第8話 開戦−土の魔術師
「しかしあれほどの魔法を一体どこで覚えてきたんだ?国の学院でもあそこまでの水魔法を教えていないぞ。」
「そういうもんですか?」
俺たちは狩ったオオイノシシを小刀で剥ぎ取っている。ちゃんと依頼通りの魔物を討伐したという証明をしなければならないから特定の部位を持って帰るのだ。
「基本的に水魔法は怪我を治療する魔法で水で切り裂くようなものではないのだがな…」
俺の魔法は一般的なものとは少し違うらしいな。そう思っているうちに自動で倒した魔物のスキルの吸収が行われた。
【水魔法スキル】
ー〈水弾‐スウェット・ガン〉
ーー水の弾丸を勢いよく放つ
ー〈強・粘性‐スティッキー・スライミ―〉
ーーかなりの粘性を持った液体を飛ばす。熱湯をかけると粘性は失われる。
便利そうなスキルだ。魔法攻撃の手段がより増えたな。それに熟練度とかで〈スライミ―‐粘性〉のスキルがレベルアップして、新しいスキルが増えていた。
そうひとりごちていると森の奥から異様なざわめきが聞こえた。俺たはその異音の方角に首を向けると空では鳥たちが逃げるように反対方向に飛び去り、大きな地鳴らしの中には木々が倒れゆく音が混じる。
ただごとではないーその場にいた全員がそう感じた。すると、人々の悲鳴が耳に飛び込んだ。誰かが魔物に襲われているのだ。
「どうするか、リュート。」
「むろん、助けに行きます。」
「いい返事だ。行くぞ!」
悲鳴が聞こえた方向に向かって駆け出す。少し走ると木がなぎ倒された広場に出た。そこでは武装した者たちが木に寄りかかり血を流しながら倒れていた。それを追い詰めるような形で黒いフードを被った小柄な男が仰々しい杖を持ちながら佇んでいた。
「おっさん!大丈夫か、息できるか?」
倒れる男に俺は駆け寄り具合を確かめる。強く体を打ち付けているが血は流れていない、すぐに死ぬ心配はなさそうだ。心音などを確かめていると、息も絶え絶えに男が口を開いた。
「あいつが、魔王軍の魔道士が俺らを襲ってきたんだ…狙いはリーダーの持つユニークアイテムだ。仲間を助けてくれ…頼む。やつの攻撃が全く見えずなすすべもなく全滅しちまった…不甲斐ねえ。」
「わかった、ありがとう。巻き込まれるといけないから、ここから離れててくれ。」
俺の声に気づいた黒いローブの男がこちらを振り向く。一瞬驚いたような目を向けたが俺らの姿が目に入るとすぐに傲慢さに満ちた視線を送ってきた。
「ふん、雑魚冒険者か。命惜しくば立ち去れ。」
「悪いが、助けてくれと言われちまった以上そういうわけにも行かないんでな。」
「愚かなバカめ、ならばまとめて死ぬがいい!」
ローブの男が体に魔力を漲らせる!瞬間、すでに臨戦態勢に入っていたハルカが空間から出現した矢を弓につがえ、勢いよく男に向けて矢を射る。
黒ローブの魔術師が持っていた杖で地面を叩くと魔法陣が展開し、土壁がせり上がる。放った矢は立ちふさがる土壁に突き刺ささった。力なく矢は地面に落ちた。
「〈障壁−ウォール〉の土魔法か!」
「魔王軍随一の土魔法の使い手、土雪崩のガルヴァとは俺のことよ!我が力の前で無様に死ねい!〈エレメントボール−属性弾〉!」
茨の意匠のついた杖をこちらに向けるとバランスボール大の岩石弾が飛んできた。が、エピックは避けずに金属製の杖を大地に突き立てた。
「私も防御では負けません!〈天使来仰・盾〉!お願いします!」
エピックの杖を中心にして大地にできた魔法陣から光が溢れると、大きな丸楯を持ち純白の衣服に包まれた女天使が現れた。地面から浮遊しながら俺たちの前に躍り出て、飛んできた岩石を丸盾で受け止めた。岩石は激突し粉々に粉砕した。
「我呼びしもの、この身を持って守衛する!」
これは頼りになりそうだ。そう思いながらガルヴァと名乗る男に〈水弾〉を放つ。空気を荒々しく裂きながら水弾は魔術師に向けて飛んでいく。
ドゴォと音を立てながらバスケットボール大の水弾が奴の土の壁にぶつかった。
砕けこそしないが、確実に手応えはある。このまま打ち続ければ数発で土の壁は崩壊し、守るものがなくなったガルヴァに強烈な水の衝撃をブチ込めるはずだ。
「私も援護させてもらおう!」
ハルカが先ほどよりも太く立派な矢を男に向けて射つ。破壊力に重しをおいた矢なのだろう。さっきとは違い、矢は力強く土壁に突き刺さり大きな亀裂を壁に作った。もはや破壊も時間の問題だ。
「ぬうう…小癪な!」
土の壁に守られたガルヴァの足が一歩下がる。
ーー行ける。
俺はそう確信を持って攻め立てる。だが、甘かった。
ここまですべて敵の手のひらの上に俺たちはいたのだ。
あまりに唐突に、鈍い音が響きハルカの身体が宙に舞った。吹き飛んだ彼女は後方の木にぶつかり幹を大きく揺らす。俺にその光景に驚く暇もなく第二撃が襲いかかる。透明化が解除された赤い触手が容赦なく振り下ろされる。
俺も覚悟を決めたが、すかさず盾の天使が触手と俺の間に割り込み大盾で攻撃を跳ね返す。忍者のように唐突に現れたその魔物は、自分の不意打ちが防がれたと見るやザザザと音を立て黒ローブのもとへ後方移動した。
「1人仕留めたから不意打ちは成功といったとこだな。いい働きだ。タルト。」
そう言ってガルヴァは透明な空間を撫でる。すると大気が揺らめき魔物の姿があらわになった。緑色の肌に黄色いぶちのある体表をした巨大なカメレオンのような魔物だ。目の後ろにはアンテナめいてそびえ立つ角があり、口からは太く赤い舌が獲物を求めるようにチロチロとせわしなく動いていた。あの舌で俺らを攻撃してきたのだろう。
「ハア…ハア…まさか〈インビジブル〉の魔法を使う魔物を隠していたとは…」
息も絶え絶えにハルカが分析する。
「いかにもよ!俺の相棒のタルトは完全に姿を消せる!!這いつくばりながら逃げている冒険者たちも相棒が全員骨を砕いてやったのよお!その様子だとご自慢の弓ももう射てんなあ?」
質問などしなくても木に寄りかかったままのハルカの様子がそれを物語っていた。
龍斗は思案した。
誤算だった。やられていた冒険者から透明な攻撃を敵は使う情報は手に入っていたのだ。俺は事前に〈ディープミスト〉を使っておけばカメレオンの魔物の初撃は防げただろう。いいや、そもそも森を揺らす地響きを聞いて俺らは戦場にやってきたんだ。敵が1人だけだった初見の思い込みにはまってしまった。地響きを聞いた時点で巨大な魔物の伏兵を予想して然るべきだったのだ。
俺はー「リュートさん!霧の魔法を!戦いましょう!」
エピックが杖を構え臨戦態勢に入っていた。そうだ、俺に迷っている暇はない。
後ろに道はない。ただ、前に進むのみ!
龍斗は考えることをやめた。
彼の精神は透明な襲撃に怯え狩られる者ではない。オオイノシシを討伐したときと同じように狩る者の目にすでになっていた!
「さあ、かかってきな。トカゲ野郎」