第12話 罠-避役
森の中を龍斗は走る。魔物を追って。
だがなにか企みがあって森の中におびき寄せられてるのではないか?
龍斗は警戒心を高めながら追い続ける。
カメレオンの魔物は本来であれば龍斗も追いつけない脚力を持っているが、木が生い茂る森の中を進んでいるため必然的に走る速度を落ちてしまう。だから龍斗の足でも追跡できるのだ。
敵の真意を探るために龍斗はなかなか攻めに転じられない状況が続いていた。
だが敵が仕掛ける落とし穴に、龍斗は落ちてしまうことになる。
いいや、落ちざるを得なかったと言うほうが正しいだろう。
魔物の動く音が止んだ!
ー「来るか!?」龍斗は足を止めて身構えた。回避の臨戦態勢に入る。
すると予想通りに魔物が急襲してきた。だが霧のため初撃のような狙い澄ました一撃ではない。
大きく後ろに跳ぶ形で龍斗は回避した。
龍斗は追撃を加えない。
敵がなぜこのタイミングで攻撃を仕掛けてきたのか?
それを見極めなければならないからだ。
罠があるのか?いいや、突然戦場に飛び込んできた俺達に向けて事前に罠をはっておくことは不可能だろう。
あたりを見渡しても崖や建物がある様子はない。
そもそもこれほど霧が深くては一つの方向に進むのも難しい。
やはり奴らが森の中に入っていったのは逃げるためだったのか?
すると地面を踏む足に異様な感触がした。
仕掛け罠かと思いすばやく足を引っ込めると、龍斗の踏んだ場所には人が倒れていた。
黒髪を短く切りそろえた女性だ。
ひび割れた胸当てをしており帯刀していることからもその人間が冒険者であるということがわかる。
なぜこんなところに倒れているのか龍斗はわからなかったが、とりあえず戦いに巻き込まないように警告をした。
「大丈夫ですか?魔物が近くにいるから声出したりしないでくださいよ」
「違います…きっとさっき私達を襲ってきた魔王軍の魔術師と魔物が追ってきているのです。私もさっき足をやられてしまいました…私たちの持つマジックアイテムを奪おうと奴らが…」
龍斗は彼女が自分たちが助けに来る前に襲われている冒険者パーティーの1人だということを察した。
彼女は奇襲を受けて仲間と分断されてしまったのだろう。
「俺もたぶん同じ連中に襲われているんだ。でもこっちに連中が来たのは君を追っているわけじゃない。俺の水魔法で霧をかけているし、それにここは森の中だ。あたりは真っ白で誰かを追いかけようなんて到底無理だろう。安心してくれ。」
「それは…いけません。奴らは私をマーキングしています…それで私を追ってきたのです…」
「マーキング?」
「あの魔術師が飼いならす魔物は透明になるだけでなく、攻撃を加えた相手の匂いを覚えて追跡するのです…嗅覚に優れていて視界を防ぐだけでは奴らから逃れることはできません、逃げてください!」
それを言い終わるやいなや、女冒険者の頭から血がたれてきた。
「怪我を?治癒〈ヒール〉の魔法を…」
「いえ、いま空から降ってきて?」
首を上に向けると雲ひとつない空からぽたりと血が降ってきた。
「木の上だ!!」
気付いた瞬間、頭上から襲う機会を待ち続けていたカメレオンのタルトが動き出した。
木が大きく揺れて無慈悲な舌の鞭がしなる。
「水弾‐スウェット・ガン!」
龍斗は音に反応して素早く水魔法を撃った。
苦し紛れの一発だったが幸運にも魔物の振るう舌に直撃!
空中で水弾が炸裂した。
運よく奇襲をいなすことができたが次が続かない。
魔物は機敏な動きで後退してしまった。
ー「後ろに怪我人がいるってのに襲ってくるなんて!
まだ相手の企みもわからないのに守ったまま戦うのか」ー
龍斗の選ぶ選択肢に動けない人を見捨てて逃げるなんてものはなかった。
考える暇もなく木々のざわめく音がした!第二撃が来る!
すると攻撃を察知した龍斗がなにかに気づくように目を見開くと、先ほどまでは大きく後ろに飛ぶように舌のムチを避けていたが、この攻撃はボクシングのスウェーのようにその場から移動せずに上半身の動きだけで回避した。
カウンターに水弾を虚空に放つも命中した様子はない。
龍斗がバックステップで避けられなかったのは背中に守る人がいるためだ。動かずに反撃を交えながら回避しなければ後方まで攻撃が及んでしまうからなのだ。
いわゆるゲームでの回避盾を龍斗はしているのだ。
その時龍斗は敵がなぜか森の中に入っていった理由をほぼ掴んでいた。
「お前…人質をとったな…」
「そのとおりよ!」
どこからともなく土魔導師ガルヴァが龍斗たちから少し離れた場所に現れた。その体は葉っぱまみれだ。タルトの巨体にしがみついて森の中を移動していたからであろう。
「貴様が悲鳴を聞いて戦いに首を突っ込んだ時点で、人を見捨てられない甘ちゃんだということはわかっていた!
さっき仕留めそこねた冒険者でも人質にとってやれば貴様にはさぞ効果てきめんであろう!そう思いタルトに匂いで追っかけさせたが、どうやらもうこの状態でチェックメイトのようだなあ!ええ、水魔法使い!」
「卑劣なやつだ…」
ガルヴァは人質を探すために森の中に入っていっていたのだ。
龍斗は罵倒をしてみたものの実際その作戦は彼にとってこれ以上とないほど効果を発揮していた。
魔物の攻撃を棒立ちのまま避け続けれるほどの力は龍斗にはない。されども背中の倒れた人を無視することなど彼にできようはずもない。
まるで将棋の田楽刺しのような形に龍斗ははめられてしまった。
容赦のない一撃が龍斗に襲いかかる。
龍斗は風の気配で屈み、横からの上段な舌のムチを避ける!
すると、カメレオンの魔物がひときわ大きい音を残して足音を消した。
ー止まった!?いや、跳んだのか!
振り下ろす舌撃をギリギリのところで右側に飛び込み避けた。
そこまでが限界だった。
魔物は着地と同時に足払いのような地を這う舌攻撃。
回避は…不可能!
龍斗の左足に勢いのついた攻撃が直撃した!
左足の内部から針が巨大化していくような激痛が龍斗の脊髄を走る!
「足を獲ったァー!やれ!上空にぶっ飛ばして叩きつけろォー!」
ガルヴァの声援のような命令を受けて、タルトは助走をつけ敵を浮かせる痛烈な一撃を食らわせんとする。
地面に倒れ伏す龍斗にめがけて冷酷な死神の鎌が迫りくる!
ー「この最初に思いついた策だけは使いたくはなかったが」
龍斗は回避をしなかった。
そして、命を奪うべき一撃が龍斗の胴体に直撃した。