第3話 戦闘‐スライム
朝の光とともに俺は目を覚ます。
起きたばかりの頭で自分の状況を振り返る。
目が覚めたら知らない天井で焦る程度の話ではない。俺は異世界に着ていたのであった。
「あっリュートさん!おはようございます!」
先に起きていたエピックが元気よく朝の挨拶をした。
「おはよう、エピック」
テーブルには朝飯として黒いパンと湯気の立つスープが2人分置いてあった。
そういえばエピックの兄のクイックの姿が見当たらない。
尋ねてみると朝から王都へ向かっていったそうだ。王城で書記官として働いているらしい。
ありがたく恵みの食べ物をいただきながら尋ねてみる。
「歩いてクイックさんは王都まで行ったのか?」
「はい、ここからなら子供の足でもいけますよ。道もしっかり整備されていてモンスターもめったにいませんし。」
窓からエピックが指をさした方角を向くと確かに遠くに王城が見える。
このあたりの地理をざっと教えてもらうと、ここは城下町よりかはいくばくか離れた村らしい。
エピックもずっとこの教会に住んでいるわけじゃなく、いつもは王都で暮らしているそうだ。
教会の管理やこの村の人たちの礼拝のためにたまに城下町から来ているそうだ。
ちょうど今日エピックは帰ろうと思っていたらしく俺もなりゆきで一緒についていかせてもらうことになった。
「さあ!行きましょう!レッツゴーです!」
エピックが俺の手を引いて城下町までの平原の道を進んでゆく。
俺もまだまだ知りたいことがあったし道中で迷惑にならない程度に質問してみようか。
そんなことを考えていた矢先、目の前の茂みが風もないのにガサガサと揺れた。
すると俺に向かって緑色のねばねばした液体が飛んできた。
なるほど、いわゆるスライムというわけか!
「スライムです!リュートさん構えて!顔に引っ付かれたら窒息してしまいます!」
エピックが杖を構えながら警告してくれた。
俺も身構えると右手の水の珠玉が戦う意思に反応したかのように青く光る。
すると頭の中にステータス画面のように使える魔法が表示された。
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【水魔法スキル‐珠玉】
「水流切断」(ウォータースラッシャー)
ー回転する水の円盤を作り出す
「治癒」(ヒーリング)
ー対象の傷や体力を回復させる。
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これだけか!自分の力のなさに驚くが無いものねだりはしょうがない。
唯一の攻撃魔法であろう水流切断を強く念じて発動させる。
すると、手のひらと手のひらの間に回る円い水の円盤が現れた!
手と平行になる様に出現した丸鋸めいた水は回転しながら次第に大きくなってゆく。
「なんて魔力の水魔法…さすが天臨様です!」
俺の水魔法にエピックが驚いてくれているが内心いちばんビビッているのは俺だ。
ここまで魔力の大きいものになるとは予想が出来ず、さながら火のついたダイナマイトを握っているような心境だ。
手のひらの魔法をスライムにぶつけようと走り出した。
はじけたかのように勢いよくウォータースラッシャーがスライムに向かって飛んで行った。
いきなり飛来した物体をよけるほどの素早さは持ち合わせてなかったのであろう。
スライムは水流切断をまともに食らい、シュレッダーにかけられたかのようにズタズタになってしまった。
飛び散った緑の破片がまだうごめいている。
するとスライムのかけらの一つに目玉のようなものが中に浮かんでいる。
おぞましかったので靴の裏で踏みつぶす。
そしたらほかのスライムの破片も動かなくなった。
コアのようなものだったのだろう。
かなり焦ったがひとまず一件落着といったとこだ。
「すごいですねリュートさん!あれほどの水の魔法が使えるなんて!」
エピックが褒めてくれている。どうやら魔法を使った時の焦りは表情にあまり出ずにばれなかったらしい。
無表情と呼ばれた顔も役に立つことがあるものだ。
それにしてもこんなに明るく賞賛してもらえるとこちらも照れくさい。
「いや、いきなりの戦闘だから焦ってしまって「平時であればあれ以上の魔法が使えるのですね!」
エピックがセリフをかぶせてくるように俺の実力を勘違いしてしまう。
すこし彼女は思い込みが激しいタイプなのかもしれない。
するとふと、珠玉は倒したモンスターの力を吸収できることを思い出した。
試してみる価値はあるかもしれない。
もう動かないスライムの破片に珠玉をかざしてみると青い宝石が淡く輝いた。
そしたら戦闘の時にも出てきたステータス画面が自動的に頭の中に再び開かれた。
【水魔法スキル‐珠玉】
モンスターアビリティ獲得
ー種族・スライムのスキルツリーがアンロックされました
ーー「粘性」(スライミ―)
ーーー粘着質の水を放出する
なるほど、倒したモンスターの死骸に珠玉の指輪を近づけると、こんな風に新しいスキルをゲットすることができるのか。
それにスキルツリーとかいう単語も気になる。
まだスライムのスキルは成長していくのだろうか?
しかし俺の戦力を増強するためにはかなりいい手段だ。
「どうかしましたか?」
「なんでもない、ちょっとした実験だよ。行こっか、エピック」
「はい!」
やることも終わった俺は立ち上がって歩みを再開する。
エピックが後ろから忠犬のようについてくる。
初遭遇のモンスターを無事に倒せたことで、俺の胸には安心感というかある種の自信のようなものがついた。
だが俺のようなよそものを温かく迎えるような優しい世界ではなかった。
十数分程歩いたところで周りに白いもやが視界を遮ってきた。
「エピック、このあたりには霧がよく出るの?」
「いえ、この辺で霧が発生したことなんて一度もありません。どういうことでしょう?」
不安げにエピックが答えた。
すると獣のうなり声のような音が霧の中から聞こえてきた。
野生動物に詳しいわけではないが俺は直感でわかった。
この声は獣が狩りをするときに、標的に向けるそれだと。
背中に冷たい汗が流れ、舐めるような殺気を感じる。
ぞくぞくとした敵意が心臓をなでつける。
凍ったように歩く足が止まる。
霧が濃く、静かに深まりゆく。