25.肩の力抜いて
ぱぱっと着替えて戻ると、キャミソール姿のイズミルがソファーに座っていた。
ツィリムもイフもいない。
「どうしたんですか?」
「2人はあんまり時間急いでないっていうから、エルに着せてもらおうと思って待ってた」
かわいい。
いや、落ち着け、落ち着け。
興奮しすぎだ、落ち着け。
「あっごめん、だめだった?ツィリム呼んでこよっか?
エルも忙しいもんね」
「いえそんなことはありません、全く。
ちょっとフリーズしてしまってすみません。着替えましょう」
ダメだ、ダメだ。
せっかくイズミルが気を遣ってくれてるのに不安にさせてどうする?
「あのー、本当に大丈夫?ダメなことしてない?」
「ダメだ、なんてとんでもないです。嬉しすぎてリアクションちょっと薄くなってしまいました。
僕の悪いところなんですよね、嬉しい時に、嬉しいってうまく言えないのは。本当に嬉しいんですよ、ありがとう」
「それなら良かった。ね、ドレス着せて?」
上目遣いで小首を傾げる姿は、服装も相まって破壊力抜群だった。いやわかってる、別にイズミルは意図的にやってるわけじゃない。
真っ白なドレスを纏ったイズミルはとても美しかった。
たゆたうドレスの布地に埋もれるようにさえ見える、オニキスの瞳。
出会った頃より少し伸びた黒髪がさらりと流れた。
「大丈夫だよね?変じゃない?」
固まってしまった僕を見て、イズミルが不安げにそう言う。なんだか今日は固まってしまってばっかりだ。
出会ってからそれなりに同じ時間を過ごしてきたと思うけど、こんなに破壊力の高いイズミルは初めてで、結婚式はやっぱり特別なんだと嬉しくなった。
「とっても綺麗ですよ」
とりあえずそう言うだけ言って、キスをした。
唇に噛み付くようになってしまったと思う。
イズミルに対しては優しく気配りのできる男でいたいのだけれど、そんな考えはどこかに飛んでいってしまっていた。
この可愛い生き物を自分のものにしたいという衝動のままに動いてしまう。
貪るように口付けるとイズミルは僕の肩に手を突っ張るようにして少しだけ抗ったけれど、その手はすぐにすがるようになった。
しばらくそうしていてから唇を離してあげると、イズミルの瞳にはとろりたちと熱が溜まっていた。
ああああ、可愛い可愛いすぎる。
こんなに可愛いイズミルを家族や同僚に見せてやる必要なんてない。
このまま家に連れ帰って僕の部屋に閉じ込めて……
そんなことを半ば本気で考えていると、ノックの音が響く。
こちらが返事をする前に入ってきたのはツィリムだった。
「まだ?手伝う」
余所事ばかりしてなかなか出てこない僕達にしびれを切らして入ってきたらしい。
ただでさえツィリムは納得した上とはいえ、第3夫になって結婚式をまだできていない。
イズミルは僕のためにと二人を追い出したみたいだけれど、ツィリムにしたら嫌だったんだろう。
2人だけの世界に浸っていたのを邪魔されて少し嫌だったけれど、まぁストップをかけてくれて良かったと思おう。
「イズミル大丈夫?顔赤いよ?」
嬉しそうにちょんちょんとイズミルの頬をつつくツィリム。
ますます真っ赤になってワタワタするイズミルが可愛い。
だが、ツィリムがイズミルで遊んでいるのを放っておくほど聖人ではない。
「僕が化粧をしますので、ツィリムは髪をお願いします。
髪型のデザインは絵にして渡してありますよね?」
遊んでいたのを邪魔されたと思ったのか、ツィリムが一瞬むっとしたけれど、すぐに髪をいじり始めた。
ツィリムは最初は少し取っつきにくいやつかと思っていたけれど、実際一緒に暮らし始めてみると意外とそうでもない。
思ったことはすぐ顔に出るし、気分の切り替えが速く何事もあんまり気にしないようだし。
機嫌よく髪を弄り回してるようすを横目に見ながら、化粧の準備をする。
今までに、イズミルに付き合ってもらって何度か練習してきたが正直あまり自信がない。
というのも、普通なら妻の化粧は夫がすることが多いから普段からしていることなんだが、イズミルは自分でやるから、僕がイズミルに化粧する機会がなくて少しばかり不安なんだ。
「エル、緊張しすぎだよ。肩にそんなに力が入ったらできることもできなくなっちゃうよ?」
よほど僕がこわばった表情をしていたのか、イズミルがそう言ってくれた。
「ほら、一生に一度しかない楽しいことなんだから。
もっと笑って?」
無理やり頬に力を入れて笑ってみせると、むしろイズミルがめちゃくちゃ笑った。
「アハハ。ひきつりすぎだって」
笑いながら僕の頬を包むようにしてむにむにと揉む。
「こうやったらちょっとはほぐれるかもね?」
やたらと楽しそうなイズミルを見てると、こっちまで釣られて面白くなってきた。
「はにゃひて、くらひゃい」
離してくださいと言いたいのに、掴まれてうまく話せない。
それががますますツボに入ったらしく、イズミルの笑い声が大きくなる。
釣られて僕も笑い始めると、互いの笑いがツボに入ってしまって止まらなくなってしまった。
ツィリムも少しつられて笑いながらも、のけもの気分であんまり面白くはないらしい。
イズミルの髪をつんつんと引っ張って止めようとしている。
「あっ、ツィリムごめん。動いちゃったらダメだよね。
エルの緊張もほぐれたみたいだし、真面目に準備しよう。だいぶ時間経っちゃってるし」
うん、確かに時間はやばい。
ツィリムが止めに入ってくる程度には。
そこからは3人で真面目に準備を進めた。




