56.理解できない
出来ることはやりたい、という私の意向をきちんと理解してくれて協力してくれるイフレートは、晩御飯の準備も置いて帰ってくれた。
とはいえ今日すぐに料理を全部作るのはイフレート的に許せなかったようで、あとは温め直して盛り付けるだけにしてくれている。
いつもはイフレートが盛り付けてくれたものをツィリムの魔法で温めているらしいけれど、私はそんなことすら知らなかった。
この家に皆と一緒に住んでいるんだから、色々自分で考えて行動しなきゃね!
「ん?? イフレートに何かあったのか?」
カイルがダイニングへ入ってきて開口一番そう言った。
「どうして? 別に何も無かったけど」
「じゃあ何故イズミルに働かせているんだ……? まあいい、俺がやるからイズミルは座ってて」
私がやろうとしているのに、カイルがやってくれようとする。
「ううん、私がやりたいってワガママ言って、イフレートにお仕事おいて帰ってもらったの」
「やりたい? イズミルが? なぜ?」
全く理解できない、という感じで聞かれるので困ってしまう。
「なぜ、って……。だって、私一日中ずっと家に居るのよ。ヒマでヒマでしょうがないもん」
「イズミルは女性だから、時間があっても働かなくていいんだ。
イズミルが穏やかに暮らせるように俺たちが居るんだから」
いつもカイルが言うことの繰り返し。
カイルは本当に私のことを大切にしたいと思ってくれていて、彼の考える最大限で私を守ってくれている。
きっとこの国では、女性は何もせずにただ生きているだけで良くて、それが幸せなのだと思う。
「カイルがそう思ってくれていることは嬉しいよ。でも、それでも暇すぎるの。
カイルも、もし自分がずっと家でぼーっとしてたらどう思うかな、って考えてみてくれない?」
カイルなりに私を大事にしてくれていても、それは私にとってかなり苦痛なんだ。
自分のすることがない、役に立たない。
そういう存在意義が揺らぐことも苦しいと思うし、もっと単純な話で時間を持て余しすぎてどうにもならないくらいに心が重い。
「俺だったら、と言うが、俺は男でイズミルは女だ。
そもそも並べて比べること自体がおかしいだろう」
男だ女だと区別して、『私』のことを考えてくれないカイルに苛立ってしまう。
「女なら、夕方までの時間が一瞬で進むの!? 全く暇を感じないの!?
もしそれが、この国の女の人なんだったら、私は女じゃないのかもね!!」
「いや、イズミル……」
言葉を激しくした私に驚いて、カイルが宥めようとしてくれる所へ、エルとツィリムが帰って来た。
「イズミル、カイル。この騒ぎはどうしたのですか?」
「カイルが、私が家事をしちゃいけないって言うの。私は、もう、限界なのに……」
泣くつもりなんて無かったのに、涙が零れてしまうから必死に拭う。
涙で落とすつもりはないんだから、しっかりしないと。
きちんと話し合って、納得してもらわないと、苦しいのは自分なんだから。
「カイル、イズミに何を言った?」
ぱつとツィリムが私を抱き上げて膝の上に座らせてくれようとするけれど、それを振り切って立ち上がった。
自分で自立したくて、せめてツィリムに頼らず自分で言いたいと思っただけなのに、ツィリムは酷く傷ついた顔をした。
どうしよう。
私は自分らしくいたいだけなのに、みんなを傷つけてしまう。
「ちがうの。カイルが悪いんじゃなくて、私と話し合いをしてるの。泣いちゃってごめん」
「……いや、謝るのは俺の方だ。本当に申し訳ない。
俺はイズミルを泣かせてしまった。夫として、許されないことだ。申し訳ないが、あとはエルとツィリムに頼めるだろうか」
これ以上ないほど顔色を悪くして、逃げるように部屋から出ようとするカイルを引き止める。
「ちょっと待って。お願い、カイル。
私の話を、聞いて欲しいの」
「聞く。いくらでも聞く。
だからどうか、泣かないで」
祈るように懇願されて、こちらの方が申し訳なくなる。
私の気持ちが昂って涙が出てしまったことで、カイルを傷つけてしまった。
「ふたりとも、一度休憩しませんか。争いたい訳ではないのでしょう?
きちんと話をする必要があると思いますよ」
タイミングを見計らってエルが声を掛けてくれ、ツィリムがお茶をいれてくれる。
「ごめん。エル、ツィリム、ありがとう」
温かいお茶を飲むと、随分気持ちが落ち着いた。
これなら、カイルとゆっくり話せそう。
「まずは、カイル、ごめんなさい。カイルのせいで泣いたんじゃなくて、気持ちがおかしくなっちゃっただけなの。本当にごめん」
「いいや、悪いのは俺だ。イズミルは、気持ちを伝えようとしてくれたのだと思う」
和解できた所で、エルが間に入って話し合いを仕切ってくれる。
「お互いに許しあえて、何よりです。では、何があったのか、教えて頂けますか?」
ここまでの短い会話を、カイルがエルとツィリムに説明してくれる。
「ふむ、なるほど。何があったのかは分かりました。
僕の考え方もカイルと近いですから、イズミルの想いを蔑ろにしていたのでしょうね。申し訳ありません」
「違うの。ここへ来てからずっと私を守ってくれていることは、本当にありがたいと思っているのよ。
でも、時間がありすぎて、ヒマすぎるから何かできることをしたいだけ」
何度言葉を重ねても、カイルとエルは目を見合わせて黙り込むだけで、分かり合えるまでの道のりはまだ遠そうだった。




