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恋の優先席

作者: ゆう


おじいちゃんとおばあちゃんの家にパパと一緒に車で遊びに行った。

ママは夕食の用意があるし、おうちでのんびりしたいって言うから家でお留守番らしい。


僕がパパについてきたのには実は理由があって、おじいちゃんとおばあちゃんの家の近くには、

僕が好きな女の子が通っている塾があって、もしかしたら彼女に会えるかもって思ってたから。


でもよく考えたら塾の場所も分からないし向こうは電車で来ているのかもしれないし、

僕はパパの車で来ているからますますばったり会う可能性なんてない。

僕は少し退屈し始めて、おじいちゃんとおばあちゃんとパパの会話を聞きはじめた。


「この歳になると『優先席』っていうのは有難いもんだな」とおじいちゃん。

「ほんとに」とおばあちゃん。

「そりゃそうだろうな。俺だってできれば『優先席』に座りたいくらいさ」とパパも言った。


僕は三人が何の会話をしているか分からず「パパ、『優先席』ってなに?」と聞いた。

「電車とかバスでな、特別な人が座れる席のことだよ。なんだお前はそんなことも知らないのか?」

パパは呆れたように言う。

僕は普段は電車に乗らないから、そういう席があるのをはじめて聞いたのだった。


「今日、お前は電車で帰るか?それなら『優先席』も見れるし」

「そうまでして見るもの?」僕は笑った。

でも笑いながら「もしかしたらあの子に会えるかも」と思いついて、

「いいよ。じゃあ、僕は電車で帰るよ」とパパに言うと、

「ああ、そうしてみろ。お前はまだ小さいし、もしかしたら良い『優先席』に巡りあえるかもしれん」

そうパパは言ったけど、何のことやらさっぱり分からなった。


とにかく僕は初めての電車とあの子に会えるかもしれないワクワクを感じながら駅に向かって歩いていった。

駅に着いて僕の家がある駅の名前と料金を確認してきっぷを買う。

周りの大人を真似しながら改札を通る。「たしか僕の家は○○行きだったな」

表示版を見ながら何度も何度も確認して階段を下りていきホームで電車の到着を待った。


「ホームって英語で家だっけ」そう考えているうちに電車が到着した。

僕は電車とホームの隙間に気をつけながら電車に乗った。


「これで家に帰れる。あとは○○駅で降りるだけだ」


そんなことを思いながら入口付近に立っていたら電車が発車した時に思わずよろけた。

誰かに見られていたら恥ずかしいなと思って周りを見渡したら誰も見ていないようで安心した。

「電車に乗るっていうのは大したことじゃないな」と思いながら乗客を見渡すと、

男の人の乗客がいやに多いことに気づいた。


「なんでなんだろう」そう思っていると奥の連結部分は特に人が多いようにみえて、

何があるのかを見に振動に揺られながらその方向に進んでいった。


やけに込み合っている一角にくるとそこには例の「優先席」があった。

窓には「優先席」というシールが貼ってあって、その下にはたくさんのマークが見えた。


杖をついている人、お腹がふくらんでいる人、松葉づえをついているように見える人、

子供を抱えている人、よくトイレで見かける女の人、色んなマークがある。


「僕は抱えられている子供ほどには小さくないから座っちゃ駄目だな」と思っていると、

女の人のマークにやっと違和感を感じた。


「女の人のマーク?」


ちょっと不思議に思う。

「なんで女の人のマークなのかな。女の人は優先的に座れるのかな、ずるいや」

そう思いながら席に座っている人を見てみると確かに女の人ばっかりだ。

ただ何だかみんなすらっと伸びた脚がよく見える。


もう一度「優先席」のシールの下のマークを見てみる。

女の人のマークがちょっと見慣れているのとは違うように感じる。

「あのマーク、スカートあんな短いっけ?

それに、スカートが短すぎてパンツが見えてるんじゃないのかな」


そうしてまた目線を座っている女の人に合わせると、なるほどみんなスカートが短い。

そしてそこになぜか集まっているたくさんの男の人。

「なんだか良くわからないけど大人は変だな。わざわざギュウギュウになってまで、

あそこで立っているのはなんでなんだろう。空いている席はいくらでもあるのに」

そんな不思議な男の人たちを眺めていたら一駅目に着いた。


名残惜しそうにたくさんの男の人が降りていった。

そしてひとしきり降りていく人の波が終わると今度は何人かが新たに乗ってきたとき、

すると少し車内がざわついた。

「なんだろう」乗客を見ると一人すごく短いスカートを穿いている女の人が乗ってきたみたいで

「優先席」に向かって歩いていき、そして「優先席」の前で立ち止まった。


席を譲ってほしいと訴えているわけではなかったが

座っている女の人のスカートを横目で見ているのがわかった。

「あの娘は完全に勝負を挑んでいる」他の乗客も固唾を飲んで見守っていると、

さっきまで全員が起きていたのに一番はじに座っていた女の人が寝息を立てはじめた。

「狸寝入りだ」誰かが小声で言ったが、

それを証明できるはずもなく周りの女の人は悔しさに溢れている。


残った女の人たちは止む無く無言でお互いのスカートの丈を確認しはじめた。

そしてついに一人の女の人が立ち上がり「どうぞ」と言って席を譲った。

「どうも」

さっき乗ってきた女の人は軽く会釈をして譲ってくれた女の人と同じところに座った。

なるほど、座ってみるとさっきの女の人とはスカートの長さが全然違うことが分かって僕はなんだか納得した。乗客の一部から健闘を称える拍手がぱらぱらと起こった。


電車の「優先席」ってこういうことなんだと僕は初めて知って、

別の車輌の「優先席」を見にいってみようという気になった。

連結部分のドアを開き次の車輌に移動した。


するとドアを開けるやいなやとても良い匂いがした。

どこかで嗅いだことのある匂いだと思ったらママと同じ香水の匂いらしい。

さっきとはまるで違くて、こっちの車輛は女の人がとても多い。


こっちの車輌でも奥の「優先席」に人が集まっているらしく、どんな「優先席」なのかとワクワクする。

「優先席」の前に着くとこちらに集まっているのは全員が女の人で、座っているのはみな男の人だった。


身なりがとてもきちんとしている人もいれば、休日のパパみたいにジャージを着ている人もいる。

ただパパよりはみんな若い。


「なんだかみんな全然違う人たちみたい」そう思って「優先席」に表示されているマークを見ると、

足を組んで胸のところに「¥」マークが見えて「30 ↓」の男の人のマークが見えた。


「30歳より下でお金持ち」ということかな?

そんな風には見えない男の人たちを見ていたら奥から車掌さんが入ってきた。


「しょおめいしょぉを、かーくにーんしまーす」と言って優先席に近づいてきた。

すると男の人たちはみんなポケットとか背広の胸ポケットから何かを取り出しているようだった。

あのジャージの人もズボンのポケットから何かをひっぱりだしていて、そんな男の人の姿をみて女の人たちはうっとりしているみたいだ。

車掌さんは特にジャージを着ている人に頭を下げていたみたいで、

車掌さんが次の車輌に移っていくころにはジャージの男の人の前にはものすごくいっぱいの女の人が立っていた。


「『優先席』ってすごい」

僕は何だか電車がすごくたのしい場所に感じて興奮してきて、次の車輌の「優先席」が気になってしょうがなくなってきた。


「次の『優先席』はどんなかな。やっぱり変なマークがあるのかな」

そうやって期待に胸を膨らませて次の車輌の奥にある「優先席」の方を見るとすごく空いていた。


すごく女の人が多いとか、男の人が多いとかじゃなくて、

どちらも同じくらいいるみたいだったし「優先席」の前に集まっているようでもないみたいだった。


「なんだ、この車両は普通なのかな」


そうして歩いて「優先席」に向かうと「優先席」には、僕のクラスメートの女の子が座っていた。

ううん、ただのクラスメートじゃない。僕が好きなあの子だ。


「まさか、こんなところで会うなんて。でも、あの子はなんで『優先席』に座ってるんだろう」

そう思ってこれまでと同じように「優先席」の下のマークを見る。


杖をついている人、お腹がふくらんでいる人、松葉づえをついているように見える人、

子供を抱えている人、女の人まわりにハートマークがいっぱい。


「女の人のまわりにハートマークがいっぱい?」


「わかった。かわいい女の子が座れるんだ」

そう考えると僕は何だか誇らしい気分にすこしなった。

「さすが僕が好きになった女の子のことだけはあるな」なんて思っていた。


そうやって彼女のことを見ていたら、電車に乗ってからずっと立ちっぱなしだったことを思い出したのと、

疲れと、彼女とすこし話したいのとで、ゆっくり彼女が座っている場所に近づいていって思い切って彼女に話しかけた。


「どうしたの?」僕が声を掛ける。


「おうちに帰るとこ。帰るの?」ちょっと驚いた顔をして彼女は言った。


「うん」


「ここ座る?」


「うん」


彼女の横に僕はドキドキしながら座る。


あっ、でもここ「優先席」だ。

可愛い子しか座っちゃいけないのかな。それに車掌さんが来たら、

怒られちゃうかもしれない。


そんなことを思って座っていたら、全然落ち着かなかった。

そして案の定、車掌さんが入ってきた。


「あーあ、せっかく座れて彼女とも話せたのに」


そんなことを思いながら車掌がきて席から離れるように言われるのを覚悟していたら、

車掌さんは僕の隣に座っている彼女の前で立ち止まった。


「まさか。まさか席から離れるように言われるのかな。そんなバカな」


でも良いんだ、僕は彼女を可愛いと思ってるし。

そんなことをあれこれと考えているうちに車掌さんは膝をついてから彼女の手首を軽く持ち上げ、

そっと人差し指と中指を彼女の手首に軽く押し当てて目を閉じた。


そしたら彼女も僕を見た後でそっと微笑みながら目を閉じた。

僕はそれはずいぶん長い時間に感じたけど実際はどうだったか分からない。


気づいたら車掌さんは目を開けて、小さくうなずいて僕の方も少し見て、

そのまま立ち上がって次の車輌に向かっていった。

僕は次の車輌に向かっていく車掌さんの背中をずっと見ていた。

それから横にいる彼女に目を向けると彼女も少しうなずいてから、

そのまま席の前の窓を眺め、通り過ぎていく風景を嬉しそうに見ていた。


僕は彼女の姿勢を真似して席の前の窓を見ながら

「女の人のまわりにハートマークがいっぱい」マークをみて、

「これは、恋をしている女の子のマークなのか、彼女をドキドキさせる男の子優先マークなのか、

どっちなのだろうか」と考えていた。


窓を眺めていたら突然トンネルに入って、僕たち二人が並んで座っているところが映し出された。

窓越しに彼女と目が合って、彼女は恥ずかしがってうつむいた。

僕は「僕のとなりの席はいつだって彼女のための『優先席』になるんだけどな」って思いながら

二人の住む駅に到着するのを待っていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] コメディだと思って読んでたら、とても可愛い優先席の登場でほっこりしました。 リアルでもこんな優先席が欲しいです。¥30↓とか¥30↓とか笑笑 [一言] ¥30↑60↓だともっと好みです(…
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