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第零世界「メレンス」史書-スカ―ヴァイスフィレアの章  作者: 総史料室 室長 アクテ・ミント
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第一章「乖離的慣性の法則」

<注意書き>

知人に、拝読頂くために投稿しましたが、他の読者様にも拝読頂けるようにしています。

この作品のネタバレを防ぐ為に、必要最小限のタグしか付けていません。

尚、自己満足で執筆した小説なので、推敲はおろか、表現自体も単調です。

適時、修正を加えていきます。

投稿頻度は、月に一、二本程度です。

内容や裏設定などは、十二章投稿後の後書きでさせていただきます。

-アクテ・ミント-

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     第零世界「メレンス」史書―スカ―ヴァイス・フィレアの章


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           執筆:総史料室室長 アクテ-ミント

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            第一章「乖離的慣性の法則」



10 第二章「深化遊園036」



            第三章「魑魅魍魎の忘却曲線」


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            第四章「深淵少女」



            第五章「縋るは貴女に」

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            第六章「忖度の腑」



25           第七章「華奢咀嚼」



            第八章「親愛なる貴女に捧げる詩」

     

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            第九章「あえかなる鳥籠で」



            第十章「裂帛の空転介錯」

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            第十一章「阿吽の膝栗毛」



40           第十二章「私たちのゴールデンレコード」





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            第一章「乖離的慣性の法則」


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 ある世界では、世界間での争いが絶えず続き、次々と世界が消滅していった。ある世界では、「これは、よくある事だ」と、いつも他人事で目を背けて済まそうとした傍観者がいた。「世界の数が多いから」、そう言い包める者もいた。世界を纏める、統一する者がいなかったから。しかし、この状況に異を唱える者もいない訳では無かった。ただ、少数だっただけ。その彼女らが、後の統一神「ツェントルム」になる事になる。中心を意味するツェントルムは、多くの世界に出向き、平静を誓い、争い合う世界に終戦を願った。結果が出るまで時間はそう掛からなかった。やがて、ツェントルムは各世界から代表を挙げさせた。その人たちはツェレと呼ばれ、自世界の平静に務め、他世界との会合も多く行った。繰り返す事に、彼ら彼女らは共通の法書、「中心法書」を創る。荒れ果てた荒野が、緑溢れる草野へと変わった瞬間。誰もが密かに望んだ世界に。理想と現実。現実はいつも曖昧で脆かった。それでも誰かがもう一度立ち上がろうとするだろうか。ある人は言った。「私たちは、誰にも開けられる事は無く、内側から開ける事の出来ない鳥籠の中にいる。」と。

                       ―――(アクテ-ミント)―――

「ふぅ...。」

私は今回の依頼の為に、その世界の史料に目を通していた。史料に一通り目を通した私は、身体に溜まった疲れを吐き出すように、息を吐いた。今回行く世界は第三世界「ファーベルグ」という場所なのだが、去年の冬に定期訪問に出たばかりで、さほど緊張はしていなかった。定期訪問自体、張り詰めた空気の中でするものでも無いので、延長線上で前回の緩さが自分の中に残っていたのかも知れない。

 私が、暫く椅子に凭れ掛かっていると、部屋の扉が開く音がした。ノックをしない限り、恐らくメグ姉だろう。回数を重ねすぎて、ある意味条件反射みたいな事になっている。

「何時になったらノックして入って来てくれるようになるの?」

私は開きっぱなしだった第三史書を優しく閉じ、手に抱えて徐に立ち上がる。ずっと座っていた所為か、少しお尻がひりひりと痛む。

「別に良いでしょーっ。それとも、何か疚しい事でも?」

「それはお姉ちゃんの方だと思うんだけど。」

「...はっ...ははー...。」

メグ姉は私のブラックジョークに只々失笑していた。しかし、何かに直ぐに気付いたメグ姉は咳払いした。

「そ、それで準備は出来たの?」

「うん。史料も今回の事に関係してそうな箇所は眼を通したし、後は現地調査かな。」

すると、メグ姉は何故かホッとした顔をしていたのを見て、私は首を傾げた。

「いやっー、まさか全部読んだのかなって思って。フィだったら在り得る事でしょ?」

「えぇ...。」

私とメグ姉は、私の部屋から出てリビングに向かう。その間、メグ姉とは少しの談笑を楽しんだ。


 リビングに入ると、リア姉とミシアちゃんが話しているのが見えた。内容までは分からなかったけど、リア姉が落ち着きないように見えたので、長年の経験で察しが付いた。リア姉は、私がこうやって依頼で外に出る時、いつもこんな感じだから。

「ほらリアお嬢様、フィレアお嬢様が来ましたよ。」

「え...、あっフィ。」

ミシアちゃんに促され、扉の前に立つ私を見て、リア姉は狼狽えている様子だった。私は余り気にしない様な素振りで、リア姉の隣に腰掛ける。リア姉の方を向いても、視線を逸らされた。でも、いくら平常を装おうとしても、手が落ち着きが無いからバレバレ。

「お姉ちゃん、今回の依頼は長くは掛からないし、大丈夫だよ。」

「え...で、でも...。」

段々と声が窄むリア姉を見て、私は優しく頭を撫でて、私自身も少し甘えてみた。すると、リア姉は赤く照る顔を、私の胸に隠すように埋めてくる。その姿にいつもの面影は見られなかった。ある意味、これもいつもの姿なのかも知れない。

「ねぇ...、やっぱり私も...」

「お姉ちゃんにも仕事があるでしょっ。気持ちは嬉しいけど。」

私がそう返すと、リア姉は私を少しずつ強く締め付けてくる。だから私は、こう切り出してみた。

「じゃあたまになら、私の所に来ても良いよ。」

リア姉は非常に分かりやすい反応をする。だって、頭を上げて嬉しそうに目を輝かせていたから。

「...本当?」

「うん。その村の人が許してくれるか分からないけどね。」

私は、抱き付いてくるリア姉を只、宥めていた。これじゃまるで、私がお姉ちゃんみたいだよ。

 それから少しの時間が過ぎた頃、メグ姉が私の肩を軽く叩いてきた。メグ姉は”そろそろ行った方が良いんじゃない?”と眼で合図しているように見えた。私はそれに小さく頷き、横から私に抱き付いていたリア姉を、離れてくれるように優しく言った。

「それじゃあミシアちゃん、いつも通りフィの事は宜しくねっ。」

「はい。」

「あっ待って。」

咄嗟に会話を遮った私を、メグ姉は顔を見ただけで理解したようににこやかに話す。

「うん、行って来なさい。」

「ありがと。」

メグ姉に軽く抱擁され、私はミシアちゃんと中庭に向かった。

 リビングを出て、中庭に続く長い廊下を歩くと、大理石とガラスに囲まれた中庭に着く。壁や床は白い大理石で出来ていて、一つの石像と慰霊碑を包み込むように草花が繚乱し、ガラスが張られている。中庭に続く数段程の階段を下りて、私は石像の前に静かに立って見上げる。

「今回行く所は第三世界で、不可解な現象が起きてるみたいなんだけど、やっぱり過去にあった事が原因なのかな。でもリゼちゃん。私は大丈夫だから、安心して待っててね。」

「...お嬢様。それでは行きましょうか。」

「うんっ。」

 ヴァール城に着いた私とミシアちゃんは、花や絵画で彩られた応接間で、この世界のツェレである因幡 ○○さんを待っていた。その間、スティルルームメイドが紅茶と簡単な菓子を出してくれた。この世界の果物と茶葉は美味しい事で有名だから、内心この世界に来るのは楽しみでいた。暫くミシアちゃんとお茶を飲みながら団欒していると、落ち着きが見られない忙しそうな○○さんが少し荒々しく扉を開けて入って来た。

「すみませんっ、待ちましたか?この時期忙しくて。」

「そうですよね、特に春と年末は...。」

私は彼女に共感するように苦笑した。年末は全世界の最終報告書の精査に、春は全世界の合同会議で、考えるだけで頭が痛くなる。

「本題に入りますけど、私からは簡単にしか話さないので、詳しい話はフュールングメイドに訊いて下さい。」

ソファーに腰掛ける事無く、メイドから受け取った紅茶を軽く一口飲んで、続けて話す。

「病院からの報告で分かった事なんですが、不自然死と言いますか、心臓発作で亡くなる方が多く見られていて...。」

「その原因が、トロッケン山の寺にあるという事ですか?」

「いえ...確実にそこだという確証は無いんですが。若しかしたら、偶然かも知れませんし。」

そう言葉を濁して言った。

「そこで、念の為にフェッセルン山の麓に位置する竹林内にある村に行ってもらいたいんです。」

「分かりました。今日はその村の事もありますし、明日、その寺に調査に向かいますね。」

私は快く了承した。

「ありがとうございます。それでは私は急ぎの仕事があるので、既に外で待っているメイドさんに村まで案内してもらって下さい。」

そうとだけ言い残し、○○さんは軽く頭を下げて部屋を出て行った。私は残った紅茶を飲み干して、ミシアちゃんの方を向くと既に準備出来ているようだった。

「じゃあ、行こっか。」

「はい、お嬢様。」

この部屋には私とミシアちゃんしか残されておらず、メイドさんにお茶のお礼を言おうと思ったが、また次来た時にする事にした。次に来るまで、そう長く掛からないだろうから。

 外には、すらりと脚の長いメイドさんが、フリルの付いた日傘を差して待っていた。彼女は、私たちに気付くと一礼し、自分の名前が△△だと告げた。

「それでは行きましょうか。村に向かいながら、軽くこの付近を紹介しますね。」

「はい。何回かこの世界にも来てますけど、直接ヴァール城に来てますし、史料で見たくらいしかないのでありがたいです。」

そう言うと、△△さんは軽く微笑んでから歩き始める。私はそれを追うように足を一歩出そうとすると、自分の上が急に暗くなった事に気付いて足を止めた。犯人は周囲を確認すれば直ぐに分かった。

「この世界は、メレンスより日差しが強いですからね。これで眩しくないですか?」

ミシアちゃんは、私に日が当たらない様に日傘を差していた。

「...ありがと。でも、それじゃミシアちゃんが眩しいでしょっ?」

そう言い、私はミシアちゃんの右腕に手を通して、ぴたりとくっ付く。そして私は、ミシアちゃんの顔を見て微笑してみた。

「そんなにくっ付いていると、歩きにくくなりますよ。」

「そう?でもこれでミシアちゃんも入れたねっ。」

「お嬢様......。も、もうっ行きますよっ。」

ミシアちゃんの白く透き通った頬は、熟れた桃のように色を変えて、それを誤魔化すように強引に歩き始めた。私はそれを見て、少し揶揄って見たくて二の腕に顔を擦ってみた。

「ミシアちゃん照れてるーっ。」

「て、照れてませんよっ。」

「ふふっ、仲がよろしいんですね。」

△△さんは、私たちを親のような目で見ているのを見ると、私も段々と恥ずかしくなってきて、腕に顔を埋め隠した。ミシアちゃんは、それでも優しく私の頭を撫でてくれる。

「ふふっ、私の後ろに乗りますか?」

「ううん、こうしてたい...かな。」

「そうですかっ。」

そして私たちは、ゆっくりと確実に、村に向かっていった。

 暫く歩くと、道の右側に様々な花が繚乱と咲き散る花畑が見えてきた。

「そういえばフィレアさんって、噂通り全身白いんですね。私、最近あの城に入ったばかりなので実際に見たこと無かったんですよね。」

ここに来るまでに無言が続いていたからか、△△さんは砕けた、少し柔らかい話を持ち掛けてきた。

「冬が好きだからかな、白い服を着てるのは。この服だと安心するし。」

「誰かの贈り物とかですか?」

「うん、メイドさんが...作ってくれた。でも、小さい頃はお姉ちゃんたちに色々な服を無理矢理着せられてたりとかしたけど。」

そう話すと、△△さんは少し落ち着いたような上向きな表情を見せる。

「何か...良かったです。勝手な想像ですけど、中心世界の人たちは少し難いイメージがありましたから。」

「そう感じさせてしまったなら、すみません。」

△△さんは、いきなり私の肩を掴んで横に首を振った。突然の事に、私はどう対応すれば良いか判断出来なかった。

「謝らなくて良いんですよっ。遠い遠い存在の人たちって、私たちからしたら何故か少し、関わりも余り無いですし、想像しようにも出来ないですから。」

すると△△さんは、我に返ったように急に私の肩から手を離して、あたふためきながら頭を何度も下げてくる。私はそれを、宥める事しか出来なかった。

「あっ、折角ですしこの花畑の説明でもしましょうか。」

「うん、お願い。」

△△さんは、少し気持ちを入れ替える為か、息を吸って整えていた。

「今向かっている村もこの花畑の事も少し話しにくいですが、過去の事件で被害に遭われた人たちの子孫たちが暮らす場所です。子孫って言うと語弊がありますが...。あっそういえば、第零世界も女性しかいないんですよね。」

「何でそれ知ってるんですか...。」

そう言うと、△△さんは自慢気に答える。

「それなら、私の上司に当たる人が教えてくれましたよ。後は、フィレアさんの事よ。」

「......因みにその人って...誰ですか?」

私は、その耳を疑うくらいの言葉に訊かずにいられなかった。というか確かめたかった。私の頭には二択しかないから。

「これー...言って良いんですかね...。」

「言えない程の人って事ですか?」

「私が言ったって言わないでくださいよ。メグさんですよ、フィシル・メグさんっ。」

その言葉に私は只、苦笑するしかなかった。

「嘘でも良いから、メグ姉じゃなきゃ良かったなぁ。」

「お嬢様、それだけメグお嬢様に愛らしく想われているって事ですよ。」

ここではお姉ちゃんの事を散々言ってるけれど、でも、内心では嬉しかった事は二人には言えなかった。お姉ちゃんも最後のはどうかと思うけれど。

「そ、それより早く説明して下さいよっ。話脱線してますよっ。」

「ふふっ、可愛いぃー。」

楽しそうに私の頭を撫でてくる△△さんに、無性に腹が立って頬を膨らませると、にやにやしながら頬を突いてきて、只の逆効果だった。

 竹林に差し掛かる少し手前、二つの山が高く屹立しているのが見える。左に見えるトロッケン山の山巓部には、残雪が照り付ける琥珀色の光によって眩しい程に輝いていた。

「あの山...高いですね。廻樹くらいあるんじゃないですか?」

「うぅ...、明日登るの大変そう...。」

「お二人なら、飛べば直ぐだと思いますよ。」

△△さんの言葉に、私たちの頭に飛ぶという選択肢が無かった事に気付き、少し笑ってしまった。△△さんは、不思議そうに私たちを見てたけど。

「それでは、私はこれで。ここら辺まで来ると、あの娘がいる筈なので。」

「ん...あの娘って?」

「村の娘です。後話すことは...、あっありました。余り気にしなくても良いんですが、あの村の人たちは成長周期が長いので、若い娘しかいませんので気を付けて下さいね。」

「それって、どういう意味で捉えれば良いんですか...。」

「多分、小さい娘が多いから相手するのが大変って事じゃないの?」

「あぁー...そういう事ですか。」

ミシアちゃんは、納得しているようで納得していない様子だった。

「この道なりに沿って進めば村が見えてくる筈です。ではっ。」

そう言い、△△さんは軽く頭を下げて城の方へと戻って行った。時々、△△さんは私たちの方を振り返って手を元気良く振ってくるのを、私たちは丁寧に振り返した。

「ふふっ、行きましょうか。」

ミシアちゃんは、△△さんが豆粒くらいに小さくなった頃に口を開く。私はそれに静かに頷き、ミシアちゃんの手を取り引っ張って歩き出した。その時のミシアちゃんは、凄い楽しそうに笑って、私に付いて来ていた。久しぶりにミシアちゃんが楽しそうに笑っているのを見たかも知れない。

「お嬢様っ?」

「んっ、どうしたの?」

「今向かっている村って、どんな所でしょうね。」

「楽しい所だと良いよねっ。」

「はいっ。」

今のミシアちゃんは、これが仕事だと忘れているんじゃないかと思わせる程に、子供みたいに元気だった。これが何時まで持つんだろう。

 漸く竹林に入ると、先程まで地面に照り付けていた反射光が柔らかくなり、ミシアちゃんは差していた日傘を閉じる。竹の隙間から漏れる光は、レースカーテンのように、揺れては静止を時計のように繰り返していた。竹の足元をよく見ると、筍が頭だけ見せている。まぁでも、竹の後ろから顔を覗かせている背の低い幼げな少女が気になって殆ど視界に入ってなかったけど。

「ん、お嬢様どうかしましたか?」

私は足を止め、態とらしく彼女に目を合わせてみても動じる様子は無い。彼女の眼は、例えるなら生物学者だろうか。あの物珍しそうに見る眼は、野次馬にも近い気がする。夕刻を迎えようと沈み往く太陽に攫われては困るから、私は彼女の方に歩み寄った。

「隠れてないで出ておいでっ、貴女はこの近くの村の娘かな?」

「私、あなたなんて名前じゃないよ?因幡(いなば) 水月(なつき)。お姉さんがツェントルム?」

彼女、水月は竹々の陰からそっと出てきては、言動に落ち着きが感じられなかった。

「うん、そうだよ。そう、水月ちゃんっていうのね。覚えておくね。」

そう言うと、水月ちゃんは愛らしく元気良く頷いた。

「お姉さんは、何て呼べばいいの?」

「私は、スカ―ヴァイス・フィレア。好きな呼び方で良いよっ。それで、このメイドさんはツヴァイテンス・ミシアちゃんで、私はミシアちゃんって呼んでるよ。」

「じゃあ、さっきメイドさんが呼んでたフィって呼ぶね。」

「うんっ。続きは村に向かいながら訊いても良いかな?」

水月ちゃんは喜んで頷いて、私が小さくしゃがみ込んで差し出した右手を、好意的にしっかりと握ってくれた。

「随分と耳が宜しいみたいですね。」

私も、既に不自然な感覚は言わずも伝わってきていた。ミシアちゃんは、私の事をフィなんて呼び方はしないし、△△さんも私をそうとは呼ばなかった。水月ちゃんは、何時何処で私の愛称を聞き入れたのだろうか...。

「そういえば、水月ちゃんは何歳なんですか?」

「うぅーん.........。」

水月ちゃんは、考え込むように視線を一点に集中させている。

「では質問を変えますけど、中心世界創立時期の公開演説を聞いたことは?」

「うん、あるよ。お姉ちゃんと聞いてたもん。」

水月ちゃんは、すっきりした表情で吐き出すように、息をするように言った。その答えに、ミシアちゃんは困った様子で少し吹き出すように笑う。

「ミシアちゃん...、△△さんの話の通りみたいだね...。」

「...はい。」

中心世界創立時期は、今から数千万年以上前のもっと前の話。もう呆れる他無いだろう。

「でも、お姉ちゃんに訊けば分かると思うよ。私、お姉ちゃんと少ししか離れてないから。あっ、そういえばお姉ちゃんと村の人たちがお料理してたから、着いたら直ぐご飯だと思うよ。」

「じゃあ、楽しみだねっ。」

「うんっ!だってお姉ちゃんのお料理凄く美味しいんだもんっ。」

水月ちゃんは、感情豊かにお姉さんの事を口々に褒め称えていた。

「...お姉ちゃんの事好き?」

気付いた時には、私の口から、咽喉のもっと奥底から滑り出ていた。無意識的になのか、意識して言ったのか。

「うぅー...お姉ちゃんには恥ずかしいから言わないでね?」

「ふふっ、今のお嬢様みたいですねっ。」

「ちょっ、ミシアちゃんそれどういう意味っ?」

「そのままの意味ですよっ。」

ミシアちゃんは、そう言ってより一層楽しそうに笑った。最近、何処かミシアちゃんに心を覗かれているというか、突かれてるような感じがする。

「ふっ、フィにもお姉ちゃんいるの?会ってみたいーっ。」

「えっ......あ、いるよ二人。」

水月ちゃんが少し笑っていたのが気になったが、彼女がこの質問をしてくるという事は、公開演説の時のような過去の記憶は意識して覚えていられていないみたいで、あの場に私がいたことは流石に覚えていないらしい。逆に覚えていられても怖い気がするけど。

「今度何時になるかは分からないけど、私の二番目のお姉ちゃんのリア姉が来るかも知れないから、その時にでも会えるかもね。」

「お嬢様は、メグお嬢様とリアお嬢様、どちらの方が大好きなんですか?」

「ミシアちゃんっ、そういう話はまた今度っ。」

丁度良い時に村の篝火が眼に入った事を良い事に、ミシアちゃんの質問を強制回避する。二つの篝火に挟まれるように、一人の女性が手を大きく振って合図している。

「こっちーっ、こっちですよーっ!」

「あっ、お姉ちゃんっ!」

水月ちゃんは、お姉さんの声に反応したのか、私の手を握ったまま満面の笑みで思い切り走り出す。

「なっ、水月ちゃんっ!?」

勿論、私はミシアちゃんとも手を繋いでいた訳だから、ミシアちゃんも私に釣られて引っ張られた。私たちを気にせずに走ろうとするから、頑張って水月ちゃんに付いて行った。付いて行くので必死だったけど。

「ふふぅっ、お帰りーっ。」

「うにゅ...ただいまぁー。」

お姉さんの所に着いた水月ちゃんは、漸く手を放してくれてお姉さんに飛び付いた。お姉さんは、水月ちゃんを抱き抱えて頬をすりすりしている。二人の楽しんでいる姿を見て、少し頬が緩んだ気がした。

「あっ、すみません場も図らずに。」

「大丈夫ですよ、仲が宜しそうで何よりです。」

「ご飯はもう出来てますので、私に付いて来て下さい。」

「わーい、ご飯だーーっ。」

「今日は水月が好きなビーフシチューオムライスだからねー。」

「やったー!」

彼女たちの会話は、何処か私も体験したことのあるもの。その懐かしさというか、それを回顧する感情に私は少しの間、彼女たちを見ながら浸っていた。

「フィはビーフシチューオムライス好きぃ?」

「うんっ、最近食べてないけど好きだよ。」

「じゃあ、今度私が作りましょうか?一緒に作っても良いですよ。」

「教えてくれるなら良いよ...。」

ミシアちゃんは懲りなく私を揶揄ってくる。

「ビーフシチューオムライス作るの、苦手なんですか?」

水月ちゃんのお姉さんは、私が敢えて言わなかった事を口にする。その表情には、何か自身気な顔だった。

「是非お願いします。それ以外の料理は、メイドさんに教えて貰ってたので作れるんですけど、ビーフシチューだけ作れなくなってしまって。」

「ふふっ、任せて下さいっ。」

水月ちゃんのお姉さんは、笑みを浮かべてそう言った。

「そういえばお名前は何ておっしゃるんですか?」

「因幡 □□(いなば □□)です。この村の人たちは、全員因幡姓ですよ。」

□□さんは、私の前に手を差し出してくる。彼女の顔を確かめ握手だと分かり、軽く手を添えた。

「少しの間ですけど、宜しくお願いしますねっ。」

「はい。」

手をゆっくりと離すと、水月ちゃんは再び私の手を取る。私たちは、村の中にある水月ちゃんの家に向けて歩き出した。

「話ががらりと変わりますが、水月ちゃんはどうして私たちが来る事が分かったんですか?」

「凄い簡単に説明するとテレパシーみたいなものです。今私たちが喋って会話しているように、声による伝達という方法で独自言語が存在しています。私たちは、太古から違う伝達方法を持っていたというだけの話です。貴女たちが来る数日前に、ツェレの○○からそう言った話があったので、水月ももちろん知ってましたよ。」

「そうすると、あの人もこの村の出身者何ですか?」

「えぇ、そういう事です。昔の話ですが、この村唯一の優秀な研究者でしたよ。」

「そうですか。」

彼女は突然立ち止まったので何事かと思ったが、ある家に指を指していた。家先には、一人の女性の影法師が確認できた。

「着きましたよ。暫くここに泊って行って下さい。」

「ありがとうございます。泊まる当てが無かったので安心です。」

「あと、一つだけ忠告しておきます。」

私は、改まった話か何かだと思ったが、□□さんの様子が変だった。だって、少し苦笑していたから。

「この村の娘はかなり元気なので気を付けてくださいね。」

「それ、案内してくれたメイドさんも同じ事言ってましたよ。そんなに何ですか?」

「この間、休暇で戻って来た○○を、逆に疲れさせて帰らしましたから。」

「ミシアちゃんに任せてみたらどうです?ミシアちゃんは凄いですよ。」

家にさらに近づくと、扉の前の彼女たちは軽く頭を下げた。

「長くなるでしょうし、その時はお願いしますね。」

「ちょ、お嬢様勝手に話を進めないで下さいよぉ...。」

「さっきのお返しだよーっ。」

私がミシアちゃんを冷静にいなすと、ミシアちゃんは慌てる様子を見せていたが、あの笑みは、本心では少し嬉しいのだろう。

「フィレア様、ミシア様、今回はお越し頂き大変嬉しく存じます。さぁ、中にお上がり下さい。」

女性は、艶やかな着物を袖に通し、手厚い歓迎をしてくれた。その姿に、少し懐かしさを感じた。

「すみません、敬称は付けなくても良いですよ。私自身、余り好ましくないと思っているので。さんぐらいなら良いですけどね。」

そう少し厭うと、女性は軽く頭を下げ、さん付けで呼んできた。

「この村の長の方はもう中にいらっしゃるんですか?」

ミシアちゃんが、そう訊くと横に首を動かした。

「私がこの村の長ですよっ。」

右を向くと、□□さんが楽しそうに笑っている。

「ごめんなさい、全然気が付かなかったです。」

「えぇ、村の長感ちゃんと出してましたよぉっ。」

□□さんは、急に私の後ろに回り込んできて、無理矢理私の頭を強引に撫でてきた。それも、着物の女性の咳払いがあるまで続けられた。


 家に入り、少し狭い障子の並ぶ縁側を歩いて行く。長の家とだけあってかなりの平屋建ての家で、中庭には、竹林にそぐわない桜の木が見事に咲き誇っている。家の明かりに照らされて、より奇麗に感じた。

「フィの家って広いの?」

水月ちゃんは、この手の質問にかなり関心があるみたいで、眼を輝かせて毎回訊いてくる。

「うん、お城。基準が良く分からないけど、この世界の半分くらいの大きさかなぁ...。」

それに対し分かりやすく、出来るだけ伝えるようにした。

「やっぱり物凄く広いですね。それだけ、施設が数多くあるって事なんですかね。」

「でも、娯楽施設や私用の施設もまぁまぁありますけどね...。」

すると、□□さんの表情が急に真剣な眼差しになり、少し後ろに押されそうな圧だった。

「フィレアさんもちゃんと休んでますかっ?そういう施設が一つや二つ無いと、身体の毒が溜まる一方ですからね。」

急に豹変する所は、何処か少し△△さんに似ている。若しかしたら、二人のイデオロギーが近いのかも知れない、という感じがした。

「メグ姉が、良く小さな悪魔を話してくれたなぁ。」

「何ですかそれ?」

□□さんは、何処か息抜けた声で返してくる。

「私たちの中には、小さな悪魔が住んでいて、何事にも適度な距離感と休暇が無いと、小さな悪魔が毒を食べて成長していくっていう話です。私仕事が趣味なので、お姉ちゃんたちに休むように良く注意されてますから。」

「普通は逆だと思いますよ。長は良く仕事をさぼられて、村の娘と遊んでますからね。それも、長の仕事と思えばそうなのかも知れませんけど。」

既に何度も経験している様な口ぶりで、着物の女性は溜め息を付いて呆れていた。

「ははぁ...、それは言わない約束だったでしょーっ...。」

「そんな約束した覚えありませんよっ。今日だって、遊びの誘い受けて承諾してましたよね。私は見てましたよ。」

着物の女性は、頬を尖らせて怒っている様。着物の女性の方が、よっぽど村の長な気がしてきてならなくて、吹くように笑ってしまった。つられて皆笑っていたから、□□さんも、少しは反省の色が見えていた。最後に着物の女性が、□□さんの肩を軽く叩き、耳打ちをする。何を□□さんに伝えていたかは、その時には分からなかったが、嬉しそうにしている感じから何となく把握出来た。

 縁側を暫くゆっくりと歩き、右に曲がった所の襖に囲まれた廊下を進んで、□□さんは立ち止まって、襖をゆっくりと開いた。

「さぁ、こちらです。既に村の者が集まっております。奥の席が来訪の方の席になっておりますので、そこまでお進み下さい。」

言われるままに部屋に入ると、計十数名の小さい娘からお年寄りまで。既にかなりの賑やかさだった。私たちが入ったのに気が付いたのか、徐々に大きくなる拍手と共に席に座った。それと同時に司会者だろうか。女性が一人立ち上がったのを機に、拍手は止まった。

「この度は、態々遠方からご来訪頂きましたフィレアさんとミシアさんに、感謝の意を表すと共に、私が代表致しまして、私ども一同は、お二方のご来訪を厚く歓迎申し上げます。また、ご臨席賜りました村の方々も、お忙しい中ありがとう御座います。それでは、乾杯のご挨拶を私の方からさせて頂きます。ご到着頂いてから、間が無い事、お許し下さい。それでは、お手元のグラスをお手に取り下さい。」

合図と共に、グラスを取る音が鳴り響く。ミシアちゃんは手慣れた手付きで、グラスを持ち上げた。私も、それに乗るように手に取る。

「それでは、フィレアさんとミシアさんの饗宴会に乾杯っ!」

一瞬にして、風鈴の音など比にならない程の、グラスがぶつかり合う音がした。私は、隣にいたミシアちゃんと□□さんにグラスを一緒に合わせた。一口、口にするとお酒と思って身を構えたが、気を使ってくれたのかジュースになっていて、それは杞憂に終わった。形式ばった挨拶が終わった後、直ぐに盛り上がりは元に戻り、遠くに離れていた水月ちゃんは、走って私の所まで飛んで来た。

「フィ、乾杯っ。」

水月ちゃんは、私の持っているグラスに軽く当てる。

「隣、座っても良い?」

私は頷こうかと思ったが、それほどのスペースが無かったので、返答に困った。

「お嬢様っ、お膝の上に乗せたらどうです?」

「え、でも......うん、良いよっ。」

私は、水月ちゃんが前に来れるように、少し後ろに下がると、水月ちゃんは隙間風のように座ってきた。凭れ掛かってきたが、そこまで不快に感じる重さでは無かった。むしろ、丁度良い程で。

「フィもお酒駄目なんだね。私なんて、お酒飲むと戻しちゃうから。」

そう、水月ちゃんは苦笑交じりに言う。

「私も。吐いたりはしないけど、お酒が入ると性格変わっちゃうから。」

少し離れた向こうでは、今にも風船が破裂しそうなくらいにはしゃいでいる例の娘たちがいた。その中の一人に目が合ってしまったからか、その娘は、上機嫌でやって来た。

「フィレアさんっ、一緒に遊ぼっ!」

「××ちゃんっ、今はフィレアさんお仕事中だから遊べないよ。」

「えぇーー。じゃあまた今度遊びに来るねっ。」

私は別に遊んでも良かったのだが、□□さんは水月ちゃんの眼に気付いたからか、態々気を使ってくれた。

「今は私遊べないけど、ミシアちゃんに変わりに遊んで貰ったらどう?」

「えっ、お嬢様...。少しの時間だけですよっ。」

「やったーっ!」

××ちゃんは、純粋無垢な満面の笑顔で喜び、ミシアちゃんの手を荒く引っ張った。ミシアちゃんは、あれでも嬉しそうにしてたからこれで良かったのかな?

「フィっ、口開けてー。」

村を抜けるように流れている川から獲れた魚だろうか。水月ちゃんは、箸で綺麗に切ってカドリングに回り、私の口の中に丁寧に入れてきた。

「ん、おいしいぃ。」

水月ちゃんは嬉しかったのか、胸元に飛び込んで顔をすりすりしてくる。

「水月ちゃんも食べる?」

「うんっ、口移しが良いっ!」

「え...それは流石に駄目かな。」

水月ちゃんは、大きく頬を膨らませて残念そうに私を見てくる。何も気にしないで言ってきているようだから、対応に困る。密着する水月ちゃんの口に魚を運ぶと、美味しそうに味わっていた。

「フィ、お外出ない?少し二人だけでお話ししたいな。」

「良いよ。今行く?」

「うんっ。」

「ご飯、取り分けて持って行くわね。」

「お姉ちゃん、ありがとっ。」

□□さんは、にやけながら水月ちゃんを撫でる。

「ふふっ、可愛いやつめー。」

「へへぇー...。」

水月ちゃんは、嬉しそうにでれている。

「じゃあ、行こっか。」

「うにゅっ。」

水月ちゃんは、私にぴったりとくっ付いて、肩に手を通してしっかりと掴まってくる。それはまるで、抱っこして欲しそうに言っているようで、笑みが零れた。私は、彼女を軽く押さえながら抱えて立ち上がる。やっぱり、身長差があるからか、すっと持ち上がる。私は、水月ちゃんを抱えたまま、障子を開けて縁側に出た。

「ありがとう。もう良いよ。」

それを聞いて、彼女を優しく縁側に足が出るように下ろす。水月ちゃんは、少し足に疲れが溜まっていたからか、脚をぶらぶらと動かしていた。私も、その左側にゆっくりと腰掛けた。

「水月ちゃんって、いつも竹林で一人でいるって聞いたけど、その時何してるの?」

「特に何もしないでぼーっとしてるよ。私、一人でいる方が好きだからかな。でも、たまに兎さん見掛けるから、その時は兎さんと遊んでるよ。丸くてふわふわした触り心地が好きで。」

「ふふっ、水月ちゃんとは気が合うね。メレンスにも兎さんが沢山いて、たまに城の中に入り込んで来ちゃうんだよね。無理に出そうにも可哀想だから、兎さんが自由に入れるようにしてるの。」

「フィの話聞いてると、メレンスにも行きたくなっちゃった。」

「そう?それも、今度来るお姉ちゃんに頼んでみよっか?多分駄目だと思うけど。一般人が来た例が無いし、余り他世界には干渉して、良い意味でも悪い意味でも影響を受けて欲しく無いからね。」

一時は、私の言葉に水月ちゃんは輝きを持たせていたが、水晶玉が曇ってしまった。

「でも、若し良いって言われれば、水月ちゃんは初の例になるって事になるね。議会じゃ忖度だって言われそうな気もしないけど。」

「行けると良いな...。」

水月ちゃんは気遣ってか明るく話しているように見えたが、内面は俯きの表情だった。

「ごめんね、少し待った?はいっ、ちゃんと食べてね。」

「ありがとうございます。」

お皿に取り分けてくれた料理を両手でしっかりと受け取る。

「二人だけでどんな話してるのかな?気になるけどお邪魔しちゃ悪いかな。また後でね。」

水月ちゃんは、□□さんに元気に手を振っている。その表情には、先程の俯いた感じが全くと言って良いほど感じられない。

 それから、暫く食事をしていたからか、一時の静寂が流れた。

「フィは、お仕事が趣味って言ってたけど、他に何か好きな事とか無いの?」

その静寂を先に割ったのは水月ちゃんだった。

「趣味かは分からないけど、唯一続けてる事なら詩を書く事かな。小さい頃から良く書いてて。」

「良い詩が書けた時、気持ちいでしょ。」

「うん。周りに読んでくれる人が沢山いる環境だから、書き終えた時の達成感は結構好きだよ。たまに、詩を書いてお互いに見せ合う会とかもやってて、それが私の楽しみかな。」

水月ちゃんは、元の顔色を取り戻しているようだったから、一先ずは安堵の息を付けた。

「私に、今度書き方とか教えてくれると嬉しいな。」

「うん、私で良ければ喜んで。って、言っても特に教えられる事とか無いけどね。自分の感じたものを、自由に天衣無縫の気持ちでそのまま書くだけだからね...。」

そう、苦笑した。

「でも、フィは小さい頃から書いてるんだから、表現とか参考になる所しか無いと思うよ。」

「そう、いられれば一番良いんだけどね。」

 食事も一段落し、会話も盛り上がって来た時、後ろの障子が開く音がした。後ろを振り向けば、かなり疲れた様子で、疲労困憊していたミシアちゃんが倒れ込むように座った。

「あの娘たち。あの元気は何処から来るんでしょうか...。若さ故の好奇心から何でしょうかね。」

「あの娘たちと、どんなことして遊んでたの?」

私の素朴な質問に、ミシアちゃんは少し息を整えながら答える。

「最初は、人並みに大人しかったので、お嬢様の話を交えていたんですが、時間が経て

ば経つ程活発になってきて...。」

「でも、打ち解けれて良かったね。流石ミシアちゃんっ。」

「お嬢様、それはお褒めになってるんですか...?」

水月ちゃんは、私たちのやり取りに気分良さそうに笑っていた。

「皆さん、そろそろお開きにするので、戻って来てもらっても良いですか?」

私たちは、司会の人に深く頷いて部屋に戻る。中ではかなり盛り上がっていたのだろうか、疲れた様子が見て取れた。私たちが席に戻ると、司会者が再び立ち、締めの挨拶を述べて、この饗宴会は終わりを告げた。


 饗宴会も終わり、熱気も冷めて人影も減っきて、参加者の多くは帰りの途に着いた。

「フィレアさんたちは、先にお風呂入っちゃって下さい。私たちが片づけを済ませておくので。流石に今回の主役に片付けをさせるのは、こちらの気が治まらないので。」

「じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きますね。」

「私はフィと一緒に入りたいなっ。」

「こらっ、水月にはお片付けがあるでしょっ。お風呂くらい休ませてあげなさい。」

「うぬぅーー...、一緒に入りたかった...。」

水月ちゃんが少し残念そうにしているのを見て、良いよと了解したかったが、その気持ちはぐっと抑える事にした。

「うちは、露天風呂なのでゆっくりしていって下さいね。洗面用具はお好きに使って下さい。着替えは後でお持ちしますね。」

「はい、何もかもお世話になりっぱなしですね。」

「いえ、この世界の平静の為に来て下さっているお二方に無礼があってはいけませんからね。そのくらい、お気に留めないで下さい。」

□□さんの対応に、お酒が入った後の方がよっぽど仕事人という感じがして、私自身もこれに反論のしようが無かった。

「では、お嬢様行きましょうか。」

「うん。」

そう言って、縁側を左に進んで、突き当たりを左に曲がって、私たちは浴室に向かった。


 身体も洗い終わり、今はミシアちゃんとゆったりと露天風呂に浸かっている。竹垣を見上げると、月明かりが笹の隙間から切り差し込んできて、出湯の水面に映じる二人の顔。閑としたこの場所に流れる水の音は、自然と私たちの心に安らぎを与えた。

「楽しい所で良かったですね、お嬢様。」

「今のところは、良い意味で楽しいけどね。明日の事を思うと気が病むよ...。」

「明日の事は明日で、今日は今日です。明日の事は、明日になってから考えれば良いんです。今は取り敢えず休みましょ。」

「確かにそうなんだけど、心理学的には仕事だけじゃないけど、翌日の事に少しだけ手を付けてから終わる事で、翌日の仕事の能率が上がるっていうのがあって。」

私がそう言うと、ミシアちゃんは急に顔を近づけてくる。

「...分かったよ、今日は休むね。」

じっと私の眼を見るものだから、ミシアちゃんに従う他無かった。

「お嬢様は頑張り過ぎてしまうんですから、ちゃんと休んで下さいね。」

ミシアちゃんは、優しく包み込んでくれる様な笑顔で、私の頭をさすさすしてくる。こうされると、もう何も言い返せなかった。

「んっ?...誰?」

私は、反射的にミシアちゃんの陰に隠れて、深くお湯に浸かる。

「お嬢様大丈夫ですか?水月ちゃんみたいですよ。」

「へへぇー、片付け抜け出して来ちゃった。」

引き戸を開けて入って来たのは、他の誰でも無い水月ちゃんだった。その事実に、安心感があったのか、しかし少しの緊張の糸が解けなかった。

「体洗ったら、そっちに行っても良い...かな?」

私は、答えるのに咽喉が詰まる感じがあって、少しの時間答えるのが出来ず眼を逸らしていた。

「...うん、良いよ。急に入って来たから少しびっくりしちゃって。」

「お嬢様、本当に大丈夫ですか?」

ミシアちゃんが、不必要に私を心配する気持ちも分かる。私もあまり見られて気が良いものでは無いから。

「うん、大丈夫だよ。ミシアちゃんは少し過保護なのかもね。でも、私はそういうミシアちゃん好きだよ。」

ミシアちゃんの頭を、私は撫で返していると、水月ちゃんはまだ何か言い足りなそうにそわそわしていた。

「フィ......?うぅ...フィと一緒に寝たいって言ったら...怒る?」

水月ちゃんは、心証後ろ向きに、眼を逸らして指遊びをしながら訊いてくる。この質問には、今までの水月ちゃんの言動に慣れてしまってか、そこまで驚きはしなかった。でも、水月ちゃんの心には、少し落ち着きが無いというか、余裕を持てていない気がする。

「私で良ければ良いよっ。若しかして、夜一人だと寝付きにくいの?私は一人でだと寝付けなくて、小さい頃からずっと誰かと一緒に寝てるの。」

水月ちゃんは、静かに頷く。私はてっきり、素直に喜んでくれるのかと思ったが様子が今までと違った。

「お姉ちゃんには言わないでね、笑われちゃうから...。」

「本当にそうかな?私は、お姉さんが笑うとは思えないかな。」

「...どうしてそう思うの?」

私は、お風呂から静かに上がり水月ちゃんの近くに行って、少し寒そうに小刻みに震えている水月ちゃんを抱擁した。

「それはね、お姉さんは、水月ちゃんの事をとても大切に可愛がっているように見えたからかな。」

「...私、本当は一人でいるのが嫌いで...、でも気持ちと逆の事をしちゃって、良く一人で泣いちゃうの。でも、それを誰にも相談出来なくて...。言ったら笑われる気がして...それが怖くて。でも、フィは私の話に真剣に考えてくれて...。」

水月ちゃんの緊張、長年溜まった膿を出せたのか、涙がほろほろと頬を伝い私の肩に零れた。私は、水月ちゃんの背中を擦って彼女を元気付ける様に宥める。浴場には、水月ちゃんの啜り泣く涙が、静かに響いていた。


 水月ちゃんの身体を洗い、暫く出湯で体の芯まで温めた後、お風呂を上がり着替えて、化粧室で歯磨きやトイレを終え、部屋を出た。

「あっ、水月一緒にお風呂入ってたのね。良かった、心配したのよ。」

□□さんがそう言うと、水月ちゃんは面白可笑しく笑う。

「フィが言った通りだったね。...ありがとっ。」

□□さんは不思議がっていたが、水月ちゃんの霞んだ気持ちが晴れたのに、私は気持ちの良い嬉しさを感じた。

「何か良く分かりませんけど、寝室まで案内しますね。」

「はい、お願いします。」

□□さんは、私たちを先導して縁側を少し眠そうな足取りで進んだ。角を右に曲がって暫く進んだ所。

「今回の調査が終わるまでは、ここを自由に使って下さい。洋室が一部屋空いてて好かったです。じゃあ、私はもう眠いのでこれで。水月も部屋に戻って早く寝るのよ。」

□□さんは、眠そうに欠伸をしながらそう言って、引き返して自分の部屋に戻って行った。

「フィっ、早く一緒に寝よっ。」

「うん、そうだね。」

「お嬢様、明日は早いですからねっ。しっかり寝て下さいね。」

「私も、付いてっても良い?」

「それは、少し危険だと思いますよ。」

「ミシアちゃん大丈夫だよ、私が身の安全は確実に守るって約束する。」

「それなら、頼もしいですね。」

私は、扉の取っ手の下げて押す。部屋に入ると、私の部屋の一回り小さいくらいの部屋で、十分に快適そうだった。何より、ベッドがダブルベッドなのが嬉しかった。部屋に入った水月ちゃんは、直ぐ様一直線にベッドに俯せに飛び込む。

「フィも早くおいでっ。」

「うん、直ぐ行くよっ。」

私も、水月ちゃんに続いてベッドに飛び込むと、水月ちゃんは少し嬉しそうに私に抱き付いてきた。

「お嬢様たちっ、掛け布団掛けますのでちゃんと横になって下さいね。」

私たちは、しっかりふかふかの枕に頭を乗せると、優しく布団を掛けてくれた。今日は部屋をしっかりは見ていないが、明日以降、ゆっくりと見ていけば良いだろう。きっとここにいる事も長くなるだろうし。

「フィ、ありがとね。おやすみっ。」

「うん、おやすみっ。ミシアちゃんもおやすみっ。」

「はいっ、おやすみなさいませ。」

水月ちゃんは、私とミシアちゃんの間に入って来て、私にぴったり密着してきてしっかり抱き付いて眼を閉じていた。その姿に、笑みが零れたが、明日の事を考えると、私も直ぐに瞼を下ろした。

「おやすみ...水月ちゃん。」

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