第9話 激戦−避役
「さあ、かかってきな。トカゲ野郎」
ー雰囲気が変わった
ガルヴァは目の前の雑魚冒険者の目つきがさっきとはまるで違うものになっているのに気づいた。
修羅場をくぐり抜けてきたものの勘だろうか。
だが、彼は焦るようなことはしない。
以前優位を自分たちは保っており、いつも通りのコンビネーションで勝つビジョンになんら不安を抱いていなかった。
タルトと呼ばれたカメレオンの魔物は頭の上の立派な角からスーッと透明になっていく。
土の防御壁で敵の注意を惹きつけてから、透明になった相棒のタルトが攻撃を食らわせる。
これさえ保っていればまず負けないことを彼は確信していた。
そのために彼は土魔法の修行は〈ウォール‐障壁〉の魔法一本にしぼって戦ってきたのだ。
しかし、往々にして肥大化した自信は柔軟な選択肢を取れなくしてしまう。
彼はそれを知らなかった。
「うおお!」
白い霧を切り裂きながら赤い触手が迫りくる。
俺は紙一重で襲いかかってくるカメレオン魔物の舌攻撃を避ける。
いま攻撃を避けられたのは俺の〈濃霧‐ディープミスト〉を周囲に使用していたからだ。
魔物は音とほんのかすかな視覚情報だけで俺たちに攻撃を加えてる状態だ。
この魔物の得意技であろう舌を使った打撃も命中率は格段に落ちている。
エピックのほうも魔物の攻撃を盾の天使を使ってさばききれているようだ。
魔物がいかな透明の身体になっていると言っても攻撃を当てることができないのならどうということもない。
とは言ってもそれはこちらも同じである。
魔物の攻撃を俺がかわしても透明のまますぐに退く、いわゆるヒットアンドアウェイの戦法を魔物はとっているため、カウンターを食らわせてやることができないのだ。
魔物を捉える一応の策がないではないがリスクがありすぎるので却下だ。
このままではジリ貧だ。幸い黒ローブの男は土壁の向こうにいるだけで支援などはしてこない。
霧の中で命中率の悪いまま魔法を放つのは魔力の無駄と判断したのだろう。
が、俺の霧も永遠には続かないだろう(多分)俺が逃げの一手をとっているままでは勝利はない。
こんなバケモノと体力勝負のチキンレースに勝てるほど俺は自信過剰ではない。
ーならば、こちらから打って出るのみだ。
まずは自分たちの持っているカードの確認だ。
龍斗は己に今できうることを思考のテーブルに並べ、最適解を考える。
ひとつひとつ脳内で行動のシミュレーションを組み立てその中の最善の1手を選び出す。
ーー答えは出た。
「来てくれ、エピック!作戦会議だ」
俺は彼女を霧の中で呼び寄せて、警戒のため二人はお互いの背中を任せるような形になる。
「確かお前、〈聖盾‐ホーリーガード〉とかいう魔法使えたよな?俺にかけてくれ」
「え、でもあの魔法は一度だけ使用者の怪我を防いでくれるだけで、魔物のベロの攻撃を受けたらダメージは食らわなくてもそのまま吹っ飛ばされてしまいます!」
「大丈夫だ。俺を、信じてくれ。」
安心させるために俺は彼女に向かって親指を立ててサムズアップの手を作る。半ば自分を鼓舞するためでもあるが。
俺の自信が伝わってくれたのかエピックもうなずいてくれた。
彼女の杖が俺の身体に触れると、体全体が春の太陽の光のように暖かいものに包まれている感じがした。
「無茶だけはしないでくださいね」
「ああ、ハルカさんを頼む」
そう言って龍斗は駆け出していった。
「ご無事で!リュートさん!」
◆
ガルヴァは焦りを感じていた。
時間がかかりすぎている。普通の冒険者との戦闘であればタルトとの連携技ですぐに皆殺しにしている頃合いだろう。これもリュートとか呼ばれていた男のせいだ。
これほどの阻害効果を持つ霧をフィールドに長時間発生させられる魔術師はA級冒険者でもめったにいないだろう。それ故に不安だ。
もしかしたらまだ見ぬ隠し玉をあの男は持っているかもしれん。奴は、真っ先に殺すべきだーーー
未知の魔法による恐怖でガルヴァの心は蝕まれていた。焦りが彼の心から平常心を知らず知らずのうちに奪っていく。
「こっちだぜ!トカゲ野郎!」
奴の声だ!
「いたぞ!殺せ!殺すんだ!」
ガルヴァは全速力で魔物に指示を飛ばした。
ガサガサと音を立ててタルトが透明になりながら音の方向に急接近する。
タルトのいる方角へ龍斗の水弾が飛んできた。
だが水弾は何もない空間を飛んでいっただけで、タルトにはかすりもしなかった。
そして、とうとう龍斗の姿をガルヴァたちは補足した。
龍斗とガルヴァの視線が交差する。下半身こそ白い霧にかかって見えないが確かに目が合った。
自分の居場所を知られてしまったことは龍斗にはわかっているはずだ。
しかし、龍斗は今までのように霧の中に逃げなかった。
直立不動のまま龍斗は魔物がいるであろう方角に何発もの水弾を射ち込む!
が、透明な相手に闇雲に撃ったところで当たるわけもなし。
放った水弾は虚しく宙を切るだけだ。
逆にカメレオンの魔物は姿を見せぬまま標的との距離を詰めてゆく!
ー奴は覚悟を決めたのか!?
ガルヴァは龍斗の意図を必死に探ろうとした。
―おそらく奴は短期決戦に打って出たのだ!
――霧の魔法を展開するのにも限界が近づいてきているのだろう。
―――故に決着を急いでいるはずだ。
――――そうなるとあの水の魔術師は攻撃をかわしたのち最大火力を叩き込む腹積もりか!ならば、こちらも最大の攻撃で魔術師を一撃で沈める!
―――――万が一奴がマジックアイテムや光の魔法で舌のなぎ払いを防ぐ魂胆だとしても、一撃で上空に吹き飛ばしてそのまま追撃を加えてやればいいだけの話だ!
ガルヴァはそう結論付けた。迷いなく彼は相棒に全力攻撃の指示を出す。
「殺れ!タルト!」
「SHUOOOOOO!」
地を這いながら龍斗へ接近する魔物!
その長い舌が鞭のようにしなり、死神の鎌めいて龍斗の命を狩らんと振り下ろされる!
ガルヴァは勝利を確信した。
だが!しなる舌が龍斗を襲った瞬間、彼の体は淡く輝き魔物の舌を弾き飛ばした!
「バカな!」
ガルヴァは目前の出来事が信じられなかった。
龍斗が攻撃のダメージを防いだことは分かる。〈聖盾‐ホーリーガード〉を同行させていた神官にかけさせていたのだろう。
だが、あろうことか龍斗は舌攻撃の衝撃すらも殺していたのだ。B級冒険者のタンクでさえ吹き飛ばすタルトの一撃を魔術師ごときが耐えられるわけがない。普通なら奴の体は鞠のように宙に浮いていたはずだ。
彼の疑問の答えはすぐに出ることとなった。
なぎ払いの余波であたりの霧が一時的に散らされて龍斗の全体像が見えるようになった。
ガルヴァが注目したのは今まで霧に隠れていた龍斗の下半身だった。
龍斗の両足元はネバネバとした緑色の液体で地面にガッチリと固められていた。
彼の魔法のひとつ、〈強粘性‐スティッキー・スライミー〉であった!
それこそが、魔物の舌打ち払いの撃を殺した龍斗の秘策だった!
数分前、龍斗は魔物の攻撃を切り崩す策を思案していた。
彼の発想のきっかけとなったのは、先のオオイノシシ討伐だ。
先ほどはスライミーの魔法でオオイノシシの動きを止めた。
それこそがこの秘策の肝であった。
今度も彼は〈スティッキー・スライミー〉の魔法で動きを固定する案を思いついた。
だが、動きを止めるのは魔物の方ではない。こともあろうに自分自身を魔法で固定した。
魔物の行動を阻害するための魔法を彼は自分にかけることでデメリットをメリットに逆転させたのだ!
並大抵の発想力でできることではない!
「な、なんだその魔法は!?」
未知の魔法で自らの完璧(と思っていた)攻撃を破られたことにガルヴァは驚きを隠せない。
「さてな、お前なんかに教える義理はない!」
龍斗の手のひらにはいつのまにか円盤状の水刃ができており、血を求めて残酷に回転していた!
「食らいな!、〈激流切断‐フルイドスラッシャー〉!!」