59.カイルからの話
ある日の夜。
「イズミル、話があるんだが、いいだろうか」
晩御飯を食べ終わってから四人でまったりしようかという時間に、やけに真剣な顔のカイルにそう切り出された。
ご飯食べた後そのままエルの膝の上でまったりしていたけれど、その空気を察して滑り降りる。
カイルの隣には真剣なツィリムも並んで座ったし、真面目な話は真っ直ぐ聞きたいよね。
「まずは、謝らせて欲しい。この間から、イズミルの願いを叶えられないことばかりで申し訳ない」
深々と頭を下げられて、困惑してしまう。
「カイルは私の事を考えてしてくれていると思ってるけど、何の話かな?」
それから、カイルが滔々と語り出した。
ラスキスとの結婚条件の話、私のこの国での立場の話、この国の置かれている状況の話……。
そして、戦争間際だという話。
それぞれを黙って聞いていたけれど、それは分からないからではなく、質問する余地もないほど理路整然としていて分かりやすかったから。
きっと沢山考えて、ツィリムやエルと話し合ってくれたのだと思う。
「……うん。分かった。
戦争になるかも、って話は前にツィリムに聞いた気がするけど、私が思ってるよりももっと差し迫った状況ってことね。
それに対応するためには、ラスキスと結婚するのがベストだってことも、分かった。
私は王族の結婚の時の習慣なんて全然知らないから、結婚した順番で夫の順位が決まると思ってたのよ。
それを曲げたくないな、と思っただけだから、皆がラスキスを一番にしていいのなら、そうしようと思う」
カイルの紅い瞳がゆっくりと潤む。
「俺が、イズミルの願いを叶えるために、ラスキス殿下に交渉すると言ったのに、イズミルに我慢させて申し訳ない。
だが、理解してくれて、本当にありがたい」
「とっても悩んでいたのよね?
これからも、私が知らないせいで困ることがあるだろうから、何かあったらすぐにこうやって相談してね?」
カイルの話は一段落したかと思ってツィリムにも視線を送る。
「今回は、おれが悪い。
おれも、王家の結婚なんて知らないから。
イズミに、誤解させてしまった。ごめん」
「そんなことないよ! 知らないのは仕方ないし、後から来た人に自分より上に来られるのが嫌なのは普通だと思う。
それより、ツィリムは本当にいいの?
前にもエルとの間で一つ順位を譲ってもらったのに」
「いい。おれも、ラスキス殿下がイズミの傍に居たらいいと思う」
「エルは?」
「僕は、元からラスキス殿下と結婚するなら第一位になるのが当たり前だと思っていましたから、大丈夫です」
「わかった。じゃあ、王族特権で表向きは一番上ね。でも、実際には四番目だから、そこはちゃんと言っていいよね?」
また私が暴走しても困るから、きちんと確認を取っておく。
「もちろん。イズミルのしたいようにしようと思う」
カイルが同意してくれただけでなく、ツィリムもエルも頷いてくれたので、一安心できた。
「次は、イズミにとっていい話。取ってくるから待ってて」
ツィリムがそう宣言してから部屋を出て行った。
張り詰めていた空気が緩んだので、エルの膝の上に戻ろうとしたけど思い直してカイルの所へ行く。
テーブルを回りこんで隣に座ると、それだけでカイルはとても嬉しそうに微笑んだ。
「イズミル、ありがとう」
「カイルが私のことを一生懸命考えて、一番良いと思うことをしてくれてるの、ちゃんと分かってるからね。いつもありがとう」
「イズミル〜! 大好きだ! 愛してる!」
勢いをつけてぎゅうっと抱きしめられると、びっくりするけど悪い気はしない。
そのまま膝の上に乗せられて、ぎゅうぎゅうしがみついてくるカイルを宥めている間にツィリムが戻ってきた。
「イズミが言ってた、仕事が欲しい話。
まだ師団の連中には言ってないけど、おれも依頼したい。おれが一番最初」
私を独り占めしたいツィリムは、一番だけは譲りたくないらしい。
「ツィリムの頼みなら、仕事関係なく何でもするよ?」
「イズミ、ありがとう。この本を読んで欲しいんだ」
差し出されたのは見るからに古い本。
紙は茶色くなっていて、端もぼろぼろで破れてしまいそうな感じ。
大きさの違う本が合計5冊で、分厚さもバラバラだ。
「これを読んで、何が書いてあるか教えて。
師団の倉庫に眠ってた本で、中身を誰も知らない。古代文字で書かれているから、読むのも一苦労で誰も読まない」
「そう言えば、前に図書館へ連れて行ってもらった時に、古い文字でも私は読める、って話をしたことあったね」
神様がくれたチートで、言語の不自由はないんだった。忘れそうになるけど。
それを応用すると、この国の人が読めないものも読めるってワケね。
「全部理解するのは大変だろうから、ざっと何が書いてあるか目次を作ってほしい。
それを見て、欲しい所をしっかり読んで貰おうと思ってる」
「なるほど。して欲しいことは分かったよ。
ひとつ疑問なんだけど、私が書き写したらどうなるんだろう。
前に私が自分の名前を書こうとしたら、こちらの国の言葉で書くように手が勝手に動いたんだけど」
たしか、婚約書へのサインの時かな。
あれはちょっと気持ち悪いんだけど、役に立つなら活用したい能力だ。
「どうかな。分からない。やってみて」
紙とペンを差し出され、一番上に置いてある本の1ページ目を書き写す。
「……なるほど。興味深い現象」
ふむふむと唸るツィリムの気持ちも分かる。
なぜかと言うと、私が多少でも理解して意味を書こうと思った所はきちんと翻訳されるのに、ただ形を真似て写そうとしたら翻訳されない。
私はアレタード語も古代語も読めるからいいけと、古代語を読めない人から見たら文字が入り交じっていてかなりおかしなことになっているだろう。
「……はっ!」
私の手元を食い入るように見つめていたツィリムが何かを思いついて勢いよく顔を上げる。
「じゃあ、訳本を作ってもらうことも可能……?」
「出来ると思うよ」
ただ、一冊丸々本を写してと言われるのと同じなので、大分大変だとは思う。
時間がかかってもいいならやるけど。
「今は、内容だけでいい。いつか、頼むかも」
「仕事にするならやらなきゃいけない時も来るかもね」
「イズミに、無理はさせない。でも、もしやるなら、うんと高い金額をふっかける」
ニヤニヤ笑うツィリムは何だか楽しそうだ。
「私としては、色んな本を貸してくれるならそれだけでこの仕事する意味があるよ」
「イズミは、本好き?」
「うん、好き。魔術の専門書も面白いけど、お金が貯まったら物語とかも買いたいな」
専門書は興味の意味では面白いけど、たまに難しすぎることがある。言葉は分かるんだけど意味は分からない、って感じ。
日本語で書いてある論文でも、専門的過ぎて読んでも分からない時と似たような感覚かな。
「イズミルは物語の本が欲しいのか? それなら、明日にでも買ってくる」
紅い目を輝かせたカイルがそう言ってくれる。
「でも、この国では、本は高いものなんでしょう? いつか自分で買うよ」
「イズミルは何も求めないからな。俺は貢ぐチャンスが欲しいんだ!」
「ありがとう」
圧に負けそうなくらいの熱意に驚くけれど、私のことを想ってくれていると感じられて心があったかくなる。
「じゃあ、この本、お願い」
ツィリムに限らず、大好きな旦那様のお願いなら何でも聞いちゃう私は。
「もちろん! 頑張るからね!」
自分に役目があって期待される楽しさを久しぶりに思い出せた。




