17.家族団欒
晩御飯はイフレートが作ってくれたから、私は茶碗蒸しだけ作って旦那さんたちの帰りを待つ。
今日はエルが帰って来ないって言ってたから、カイルとツィリムだけなんだけどね。
ダイニングの椅子に座って、扉を開けていると玄関まで見えるから、扉を開けっぱなしにして待ってる。
「ただいま」
「おかえりなさい。カイル、ツィリム」
2人に代わる代わるギューって抱きしめられて、とっても幸せ!
1日長く感じたけど、待っててよかった。
ツィリムにギューってしてもらって、軽く頭をぽんぽんって撫でてもらう。
この時間が1日で1番幸せかもしれないなぁ……
もう夕ごはんの時間だからカイルとツィリムはローブを脱ぐだけでそのままダイニングへ。
みんなでワイワイごはんを食べるのもとっても楽しい。
メニューはステーキとサラダ、スープとパンに、茶碗蒸し。
茶碗蒸しだけめちゃくちゃ浮いてる。
「この黄色いスープみたいなやつは何だ?」
興味深々のカイル。
「スープじゃない。固まってる」
怖々茶碗蒸しをスプーンでつつくツィリムは子供みたいでかわいい。
「これは茶碗蒸しって言って、私の故郷の食べものなの。卵と出汁を混ぜて蒸したもので、プリンの甘くないやつだよ」
「ぷりん?」
ツィリム、そんな期待を込めたキラキラな瞳で見つめないでくださいっ!!
「プリンはこれの甘いやつね。それはまた今度作るとして、それ、おいしい?」
「「おいしい!」」
ふたりからキレイにハモった感想をもらえて頬が緩む。
「イズミルの世界にはこんなに変わった美味いものがあるのか!固まってるみたいで固まってない、みたいな」
この様子だと、ゼリーとかもないみたいだなぁ……
「カイルとツィリムは、甘いもの好き?」
「俺はあんまり好きではないかな。なんかベタベタするから」
「好き」
なるほどねぇ……
甘いもの嫌い派と好き派がいるからどうしようかなぁ?
「この世界に、甘いパンとか、麺が入ったパンとかある?」
「メン?」
おぉぅ、麺すらないと!?
「小麦粉捏ねて細長くしたやつのことね。それも今度つくるよ。パンの中には普通、何も入ってない?」
「そうだな。何か入っているパン、というのはあまり聞いた事がないな……探せばあるかもしれんが」
「それなら毎日ちょっとづついろんな料理作ってみるから、食べてくれる?」
「もちろん。楽しみにしてるぞ」
ニカッと笑ってくれるカイルと、すごい速さで首を縦に振るツィリム。
私が役に立てることが見つかったかもしれない。
食事を終えて2階のリビングでまったりしている時。
ソファは10人座れるくらいあるのに3人掛けのソファに私を挟むように座ってる。
「そういえば、お昼にイフレートと、買い物に行きたいって話してたんだけど」
「何かいるものがあるのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。外に出たいっていうか、街を見てみたいっていうか……」
見る間にカイルの顔が険しくなって、声が尻すぼみになってしまう。
「無理ではないと思うが、今のイズミルの立場を考えると俺がすぐに許可を出す、という訳にはいかないんだ」
少し考え込むように目を閉じていたカイルが説明してくれる。
「今、イズミルはいちおう神殿預かりっていう立場なんだ。要するに神殿が面倒みて、責任持ちますよ、ってことなんだが。神殿が神託を元にそういうことをするのはよくあることだから王宮も気にしてないんだが……」
カイルによると、私は神殿が面倒みてるってことになってて、エルがその責任者らしい。全然知らなかったけどね。
今のところは、神殿は私に神託があったからとりあえず確保してるだけで今すぐ私に何かをさせようとは思ってない。でも、私が “龍の姫君” だってことがバレたら今みたいなゆるーい生活は送らせてもらえないかもしれないから、あまり出歩かない方が良いみたい。
その上、神殿の他に王宮って呼ばれる政府に狙われるとさらに厄介だとか。
この国では政治と軍事は王宮、宗教と政治に関わる占いは神殿っていう風に役割分担がされてて、その両方が私を利用したいと思うかもしれないってこと。
いずれ両方にバレるだろうけど、なるべく遅い方が良いし、少なくとももう少し私がこの世界に慣れてからの方が良い。
だから、あんまり外には出て欲しくないし、エルも賛成しないんじゃないか、って話らしい。
うーん、複雑。
現代日本ではなかったことだし、良くわかんない。
「そうかあ、それなら無理かもしれないね。明日の昼頃にエルが帰ってくるはずだから、その時に聞いてみるよ」
カイルと話してばっかりだったからか、ツィリムがめちゃくちゃ左腕に抱きついてくるんだけど。
むしろ絡みついてる、みたいな。
この子も良くわからないんだよね……
16歳って言ってたから、本来なら思春期真っ只中だと思うんだけど、そうは思えないくらい甘えてくるし。
子猫みたいでかわいいからいいんだけど、なんか引っかかるんだよね。
「イズミルは今日、何してたんだ?」
カイルに訊かれて、思い出した。
「刺繍をしてたのよ。暇だったからなんだけど、夫の持ち物には刺繍しておくものだっていうから」
立ち上がって取りに行こうとしても、ツィリムが離れてくれない。
「ツィリム、どうしたの?ハンカチ取ってくるだけですぐ戻ってくるから、離して?」
本当にどうしちゃったんだろう?
前から子どもみたいだって思ってたけど、これは子どもどころか赤ちゃんみたいだ。
ツィリムは心配だけどとりあえず刺繍の話だけしておこうと思って、ツィリムに話かけるように気をつけながら、話はじめた。
「これは、カイルの分でこっちがツィリムの。ハンカチは白って決まってるの?すごくたくさんあったから、ハンカチに刺繍するだけでも時間かかっちゃいそう」
「王宮に勤務する人は全員白いハンカチ、と決まっている。謂れはいろいろあるみたいだがな。
それに、刺繍をしてくれるなら、名と姓の間にイズミルの名前を入れて欲しい。
俺ならカイルセル・イズミ・ケインテットっていう風に。それが結婚している証になるんだ」
「わかった。たぶん明日からも刺繍すると思うから、私の名前も入れとくよ。なんかちょっと気はずかしいけどね」
そんなふうに昼にしたことをあるていど話すと、カイルが席を立った。
「悪いが、少しやりたいことがあるから、先に自室へ戻らせてもらう。一緒にいてやりたいんだが」
ちょっと深めに口付けて、それからちらりとツィリムに視線を向けて、部屋から出て行った。
色々言ってたけど、カイルもツィリムが心配なんだな。
そうしてる間もしっかり抱きついてたツィリムの髪を優しく撫でた。なるべく安心させてあげられるように。




