第16話 共鳴-未練
すう、と手が伸びてきた。
俺はどうするか迷った。
そうしていると、目の前にあった手がふっと消えた。
その手を掴んでいたらどうなっていたのだろう。
俺がもう一歩進めていたらーーーーー
◆
目を開いたら、白い天井が見えた。
ここはどこだろうか。頭に霞む景色はあのときの屋上だ。
体が重い。魔力を使いすぎたせいだろう。
そう思っていたが実際に胸のあたりに重みを感じた。
ベッドに寝そべったまま目を下に移すと、ハルカがかぶさるように眠っていた
彼女の寝顔はたいへん安らかだった。
俺はかなり迷った。
ここまで健やかに眠る女性を俺の都合で起こしてしまってもよいのだろうか。
寝ている彼女は無防備で、かすかにもらす寝息がさらに不可侵性を増している。
そんな風に逡巡しているとドアが開き包帯を巻いた女性が入室してきた。
その音でハルカはゆっくりと瞼を開き、俺が起きていたのを見ると慌てて立ち上がった。
「すまない!看護していたらつい……」
「いえ、ずっと看ていてくれてありがとうございます」
「う、うむ」
照れくさそうにハルカは服を整えた。
俺は部屋に入った客人の方に改めて向かうと、入ってきた人は見覚えのある顔だった。
森で魔王軍の魔術師に襲われていた冒険者の人だった。
「あなたは森にいた……」
「はい、名前をフィルムと申します。あのときリュートさんたちが魔王の手の者から助けてくれなかったらどうなっていたことか」
「いや、俺は俺のしたいことをしただけですよ」
「恩にも着せないなんて…本当に感謝してもし足りません。そこで渡したいものがあるのです。」
するとフィルムは懐から巾着袋を取出し、その中にあったスティックのようなものを見せてきた。
取り出した物には握り手の先に二又に分かれた金属の棒のようなものがついており、龍斗はそれを見ると元いた世界のとある道具を思い出した。
「音叉?」
「はい!ここの金属を響かせて音を出しますが、ただの楽器じゃありません。ダンジョンの最奥にて見つけたBランクのマジックアイテム、「未練の響明」です!」
「Bランクのアイテムか、めったに持ってる人はいない代物だ」
「そこまで貴重なものなんですか?」
「貴族の家に一つあれば集まりなどで大きな顔ができるくらいだな。私も今まで数個しか見かけたことがない」
「そうなんですよ!それでこの未練の響明は壁の中などに隠匿されてる隠し部屋などがはっきり分かってしまうというスグレモノなんですよ!部屋のなかで鳴らすだけで使用者には隠し部屋が筒抜けになっちゃうんですよ。」
「隠し部屋か」
「これ一本で、ダンジョンを探索してる時にありがちな「ひょっとしたらさっきの部屋に宝箱のある隠し部屋あったかもしれない……」とか思っちゃう現象を防ぐことができるのです。部屋で一回鳴らすだけで大丈夫!未練を引きずったままダンジョン探索することとはもうおさらばです!」
「ああ、だから「未練の響明」か」
「そうです!ぜひ受け取ってください!」
俺の手をこじ開けるように開いて音叉を乗せてきた。
なんだか彼女は一刻も早く渡したがっているような感覚だ。
「では再び、私たちを助けていただいて誠にありがとうございました。パーティーの代表として私が感謝を述べにきました。入り用があればいつでも私たちを頼ってください!さような……」
「ちょっと待ってください」
きりよく終わろうとしていたところに俺は口を挟んだ。
まだはっきりさせなくちゃならないことが残っている。
フィルムの身体が隠れ家を狩人に見つけられた兎のようにこわばった。
「ど、どうかしましたか?」
「確か、あなたが襲われているとき「マジックアイテムを奪おうと魔王軍が追ってきている」って言いませんでしたか」
フィルムは何も答えないが一瞬目を龍斗からそらした。
「Bランクのマジックアイテムなんてめったにないんですよね?魔王軍のあいつが探していたのって、この未練の響明なんじゃないんですか?」
「うっ……す、すいません。その通りです、奴らはその音叉を狙って襲ってきました」
「そんなものを龍斗に渡そうとしたのか」
隠していた真意をのぞかれて告白するフィルムにハルカがわずかに怒気をもった口調で詰める。
「申し訳ありません!その音叉をまだ持ち続けていたら再び魔王軍に襲われるのではないかと怖くなってしまって……」
「俺は構いませんよ、むしろいいものもらって嬉しいくらいです」
「ほんとですか!?重ね重ねありがとうございます!」
「隠さなくとも、自分たちの手にはあまる代物だからって渡してくれてもよかったですのに」
「断られてしまったらどうしようかと思ってて。どこの道具屋も魔王が狙うものですから呪いのアイテムみたいに言ってきて誰も買い取ってくれないし、かといって捨てるのも惜しかったのでせっかくだから恩人さんに渡してしまいましょうってなって。」
「なんというか……したたかな人ですね」
「そのくらいの図々しさがないと、冒険者やっていけませんから」
はにかみながら彼女は言う。
ここまで開き直られてしまっては責めることもできない。
仕方がないのでおとなしく受け取ることにした。
「それじゃあ、このアイテムは俺たちが貰っときますよ。無理に返してまた襲われても、今度は助けられないかもしれないですし」
「お人よしだな君は」
ハルカは半ばあきれたような気持ちで俺に言った。
問題がすべて解決したフィルムは憑き物の落ちたような笑顔で席を立った。
「それでは、ご縁があったらまたいつか!魔王軍には気を付けてくださいね!」
俺はフィルムに押しきられたまま軽快に去りゆく彼女の背中を見ていた。
手の中の音叉が体と当たって、部屋の中にきいんと響いた。