第23話 苛烈-ザ・ストレングス
水晶に映る景色がゆがむ。
激しい戦場を水晶を通して見物している男がいた。
トーガ村の山の上からのんきに戦いを見下ろす者の名はハングドマン。
魔王軍の戦士にて、始原二十二祖の一人である。
「いい感じに戦いが始まってるじゃないの」
右目に水晶を当て、戦況を分析するハングドマンは自分が引き起こした戦いを満足そうに眺めている。
彼は魔王の命を受けトーガ村の温泉地帯に眠っていた魔物を呼び起こし、村を襲うようにけしかけたのだ。
しかも、眠りから目覚めさせられたそれは単なる魔物ではない。村を襲っている溶岩の魔物は、彼と同じく二十二祖に名を連ねる魔物。〈力-ザ・ストレングス〉であった。
「しかしエライものを叩き起こしちまったな。〈運命の輪-ホイール・オブ・フォーチュン〉を手に入れるためとはいえハデにやりすぎたか?」
水晶を爪の先でバスケットボールのようにくるくると回す。
ザ・ストレングスの暴れぶりにいくばくかの恐怖心を覚えるも、彼は自らの心を俯瞰するようにこの状況を楽しんでいた。
彼にとって失敗のスリルは心を踊らせるスパイスでしかない。
「ま!ギャンブルっつーのは外れるから面白えんだ。気長に結果を待つとしますか」
◆
「ううううぉぉぉ!!」
足元を巨大な剣のなぎ払いがすり抜けていった。
溶岩の魔物の大剣の一撃だ。
魔物の攻撃は緩慢な動きだったので予備動作からの予測回避は楽だった。
だが、回避するタイミングが少しでもずれようものなら、大剣は羽虫を潰すがごとく俺を肉片に変えるだろう。気をつけねば。
「ウウウ……ぬるい…ぬるいぞ!!」
魔物がうめくように言葉を発する。すると、左手に持っていた大盾を固定するかのように地面に突き立てた。前に俺たちの魔法を吸収したときと同じ構えだ。
「今度は一体なにをしてくるんだ?」
そう思ったのも束の間、魔物の大盾の表面のステンドグラスのような模様が歪んだ。すると絵の中から何かがこちらに向かって飛び出してきた!
それは水の円盤!直径5メートルはある円形の水が高速回転しながら向かってきた!
その形状には見覚えがある。俺の〈激流切断-フルイドスラッシャー〉とそっくりだ。
「あの魔法はリュートさんの水魔法!」
「盾で吸収した魔法を放出することもできるのか!」
猛スピードで接近してくる激流切断!
その恐ろしさは使い手の俺が一番よく知っている。
あれを避けられるか!?
俺は負傷覚悟で一か八かの回避行動を取ろうとする。
だが、突如何者かが飛来する水魔法を遮った。
それは純白の天使だった。天使は両腕の盾で水の円盤を受け止める。
ぶつかり合う2つの力は拮抗していた。盾の天使も押されているが、水魔法の回転も弱まってきている。
水のカッターは天使の丸盾を激しく斬撃し、オレンジ色の火花を散らす!
そして、先に崩れたのは天使だった。丸盾を完全に切断されてしまい水の激流に切り裂かれた。白の天使の体は光の粒子となって大気に消えた。
しかし、結果は相打ち。放たれた水の円盤は衝撃を完全に殺され、空中で回転は止まり円の形も保てなくなって地面に水たまりを作った。
「間に合いました!大成功です!」
「エピックが天使を召喚してくれたのか。ありがとう、助かった」
「えへへ〜照れちゃいます。この魔法具で詠唱や魔方陣なしですぐに召喚できたんですよ」
そう言って懐からスクロールを取り出した。
それには焼き跡のように魔方陣が描かれていた。
スクロールには技巧を閉じ込めるだけじゃなく魔法の時間短縮もできたのか。これをなにかうまく使えないか……
「スクロールはまだあるの?」
「あと1枚残ってます!光魔法のスクロールは珍しいので2つしかもってなくて。兄さんに無理言って調達してきてもらったんです」
「そうか……大事に取っといてくれ。後で上手いこと使えるかもしれない」
息をつく暇もなく大盾の模様が歪み、再び魔法が放たれた。
それは竜巻!激しく旋回する風が吹き抜ける。
さっき吸収された景虎の風魔法か。
「来るぞ!」
「その程度俺の風魔法で飲み込んでやる!」
風を受け走り出す景虎の珠玉が緑に光る。
〈廻風-エアロサイクロン〉を衝動に突き動かされながら放つ!
同じ風魔法で相殺するつもりか。だがダメだ!
「よせ、戻れ景虎!お前の力じゃ無理だ!」
しかし景虎は止まらない。俺の忠告をわざと無視して魔物が起こした竜巻に対抗しにいった。
町の中心で2つの竜巻がぶつかり合う!まるで2匹の竜が絡み合っているようだ。系統の違う魔力から放たれた魔法の風はけして混ざり合うことはない。どちらかの竜巻が完全に飲み込まれるまで嵐は続く!
「グア―ッ!」
しかし勝利したのは魔物の起こした竜巻だった。景虎の竜巻は打ち消され、飲み込まれる。
魔法の打ち合いにおいて自分の魔法が敗北したということは、すなわち撃った術者の敗北と同義だ。
鮮烈な風刃が景虎を襲う。回り続ける風の刃が体を無慈悲に切り裂いていく!
「景虎!」
弾き飛ばされるように竜巻から抜け出た景虎。その体は血まみれで特に胸から強く赤い血を流していた。
「なんで一人で突っ込んだ!〈治癒・上−グレーターヒール〉かけるから動くなよ!」
「畜生……!」
「痛いとは思うが歯食いしばってくれ!」
治癒魔法をかけながら急速に頭を回転させる。やはりあの魔物は魔法を吸収して、さらにそれを一段階強くして跳ね返すことができるのか。焦らずにじっくりと能力を見極めていれば景虎も傷つくことはなかったのに。
手から流れる魔力をちぎるような感覚で治癒魔法を止めた。見た目ほど傷が深くなくてよかった。景虎の傷はほぼ完治しただろう。
だが戦闘には復帰できるかは微妙なところだ、”痛み遅れ”もあるだろう。
「景虎はここで休んでてくれ。あとは俺たちが片づける」
半壊した家の壁を背中にして景虎の身体を横たわらせた。
負傷した景虎も心配だが今は魔物討伐が先決だ。
距離を取って遠くからの魔法は大盾に吸収され、うかつに近づこうものなら大剣で押しつぶされる。この二つを両立して対処するには……




