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トリッキー・サーカス  作者: 中山恵一
3/14

残虐な悪魔が笑う夜


こんなところで女性と二人きりで飲むのは何年ぶりだろう。

少なくともエリートコースである同盟法務庁の誘いを蹴って

マーズ・プリンセスホテルの法務部に所属する弁護士

となってからは初めてだった。


やはり、敷地内にある酒が飲める空間についても

マーズ・プリンセスホテルは別格だ

星の広がる無限の宇宙空間が見える店内

ムードたっぷりの照明

上品な音楽、良質のサービス、物静かさと喧騒の同居


――そういった店舗施設管理課の人々の努力により

丁寧に作り上げられた場所の空気にも酔っていた。


「リーボックさん? もう酔っ払ったんですか?」


「そうだね。少し酔ったかな」


リーボック・リヒテンシュタインはそう言って、

問い掛けてきた相手に微笑んでみせた。


酒の勢いと、場の空気での勢いを利用して

何を言おうとしているのか、リーボックは充分自覚していた

普段は絶対に口にできないような歯の浮くような言葉だ

こういう時でも無ければ言えそうに無い

リーボックは覚悟を決めて口を開こうとした。


「メグミさん。今夜は――」


「あら?」


「――って、どうしました?」


言いかけの言葉が彼女の驚きの表情で遮られる

覚悟を挫かれたリーボックはメグミの視線の先を追った


少し離れたテーブルで屋内なのにサングラスをかけた3人組

膝を突き合わせて何やら良からぬ相談をしている様子である

それを見た瞬間、リーボックの酔いは覚めた。


「……メグミさん」


「はい?」


「『彼等』の滞在先って

 マーズ・プリンセスホテル別館じゃなかったっけ……?」


声を震わせながら尋ねる。

彼女はすぐにIDカードを取り出して照会した。


「……いえ、ここ本館です」


「さてと、遅くならないうちに帰らなきゃね!

 古臭いようだけど未婚の娘さんを

 夜遅くまで連れ回しては世間体というものが――」


立ち上がったリーボックの腕を、メグミは掴んだ。


「私達が彼等を止めなくてどうするんですか?」


「まだ何かするって決まったわけじゃ」


「どうせ、また何かを面白半分に仕掛けて

 どれだけの人間を巻き込めるかを楽しむ

 悪趣味な内輪の遊びをするつもりです!」 


彼女の言う通りであった。

3人組は何かを企んでますと言っているような

善良さからは、かけ離れた雰囲気を纏っていた


「あいつらがプライベートで何かしたって

 職務中じゃないから無関係ですし

 責任とかも無いでしょう? ほっときましょうよ!」


「何言ってるんですかリーボックさん。

 我がグループ企業の秩序と正義を

 維持するのが私達のお仕事でしょう?」


「たしかに、”我々の信用を維持するために働くべし”

 とかいう社訓はありますが、でもそれは建前でしょう?

 ……奴らの遊びに巻き込まれたいんですか!!」


「はい、暴走しないようにするために

 遊びか誰かの面白半分の思いつきか知りませんが

 それに巻き込まれてでも阻止するべきです!」


彼らは倒れ始めたドミノが大量のドミノを倒していくかのように

巻き込まれていく事が、この瞬間に決まった


1枚目のドミノの仲間らしき3人組は、二人の接近に気が付いた

彼はサングラスを外し、善良そうな顔で笑顔を作ってみせた。


「何か?」


「何か、じゃないでしょう。

 貴方達は部外者とは関わらない職務でしょう?

 なぜ宿泊している部屋から外出しているの?」


「ああ……こうやってジャディンさんが作った

 忍者モード光線を出すコートを着ていれば

 少なくとも何の装備も無い部外者が

 話しかけられる事も気づかれる事もないので

 流石は部外者じゃない御二人は

 印象操作光線を排除するメガネをかけられているんですか?

 だから気づかれたんですよね?」


「それは担当職務の都合上、モード破り機能が必要ですからね

 まあ、それは置いといて、今度は何を企んでるんですか?」


「あちらを、ご覧下さい」


そう指を差されたカウンターの方に目をやると、

三人を発見した時以上の驚きが待っていた。

天野香奈子が見知らぬ男と酒を酌み交わしている

不意にリーボックは気付く


「ラルコが、この光景を見てっ!?」


「そう、同僚を巻き込んで毎度の暴走モードですよ」


「奴はどこに?」


「最上階のロイヤルスイートで作戦会議中です」


「ロイヤルスイート!? 従業員割引でも

 奴が普通に利用できる料金じゃあないだろう?

 という事は・・・」


リーボックは昔の熱血刑事ドラマの

主人公にでもなったかのように駆け出して行った


「待って下さい!」


メグミも、その後に続く。


・・・


「……ここ、だよねえ」


「です、よねえ……」 


リーボックとメグミは、ロイヤルスイートルームの

重厚な扉の前で立ち尽くしていた。


「今更なんだけど何でラルコの奴は

 セキュリティの高い、利用料金も高い

 この部屋に入れたんだ?」


「あれ?知りませんでしたか?


 社内規則破りの新記録を保持しているなどの

 突拍子もない暴走が目立ちますが


 15歳で飛び級で大学院まで卒業した

 複雑系の数学博士で

 暗号解読、呪縛解読、鍵攻略

 同業他社の情報金庫の鍵破り、暗号破りの

 新記録も保持している暗号解読職人として

 働いているんですから


 この程度のセキュリティをハッキングして

 入り込むくらい簡単なんじゃないですか?」



「こういう思い込みで周囲にいる人間を巻き込んで

 何度も騒動を起こすようなトラブル・メーカーな事ばかりが

 印象に残っているので、担当職務までは・・・

 まあ、そういう事だったんですか、キチガイに刃物ですね」


リーボックは軽く息を吸い込んでドアフォンを押した。

数秒のうちに見知った顔が横のモニターに映る。


「貴方達は法務部の……!」


扉が開いて、中から小柄な青年が顔を出した。

神無。普段はとても大人しい好青年だが、

一端キレると手が負えなくなるのが最大の欠点である。

リーボックも何度か彼に迷惑をかけられたことがあった。


「え~と、神無君だったっけ? 君までこんなところに……」


「はあ、あまり来たくなかったんですけど……。

 リヒテンシュタインさんも ラルコに呼ばれて?」


「いや、俺達は違うんだけどね。

 とにかくラルコに会わせてもらうよ」


と、リーボックとメグミは一歩中へと踏み入った

贅沢な装飾を施した広く豪勢な部屋で、

訪問者を迎える応接室のようになっていた


ラルコの姿は見当たらないが

多分奥の部屋にいるのだろうと目星をつけ

勝手に真向かいにあるドアに向かって進んでいく


「リヒテンシュタインさん。違います。右の扉の方です」


「ああそう。ロイヤルスイートなんてのはムダに広い――ん?」


誤って扉を開けた時、視界の片隅にちらっと何かが映った

二つほどの大きな物体である

暗い部屋の中には、下着姿の男女が気絶していた

猿ぐつわを噛まされロープで縛られ床に転がされている。


男はナイスミドルとかダンディズムなどの

風格とか威厳とかの表現がぴったりはまる熟年である。


女の方は色気全開で妖艶な妖しい感じのする外見だった

いかにも金持ちとその愛人と言った組み合わせである

そして無論、目の前の男こそが

この部屋の主だということは容易に想像がついた。


「犯罪だ……紛れも無い犯罪だ!!」


ラルコが強引に部屋に押し入ったという事実は

もはや間違いなく疑いようが無い

まさか、彼がここまで馬鹿だとは……!


「リーボックさん、あれ……」


青ざめたメグミが、震える指で熟年男の肩を指し示す。

そこに彫られている紅い龍を象った刺青を目にした時

彼の驚愕は戦慄へと変わった。

何故ならその刺青は、

火星圏最大の犯罪組織『紅龍』の紋章であったから。


「……あは、あは、あははははははは」


「リーボックさん?」


「いくら何でも『紅龍』の人間が

 護衛も無しに逢引してるなんてことあるはずがないさ。

 きっとペイントだよ、このタトゥー。

 ったく、金持ちなんてのは悪趣味なんだから……

 あれっ、あれ? お、おかしいな、ちっとも消えやしない」


何度も何度も消そうと試みるが、一向に鮮やかな色は落ちない。


「まるで本物みたいだな。最近の染料は良く出来てるな~」


既に頭では理解している――

だが、感情がそれを受け入れることを拒んでいた

リーボックは取り憑かれたかのように男の肩を擦り続ける。


「落ちろこの、落ちろっての!――

 そうかシールだ! 道理で消えないはず――」


「リーボックさんっ!」


「放してくれ、マフィアであるわけが――!」


リーボックの手を、必死にメグミが取り押さえる

全身の力が抜けて、へたり込む


静まり帰った部屋に神無の呟きが響いた。


「……本物ですよ……本物の『紅龍』です…………」


――こうして、リーボック・リヒテンシュタインの

二人きりで過ごすはずだった

甘く幸せなヒトトキになるはずだった夜は

一転して、スリルとサスペンスに満ちた

残虐な悪魔が笑う夜となったのであった。


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