58.苦悩 side:カイル
皆が寝静まった後のリビングで、俺はひとり悩んでいた。
明かりも付けずに考え続けているのは、他でもないラスキス殿下の事だ。
俺の率直な意見としては、ラスキス殿下は最高の相手だと思っている。
出来れば、イズミルと結婚して欲しいと願うほどに。
理由は色々あるが、一番はイズミルを守る夫が足りていないことだ。
数が少ないのはもちろんだが、彼女の大きすぎる魔素を扱いきれるような権力の強い人間が欲しい。
俺は貴族の出身で王宮の事情にも詳しく、風習もよく知っている。地位も魔術師団の3番隊長と、そこそこだと思っている。
しかし、国と渡り合えるほどか問われれば、否と答えるしかないだろう。
そこまでの力は、残念ながら持ち合わせていない。
その上、他の夫として、エルドルトは神殿側の警戒をしてくれているが魔術に関しては今ひとつ理解の及ばない所がある。
それに、平民の出身なので権力闘争には疎い。
もちろん俺が出来ない神術関係のことを研究してくれているし、神殿側からイズミルを守ってくれているのだから、王宮の問題でこれ以上の負担はかけられない。
ツィリムは優秀だが、まだ見習い上がり立てだし、外国の出身だ。
かつての従者で、今もまだ部下であるツィリムに頼るのは、プライドが許さない部分もある。
ーーーーつまり、ラスキス殿下のことは俺が解決しないといけない問題だ。
そもそも、王族との婚姻をイズミルが認めてくれた時点で、俺よりも上位の第一夫となることを認めてくれたものだと思い込んでいた。
俺としては、せっかく進めた話を根底から覆されたようなものだが、異世界人であるイズミルに、きちんと確認しなかった俺が悪い。
理由は他にもある。
もしも平常時であれば、今のままの体制でも何とかイズミルを守りきれたかもしれない。
ただ、今のアレタード王国は酷くきな臭い。
南側のかつての隣国・サラルアテニー王国が、タタルタンテ帝国に滅ぼされてしまったからだ。
サラルアテニーとは王家同士で婿入り・嫁入りを繰り返し、半ば親族のようになっていた縁深い同盟国だった。
しかし、それより更に南の島国だったタタルタンテ帝国が破竹の勢いで勢力を拡大し、遂にはサラルを飲み込んでしまった。
今ではタタルタンテ帝国の植民地となってしまい、かつての友好的な国交とは全く違うものになっている。
王国民は身分の上下を問わずに全員が帝国の奴隷となり、特に女性は酷い扱いを受けていると聞く。
そんな状況だから、サラルのようになるまいと、アレタードの王家は必死に戦力を蓄えようとしているし、少しの魔術を見せただけのイズミルを全力で抱き込もうとしている訳だ。
この国の状況は悪いものの、だからこその『救国の乙女』なのだろうし、イズミルには大切な役割がある。
しかし、それは彼女の意志を蔑ろにするものであってはならない。
だからこそ、強い権力を持つラスキス殿下との結婚が良いと思うのだが……。
……イズミルが、夫の序列を変えることを拒否するのなら、王家の男自体が難しいかもしれない。
しかし、イズミルの願いを叶えると言った。
夫として、妻と約束したのならば何があっても叶えなければ。
しかし……とても難しい話だ。
どう言えばラスキス殿下は納得してくださるだろうか。
それに、殿下が納得してくださったとしても、王家がそれを受け入れるだろうか。こちらの要求がおかしいのだから、反故にするくらいは何でもないだろう。どうしようか……。
「うわっ、びっくりした……。カイル、どうした?」
急に灯りが付いたので扉の方へ視線をやると、ツィリムだった。
もう誰も起きていないだろうし、面倒で付けていなかったのだが。
「……あぁ」
考えがまとまらない中で、返事をするのも億劫。
「考えごと?」
ソファの向かいに座るツィリムを見ることもしない。
「イズミのこと? 教えて」
これだけ話しかけるなオーラを出していても喋りかけてくることを、鬱陶しいと感じてしまう。
「……まぁ、色々あるだろうよ」
「例えば?」
察してどこかへ行って欲しいから誤魔化しているのに、それを無視して食い下がってくる。
「……」
もう全てが面倒でどうにもならなくて、ツィリムの存在ごと黙殺したのに。
「イズミの話、教えて」
俺が話すまで梃子でも動かない、と言わんばかりにローテーブルへ身を乗り出し、まっすぐに見つめてくる。
その曇りのない瞳が、いっそ羨ましいほどで。
俺はこれだけ悩んでいるのに、という思いが、それだけ教えて欲しいなら言ってやろうか、というやさぐれた気持ちに変わる。
「ラスキス殿下の話だ。俺は、イズミルと結婚して欲しいと思っている。
ただ、王位継承権を持つ男を夫とするのに、第一位でないことは有り得ないことだから……」
何度も何度も考えたことだから、話始めたらどんどん口から言葉が出てゆく。
話している相手が誰かとか、理論立っているかとか、そういうことを気にする余裕も無く、ただ口が動き続ける。
イズミルとの約束、ラスキス殿下の立場、国の状況、戦争への不安……。
挙げ始めたらきりのない全てを、ツィリムに向かって吐き出してしまう。
まだ見習い上がり立ての、子どもみたいな部下相手に。
「分かった。俺がイズミに言う。
ラスキス殿下を一位にして、って」
「それは駄目だ。俺はイズミルと約束した。
『次の夫は、結婚時点での最下位夫になること』という条件をつけると。
それを違えるつもりはない」
「ちがう。
元はと言えば、これはおれのせいだ。
おれが、王族と結婚するなら第一位になるのを知らなかったから、ラスキス殿下よりも下になりたくないから結婚式を早くする、と言った。
イズミは四位になるのが当たり前だと思ったから、殿下を一位にすることを嫌がったと思う」
「認識がどうあれ、俺がイズミルと約束したことに変わりはない」
「イズミは、説明したら必ず分かってくれる。
これからの立場を考えても、ラスキス殿下は良い人だと」
真剣なツィリムを前に言葉を重ねると、ぐるぐると渦巻いているだけだった不安が形になり、考えが纏まってくる感じがした。
「これからの立場を説明、と言うが、どこまでを言うつもりだ。
まさか、この国が戦争せざるを得ないことや、イズミルが兵器として利用されそうなことも教えるつもりか」
「もちろん。そう言えば、イズミは分かってくれる」
「ふざけるな!! 自分の妻を不安に陥れる男がどこに居る!!」
思わず語気が荒くなっても、ツィリムは気にした風もなく淡々と話を進める。
「昔、イズミに言った。兵器にされるかもしれないと。
だけど、あまり深刻に悩んではいない。
大丈夫、不安でもおれがフォローする」
「言ったのか!?」
「イズミは、自分のことを教えて欲しいし、自分で考えたいと言う。妻の望みは叶えて当然」
はっきりと言い切るツィリムの言葉にハッとした。
いつもイズミルに言われていること。
『自分のことは、自分で考えたい』
それは、結婚という人生の一大事である今まさに、尊重すべきことなのかもしれない。
「……確かに、そうだ。だが、なぜそこまで言える? イズミルを守りたい、ただそれだけのことなのだが……」
「それも、文化の違い。
カヤッタエラの女性は、この国よりは自立している。家庭内に、きちんと立場を持って、対等に話をする。
一人の人間として、役割を持っている。
そうでないと、生きられないから」
「なるほど」
アレタードとカヤッタエラは違う。
イズミルの国とも違って当たり前だ。
その事を、俺はすぐに見失ってしまう。
「イズミルに話をしよう。
現状と、ラスキス殿下の事と、この国の将来のことも。悪いが、一緒に居てくれるか」
「当然。エルも」
こくりと頷く仕草は子どもの面影を残しているのに、その瞳は並の大人よりもずっと強い。
ツィリムは、災害孤児としてカヤッタエラから単身アレタードへ来て、魔術の才だけで今の地位を確立している男だ。
年下で部下だと思い込んでいる俺の方が、浅はかだったと思い知らされた。
「……すまん。ありがとう」
今までツィリムのことを見習い扱いして対等に見てこなかったのに、肝心な今、ろくに何も言えない。
そんな自分を、変えなければ。
イズミルのことも、ツィリムのことも。
自分の考えに囚われず、互いに話し合い、協力し合えるように。




