46.離縁
「では、私は帰らせていただきますね」
やっぱり多少無理して居てくれていたんだろう、エルが帰ってきて落ち着くと、イフレートはそそくさと帰って行った。
そして。
「……ふぅ」
非常事態で居てくれたイフレートが帰り、いつもの様子に戻ったリビングでエルの膝の上に乗せられて、ようやく安心できた。
「イズミル、大丈夫ですか? 疲れていませんか?」
「うん、全然大丈夫だよ。でもちょっと、緊張してたみたいね」
髪を梳かすようにゆっくりと撫でて貰って、自然とリラックスする。
「イズミルはとてもしっかりしていると思いますが、もう少し、周りに頼ることも覚えてくださいね」
「みんな、過保護すぎだよ。これくらい大丈夫だって」
「僕の大切な奥さんですからね。大事にして、し過ぎることはないかと思っていますよ」
真摯で柔らかな瞳に見つめられて、いつの間にか膝の上が安心出来るスペースに変わっていることに驚いた。
緊張するから嫌だ、って拒否していたのに、私の気持ちがここまで変わるほど、彼らは私のことを大切にしてくれてるんだ。
「ただいま」
イフレートと入れ替わるようにカイルが帰ってきた。
「おかえり。どうだった?」
「イズミル、本当にごめん! 申し訳ないっ!」
帰ってきてすぐに、土下座せんばかりに謝るカイルを見てただただ驚く。
「えっ、どうしたの!? とりあえず、座りなよ?」
少しでも冷静になってもらおうと椅子を勧めたのに、私の膝に覆い被さるように崩れ落ちた。
「本当に申し訳ない、ごめん……」
「あの、説明してくれないかな……?」
謝罪マシーンになってしまったカイルを何とか宥めて落ち着かせる。
カイルの体重が掛かって私も重いし、更に私も乗ってるエルはめちゃくちゃ重いと思うし。
「イズミルは、何も誤魔化さないで欲しい、事実を知りたい、っていつも言ってるからその通りにするな。知りたくなかったら言わないけど」
「ううん。自分のことだもの。知っておきたいよ」
「じゃあ分かりやすく言うと、イズミルを王宮が囲いこんでしまおうとしてるんだ。
俺たちとは離縁して、王子たちと結婚する形で」
「えっ、そんな!? 絶対嫌だっ!」
離縁、と聞いて反射的に拒否した。
知らない世界で、私を大切にしてくれる人と出会えただけでも奇跡なのに。
私の能力目当ての人との結婚なんて、絶対に嫌。
「イズミルがそう言い切ってくれるだけで、俺たちがどれだけ幸せか。
イズミルが想ってくれてるから、王宮とだって戦えるんだ」
そう言い切るカイルの紅い瞳はとても情熱的に燃えていて、私を守ってくれると思う反面、不安になった。
この炎は、彼の身を焦がしはしないだろうか、と。
「でも、危ないことはしないでね? 私のせいで、皆が怪我したりとか、不利になったりして欲しくないの」
カイルは満足そうに言ってくれるし、ハイテンションが落ち着いていつもの雰囲気に戻っている。
だからこそ、きちんと言っておきたかった。
「私を守ってくれるのはとっても嬉しいけど、皆の人生を犠牲にしてまですることじゃないからね?」
「イズミルは、優しいですね」
エルがぽつりとそう言った。
「心配しなくても、僕たちはいつでも逃げられますから。それこそ、イズミルと離縁さえすれば、無関係な人間になれます。
それをわかっていて尚、イズミルの傍に居させて欲しいと思うから頑張っているんですよ」
「本当にそうだ。間違いない。
だからイズミルは、安心して俺たちに頼って欲しいんだ。
というか、俺はイズミルに、とても大切にして貰ってるから、同じくらい大切にしたい」
「皆のこと、大切に出来てるかな」
大切に思ってるのは間違いのない事実だけど、だからといって何か行動に移せてる訳じゃない、と思うんだけど。
「こうして、僕の膝の上でのんびりしてくれてるのに、何でそんなに自信なさげなんですか?」
「いや、これは大事にして貰ってる、ってことじゃん」
「いえ、僕がしたいようにさせてくれてて、僕に甘えてくれる。それが僕にとって、とても幸せなことなんですよ」
エルの言葉と共に、カイルの大きな手のひらがぽんと頭を撫でてくれる。
「本当にそうだ。俺たちのことを受け入れてくれると思うからこそ、こうしてのんびりと笑い合えるんだから」
優しく撫でて貰っているうちに、何故だかぽろぽろ涙が零れてきた。
「違うの、泣きたくなんかないの。
とってもとっても、嬉しいから」
私のことを大切にしてくれて、守ってくれる人が居る。それがかけがえのない奇跡のように感じた。
だって、何の縁もない世界で、今恐れているように、兵器として扱われる未来もあったかもしれない。
そうならずに、のほほんと幸せに暮らせているのは、間違いなくカイルとツィリムとエルのおかげ。
「イズミルの気持ちは分かっていますよ。
あなたは非常に家族想いな人ですから」
「家族に、なれたよね」
「ええ。出会った時は他人でしたが、今では互いをこんなにも想い合える家族になりました。
ですから、ずっと一緒に居たいのです」
「うん。私も、ずっと一緒に居たい」
しゃくりあげながらの涙声でも、必死にそれだけは言う。
「それは俺も同じだ。だから、俺たちが家族で居るために、一緒に頑張って欲しい」
「もちろん。何でもするよ!」
色々と分からないことだらけで不安になっているけど、旦那さんたちと一緒に居るため、という目標はすごく分かりやすくて、これから一緒に頑張って行けると思えた。




