第7話 討伐‐魔猪
「はーい、それではふたりの冒険者カードでーす、大切にしてねー」
メルクから俺とエピックの冒険者カードをもらった。木の板に蝋のようなもので固めてある。微弱な魔力も流れているのも感じ取れた。魔力を流すとあぶり出しのように文字が浮かび上がる。俺の名前やらいろいろ書かれているらしいが文字が読めないのでわからん。
「ありがとうございます!これで私たちも冒険者ですね!」
「これが俺たちの冒険者カードか。」
「それでは冒険者頑張ってくださーい。あ、あとDランクの冒険者はほかの冒険者のパーティーに入れてもらうようになっているのですが、ハルカさんと一緒でよろしいですかねー?」
勿論だ。こちらとしてもしっかりした冒険者の下でノウハウを学べるのならそれに越したことはない。
「そうですかー、じゃあパーティ登録しておきますねー。ハルカちゃんはDランクの子と一緒になるのは初めてでしたよね?がんばってくださいねー。」
「ハルカさんって下のランクの人を請け負うのはまだだったんですね、なんだか頼りがいがありそうな大人の女性だからいろんな人に頼られてるのかと。」
「ああ、お前たちが初めての弟子だな」
「なんだか嬉しそうですね、ハルカさん」
「うむ、私は貴族の末っ子に生まれたからな。こういう体験は初めてなのだ。そうだ!今度から私を呼ぶ時はお姉ちゃんと呼んでも構わんぞ!」
「遠慮しておきます。それはそうと、早速クエストを受けに行きませんか?」
一階のクエストボードに移動するとそこにはいろいろな多種多様なクエスト依頼の紙が貼られてあった。
〈奪われた王家のレシピを探してほしい。〉
〈オオカミの巣穴を探し出してくれ。〉
〈馬に乗りたい。〉
〈噂の「雷鳴の辻斬り」を倒しておくれ。〉
〈森のオオイノシシを討伐してほしい。〉
「初回のクエストだしこの程度がいいだろう。」
そう言うとハルカは〈森のオオイノシシを討伐してほしい。〉のクエスト依頼をボードからはがし取った。
「不安だろうが大丈夫だ。オオイノシシは頭はさほど良くないからうまくやれば無傷で倒せるくらいの強さだ。」
「いえ、俺は恐れてはいませんよ。その魔物がどれくらいの強さなのか試してみたいですね。」
「なんか…肝が据わった男だな、お前は。ミスティックタイガーを倒すほどの魔術師なのだから当然なのかもしれんが。」
感心されてしまったが、一応未知の魔物に対する恐怖はあるのだ。あまり表情豊かな方ではないから勇敢で恐れ知らずと勘違いされてしまっては困るな。
「まずは武器屋に寄るか。私も預けていた大弓を取りにいかねばならんし、お前たちの武器も整えなくてはならないからな。」
「俺たちのですか?」
「特にお前だリュート、魔術師でも短剣の一本や二本持ってるぞ。指輪の力があるらしいがそれだけでは少し危険だろう。」
そんなわけで近くの武具屋に入ってみた。いろんな武器が飾ってあり、武器を買えと言っても何の武器がいいのか迷ってしまうな。
俺でもある程度使いこなせそうで、受けというか防御にも使えそうなものがいい。となると…
「預かっていた『海原の闘弓』を返します。メンテナンスもバッチリです。お連れさんはその『重撃の斧』をお買い上げですね。お目が高い」
ミスティックタイガーのクエスト報酬代で買った斧の代金を支払った。エピックに剣も勧められたが、斧だ。なぜかと聞かれても
フィーリング、野性のカンとしか言えない。
買った重撃の斧を形に合わせて作られたケースに入れて背中に背負う。形としてはバイオリンとか入ってるアレに近い収納ケースだ。
斧の重さを背中で確かめながらクエスト場の森へ向かう途中、立派な弓を背負っているハルカさんが矢を持っていないことに気づいたので尋ねてみた。
「私の使う矢か?ふふふ、心配することはない。私の転送魔法を使えば矢を持ち運ぶ手間なく弓を使うことができる。」
「武器や鎧を一瞬で運べる転送魔法使いだったんですね!てっきり弓についている刃を振り回して戦うのかと思いました!」
「いや、いくら私でもそこまではしないぞ…」
「私はミスティックタイガーと戦った時は足手まといでしたけど、王都の教会から聖杖を持ってきたのでCランクの〈天使降臨〉の魔法を使えます!これで私も戦えますよ!」
そうこうしているうちに目標の住む森にたどり着いた。ハルカに導かれながらガサガサと茂みをかき分けて進んでゆく。するといきなり立ち止まったハルカに服を掴まれて引き戻される。
「いたぞ、あれが討伐ターゲットのオオイノシシだ」
茂みから音をたてないように目を出してみると、大木の陰で巨大な魔物がキノコをかじっていた。でかいな。オオイノシシと言われるだけあって元の世界にいた猪より倍近くでかい。
「初めて見ましたけど、とっても大きい魔物ですね…」
「あのデカブツどうやって倒すんですか?」
魔物の巨体にすごむエピックを尻目にハルカに事前に用意した策を聞いてみた。
「うむ、説明するからよく聞いておけ。」
作戦はこうだ。標的は目が弱いから煙が出る魔道具を使って視界を奪う。そのあと足を奪うための罠をセットし、音を感知すればそっちに突進する習性なのでわざと音を罠の方向に出して罠までおびき寄せ、かかったら最大火力を叩きこんで倒す。というプランらしい。
「魔道具の出費も馬鹿にならんがしょうがない。粘着の罠の設置するからよく見と…」
「待ってください。」
口を挟むようにして俺がハルカの魔道具講座を遮る。
「俺なら、全部の策を魔道具を使わずに水魔法でできますよ。」
さて、俺は今木の上にいる。目下ではこれから狩られるとも知らないオオイノシシがうまそうにキノコを貪っている。魔物がすぐ近くにいるというのに俺の心に恐怖心は全くない。この前のミスティックタイガーとの戦いではこちらが狩られる者だったが今は、狩るものだからだろうか。
そろそろ動き出す頃合いだ。一応初めて使う魔法があるから不安はままあるが、こういうのは難しく考えない方がいいのだ。魔道具を使う必要はないと大見得切った以上失敗は出来ないがな。
じゃあまずはー視界を奪わせてもらう。〈濃霧‐ディープミスト〉!
森の中がいきなり冬になったように冷気に満たされ、白い霧が空気を侵食していく。
オオイノシシは霧の中でぐるぐると回るように足踏みしている。
いきなり世界が白く染まってしまっていることに慌てふためいているのだろう。
間髪入れずに〈粘性‐スライミ―〉の魔法を何回も発動させ木の下の地面に固めておく。
準備はこんなもんでいいか。霧の中で迷える子羊に口笛を吹いて導いてやる。オオイノシシはこちらを向いて音のする方に地面を蹴って突進していった。
が、地面にはスライムの塊。オオイノシシはスライムに足を取られ派手に転倒してしまう。その隙を見逃す龍斗ではない。畳み掛けるようにさらにスライミ―を連続発動!魔物は罠の中でもがくがスライムに完全に足を奪われ身動きが出来ない。
「ふう、このくらいで十分か。流石に何度も魔法を撃つとそれなりに疲れるな。」
〈ディープミスト〉の魔法を解き、一息ついたら頭の中でステータスが開かれた。
~新スキル解放~
ー〈粘性‐スライミ―〉のスキル熟練度が一定に達しました。
ーー
今は忙しいので新スキルの確認は後回しにしておこう。
昇っていた木からするすると滑り降りると俺と対角線上の木陰に隠れていた二人が顔を出した。
「本当に自前の魔法だけでオオイノシシを完全に封じ込めるとは…驚きだな。」
「さすが天臨様の魔法です!よっしゃー!一気に魔法で魔物をぶっ飛ばしちゃいましょう!」
最大火力の〈激流回転〉でぶっ飛ばすとするか。威力も試してみたいしな。
俺は2枚の手のひらの間に水の円盤を出現させるとそれを思い切りオオイノシシに向けて放った。するとさっくりとバターを切るように魔物の身体は切り裂かれ、回転する水円盤はそれでも飽き足らず後ろの大木をギャリギャリと音を立て切断し天空へと飛んで行った。
あまりに予想外の出来事に場の空気が静まり返る。驚愕のあまり俺含めた誰も何も言葉を出せなかった。
空気に耐えかねたように切られた大木が地響きを立てて地面に倒れ伏した。