とした態度の父であったが

同じ保守支配層の中で同格であり比較されている綿貫家がらみ

となると少しの事で妙に感情的になる。


(これじゃ婚約しても結婚する前に破談になるんじゃないかなー。)


なんて事を香奈子が思っていると。


「島袋様。」


すっと障子が開いて仲居さんが顔をだした。


「なんだ。やっと来たのか。」


「いえ、お電話で ございます。」


「……分かった。香奈子、ちょっと待っておれ。」


「はい。」


そう言って部屋を出ていったが

しばらくすると複雑な表情をして戻ってきた。


「……お父様?」


「見合いは中止だ。」


「は?」


「見合い相手の長男が失踪したそうだ。

 下世話な世界に面白半分に首を突っ込む性格と言う話だからな。

 いつかは、闇の世界の住人の世界にでも引き込まれたのかもしれん

 昔から、そうなる程度の輩ではないかという噂があったが……。」


「では、縁組の話は無しですか?」


「いや。また後日、次男と見合いをさせたい、と言ってきた。」


「はあ。」


「とにかく今日は帰るぞ。」


「はい。」


後日……


「いやあ、一時は どうなる事かと思いましたが

 無事このような良き日を迎え めでたい事ですなあ。」


「まったくですなあ。しかし自分の一族の行動くらい

 把握して管理しないといかんのではないですかな?」


「いやあ お恥ずかしい。やはり我が家のような

“優秀な我等の中で名誉を手に入れた存在”ともなると

 自由になる時間や思い通りに動かせる人間が手に入る反動で

 自分が管理される側のは嫌になる者が多くて、

 色々と問題が出てきてしまいましてなあ。

 管理されるのに慣れた人には

 ご理解いただけないかもしれませんが


 わはははははは!!!」


「はっはっは。理解できませんなあ。

 そのような一族の恥になるかもしれない人間が

 出現するかもしれない可能性を放置できるとは

 ワシなぞは恥知らずな輩が一族から出る事は

 プライドが許せませんがなあ

 心が広いのですなあ、わはははははは!!!」



会うなり嫌味と皮肉の交し合いを始めた父たちを尻目に

香奈子は見合い相手を見つめていた。


相手の次男坊の第一印象は最悪だった。


同族の優秀な人間と比較されての近親憎悪を抱えているからか


同族以外は下民と教育されて

全ての人間を見下すのが当たり前になっているからか


そういった言い方や態度が丸出しで

それが香奈子をイラだたせた。


「あ、あの。そなたの日常の楽しみ

 いや趣味と下々の者が言うものは何ですかな?」


「お琴と日本舞踊を少々……。宗二さんは?」


お琴と日本舞踊、嘘ではない。

嘘ではないが、かといって完全に本当と言うわけでもない。


(攻撃用戦闘員あがりの婆やに教わった格闘技全般。

 とか言ったら どんな顔するかな……。)


なんて事を思ったが口には出さない。



立ち会っていた父親が流れる沈黙を破って言い出した


「…… まあ しばらく二人きりにしておきましょうかな。」


「そうですな。そういたしますかな。」


セオリー通りに二人は出ていった。

二人きりになったとたん会話が途絶え。気まずい沈黙が辺りを包む。


「ええっと……。そうだ。庭でも散歩しませんか?」


「そうですね、そうしましょうか。」


庭に出てから宗二は少し舞い上がって喋り続けた。

香奈子は表面上はにこやかに応対していたが、

内心では人間的に相性があわない相手を

相手にしないといけないイラつきが限界に近づいていた。


心の中で漢字二文字が繰り返される


” 無 理  無 理  無 理  無 理 ・・・”


そもそも最初から問題だったのだ。

見合いをすっぽかして逃げ出した長男。


別に彼に対して何の感情も抱いてはいないのだが

自分が軽視されたような不快感を感じずにはいられなかった。


そして次男。話している内容が第一印象の正しさを証明していた。

話すのは俺様の自慢話ばかり。

香奈子は逃げたしたくなるのを我慢していた。


(……長男が どんな奴かは知らないけど、

 これよりは マシでしょ、絶対。

 まったく、自己顕示な俺様話だけを良く喋るなあ。


 まあ馬鹿の方が 言いなりにして家庭内権力を手に入れて

 リモコン・オモチャのように操縦しやすいかもしれないけど。

 そんなことしてもつまらないな。

 尊敬できない同居人と過ごす日常かあ。無理。絶対。


 はあ……なんでこんな事してんだろ。なんか腹が立ってきたな。

 ……そう。どうせ婚約しても結婚前に白紙になるに決まってる。

 なら今 破談にしても同じ事。よし!)


ついに見合いを台無しにする事を決意した香奈子が

どう相手に断らせる方向に持っていこうか考えていると。


「香奈子さん!」


「あ、はい。」


見ると宗二が香奈子の方を真正面から見詰めていた。


どうも香奈子が、表面上は、にこやかに答えていたので

自分の態度や言った内容も振り返らずに、

自分に好意を抱いたとでも勘違いしたようだ。


「どうやら結婚しても上手くやっていけそうですね。」


「え?」


 どこが? 自分が言いたい事を言っているのを

 礼儀正しく聞いてくれるから相手が自分を好きだとでも?

 本心は違うかもしれないとか疑いもしないで、

 今日会ったばかりの相手を信用するって

 なんだ? この馬鹿なガキは?


というような喉元まで出た言葉を香奈子は必至で押さえた。


(……ちょっと突き放すのが遅かったかなあ。)


「香奈子さん!」


宗二はいきなり香奈子の肩をつかんだ。

そうして、ゆっくりと顔を近づけてきた。


(はあ……。)


香奈子は心の中でため息をついた。

脳内で膨らんだ妄想が爆発したらしい。


(まあ、しょうがないよね。

 ここまで勘違いされたら他に選択肢なんて無いし。)


香奈子は、覚悟を決めた。


(良いよね、ここまで我慢してきたんだし。

“少しぐらい やっちゃっても”。)


数秒後


「うぎゃああああああああああああっ!!」


悲鳴が辺りに響き渡った。


「ど、どうした!何があった?」


慌てて現場にやってきた父親二人が見たものは

肩を押さえて地面をのた打ち回る宗二と

その側に佇む香奈子の姿だった。


宗二の左肩はプランと力無く垂れ下がっている。

……どうやら関節が外れているらしい。


「これは一体。」


「香奈子!?」


「すみません。」


香奈子は すまなそうに軽く微笑んだ。


「足を滑らせてしまって、それで宗二さんの手を取ったら

“偶然”関節が決まってしまったらしくて……。」


そう言って香奈子は、一応また微笑んだ。

目は笑っておらず。口元だけで作ったような氷の様に冷たい微笑だった。


「そ、そうか……。」


そんなことが起こるか!……

と突っ込める者は周囲に誰一人としていない。

当然である。誰もが香奈子の微笑みに圧倒されていたのだ。


と、一人の少女がすっと宗二に近づいて行った。

そして、外れてる方の腕をひょい、とつかんだ。


「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!!」


「へえ。奇麗に外れてるじゃない。」


千里。惣一や宗二の従姉である。


「どんな人と見合いするのか気になって見に来たの。

 それにしても……素晴らしい技。お見事。」


そう言って千里は香奈子に近づいて来た。


「宗二は お気に召さなかった?……

 なら代わりに、私なんて?どう?

 最近は女同士でも結婚できるし、

 両方の遺伝子を使って子供も作れるし。」


そう言って千里は香奈子の頬に手をそっとやった。

香奈子は千里の方を向いて微笑むと 

その手をとり、そして軽くひねった……ように見えた。

その瞬間、千里の体が半回転していた。

慌てて千里はかろうじて地面に残っている右足を蹴って

回転方向にそのまま一回転した。


「くっ!」


無様に背中から倒れこむことは避けられたものの

四つん這いの状態になってしまった千里は軽く舌打ちした。


「この戦闘員教官資格を持つ私を

 瞬時に叩き伏せるなんて……。」


既に香奈子は千里の方を向いていなかった。


「お父様。」


「……何だ?」


「私、急用を思い出しました。

 先に帰ってもよろしいでしょうか?

 この様子では見合いは続けられなさそうなので。」


「う、うむ。良いだろう。」


「ありがとうございます。」


香奈子は一礼して、その場を立ち去った。


「聞き分けの良い子だと思っていたら

 中々どうして気性の激しいところもあるのだな。」


島袋一族の主人が少し楽しそうに呟いた。


「破談……ですかな。」


綿貫一族の主人が同じように呟いた。


「破談……ですな。」


二人は、ぐふふふ、げへへへと悪代官のように笑った。

とても不気味な地響きのような重低音が鳴り響く笑い方だった。


「それでは他の共通利害関係構築話も無し、と言うことで。」


「そうですな。」


「それでは、また。また会う機会が“あれば”。」


「はっはっは。貴方も“家庭の問題”を

 早く解決するよう心から祈っていますよ。」


「んげぇっヘっへ。」


「ぐっふぅっふっふ。」


二人の後ろで双方の秘書達が、ため息をついた。

これまでの数ヶ月、準備してきた全てが水泡に帰して

再び、近親憎悪で憎みあい。足を引っ張り合い

不毛な泥試合を繰り返すだけの日々に戻らねばならない事が

決まったのだから無理は無いだろう。


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