【邂逅】
夕闇迫る空の下。光が殆ど届かない薄暗い路地裏を、幾つかの影が、足音を忍ばせ滑るように移動していた。
彼らはみな一様に黒装束で身を包み、フードを深く降ろしているため、容貌はおろか性別や年齢を窺い知るのも難しい。だが、肉付きの良い体躯と背丈から、そのうち四名までは比較的若い男性であるようだ。
その中で、最後尾を歩いている人物のみが、他とはまったく違う容姿をしていた。身長は、百五〇を僅かに超える程度。体の線は細く、その人物が若い女性であるとわかる。
彼女は自分の足元だけを見つめ、背を丸めがちにして先を急いでいた。
五人は路地裏を抜けると、やがて、大通りに面した酒場の前を通りかかる。店内は多くの客で賑わっており、料理を運んでいるウェイトレスの少女の明るい声が響いてくる。武器を携えた男たちの談笑と、賑やかな喧騒と、美味しそうな匂いまでが漂ってきて、まだ夕食を済ませていない彼女のお腹をきゅう、と鳴らした。
そのとき突然、彼女の歩調が僅かに緩んだ。その視線は、店内を一望できる酒場の窓に釘付けになっていた。
店先に掲げられた看板には、『鈴蘭亭』と書かれてある。彼女はこの店が、冒険者の店、と呼ばれる場所であることを知っていた。
「どうした? 同志カノン」
先頭を歩いていた男に声を掛けられ、カノンと呼ばれた女性は我に返る。いつの間にか、完全に足が止まっていたらしい。
「……すいません、何でもありません」
頭を下げ、上げた瞬間吹いた強い風が、彼女のフードをはだけさせた。その下から露わになった顔は、まだ少女と言って差し支えないものだ。いまひとつ艶の弱い黒髪は襟足付近で切り揃えられており、同じ色をした瞳はどこか虚ろだ。彼女の年齢から想像されるような快活さは、微塵も感じられない。
鈴蘭亭の店内に、幼馴染である少女の姿をカノンは認めていた。少女の歳は、自分と同じ十四歳。カノンにとって、最も仲の良かった友人の一人だ。
艶のある長髪は炎を連想させる赤。
見るものを惹きつけてやまない、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳。
ほっそりとしてスタイルの良い体躯。
華やかな見た目通りの、物怖じしない明るい性格。
年齢以外の全てが、カノンとは正反対の存在だった。
その友人は、一年ほど前から冒険者として活動を始めていた。ここまで大きな躓きはなく、斡旋された仕事を順調に成功させ続けており、名声を称える声がカノンの耳にも届いていた。
友人の職業は魔法使い。
……かつてカノンも志し、けれど、数年前に挫折した魔法使いの道だ。
成功した友人は、明るい店内に居る。……それなのに私は、人の目を避けるようにして、暗い夜道を得体のしれない男たちと歩いているんだ。
幼馴染の少女のことを考えているうちに、わき上がってくるほの暗い感情。
突きつけられた残酷な現実から目を背けるようにカノンはただ前だけを見据えると、店の前を足早に立ち去った。
「行きましょう……」
暗い光を宿した瞳が、振り返ることはもうなかった。