コマガネセカイ
物語はついに、クライマックスへ。
「久しぶりだな……親父」
5人が後ろで息を飲む。
当然だ。この事は誰にも言っていなかったし……俺自身、こうして奴の目の前に立つまでは、心のどこかで間違いであってほしいと願っていた。
「気付いていたのか、魔王の正体が私だと」
薄暗い部屋に、魔王の重く静かな声が響く。
エリー達も聞きたい事があるのだろうが、今は空気を読み、押し黙ってくれている。
「……最初に違和感を覚えたのは、エリーから魔物についての説明を聞いた時だ」
正確には聞いた直後というわけではなかった。
だが冷静になって考えてみれば、不自然な話だった。
「魔物は数年前、突然に現れ始めた……そんな事ってあるか?」
突然変異によって特異な生物が生まれることは確かにあるかもしれない。
だが、魔物達の発生は明らかにそのような規模ではなかった。
「後で気になって、正確な発生時期をエリーに聞いたんだが……それは偶然にも、アンタが俺の前から姿を消した時期と一致した」
「…………」
「そして魔物共が駒ヶ根玉を知っていた事……。いよいよ偶然とは思えなくなった」
「…………」
魔王は何も語らない。
ただ静かに話を聞いている……。
「…………なに黙ってんだよ……! 勝手に居なくなって! こんなとこで何してんだって聞いてんだよ!!」
駒ヶ根玉を構える。俺は今から……親父を殺すのだろうか?
いや、今更迷っている様じゃ駄目なんだ。
俺達はそのために、数多の犠牲を乗り越えてここまで来た。
「お前に私は殺せない」
「何が私だよ、喋り方まで変えやがって……いい歳してイテェんだよっ!」
覚悟は決めた。
身内の不祥事には……俺が始末をつける!
「オラッ!」
「…………」
駒ヶ根玉を投擲するが、もちろんこれは様子見だ。
親父は俺以上の職人。確実にかわされるか、防がれるだろう。
……しかし、予想外の事が起きた。
「……なっ!?」
「そんな……完璧に当たったのに!」
「キイテナイ!?」
俺の予想に反し、玉は魔王に直撃した。
しかし、無傷。
あり得ない。ガフラスとかいう魔物も攻撃が効かなかったが、あれは奴の能力だ。
魔王は、人間のはず。
「おいおい……まさか人間やめちまったのか?」
「いいや? 私はお前と同じ……ただの駒ヶ根玉職人だよ」
ニヤリと笑う魔王に――
――俺の中で、何かがキレた。
「仕事も俺も放り出してこんな世界に逃げやがった奴が……職人面すんじゃねぇッ!!」
もう躊躇なんてしねぇ! こいつだけは……絶対に赦さん!!
「エリー! 構うな、アイツの腐り切った根性ごと焼き尽くせ!」
「……分かったわ!」
駒ヶ根玉は効かなかった……。奴はまだ俺の知らない技術を持っているのかも知れない。
だが! この世界特有の存在である、魔法なら!
「……どうだっ!?」
「……お前らにも、私は殺せない。アキラ以上にな」
魔法でも無傷。
どうなってる……いや、まだある!
「姫ちゃん! 光属性魔法だ!」
「……! 分かりましたっ!」
真っ白な光が部屋中を駆ける。
目も開けられない程の光の洪水。これで駄目なら……いや! 王族にしか使えないというこの魔法が、鍵に違いない!
「はぁっ……、はぁっ……」
「違う。それは本来防御のための魔法だ」
「そん……な……」
これも違う……!?
……いや、そうじゃない。それ以前に――
「なんでてめぇが……そんな事知ってんだ」
「……まだ気付かないのか」
まだ……気付かない?
「何の事だ……」
何を言ってるこいつ……? いや、まさか……。
「ヒントはとっくに出揃っていた筈なんだがな」
……まさか。
「――この世界そのものが、私の作った駒ヶ根玉なんだよ」
「そん……な……ことって……」
そういう事だったのか。
思えば不自然な事ばかりだった。
世界共通言語の日本語。
ひどく適当な町の名前。
ふわっとした、なんちゃって中世世界観。
駒ヶ根玉が作れない人々。
そして、奇妙なほど都合良く俺の元へと集った女の子達……。
「お前の後ろに居る少女達も、本来は私が仲間にするはずだったのだがな……」
「……待てよ、計算が合わねぇ……」
そうだ。だとしたら、そんな……!?
「いや待てアキラ……それだけは言うな」
「てめぇ……真性のロリコンだったのかっ!」
エリー達をかつてない衝撃が襲った。
恐らく皆忘れているだけで……何年も前、まだ幼き日。彼女達は既に、魔王と出会っていたのだ。
「……バレては、仕方ないな」
ガックリと肩を落とす魔王。
これまでのどんな攻撃よりもダメージが入っている事は間違いなかった。
「その通りだ。私はこの世界を創り、まだ幼かった彼女達に接触したが……幼すぎたのだ! 彼女達は私の仲間になるという発想がまだできなかった!」
「……てめぇの性癖なんざどうだって良い。だが俺の玉やこの世界の魔法が効かないカラクリも、これでやっと分かった……」
俺の駒ヶ根玉は、『この世界の物質』が使われている。
エリー達は、『この世界の一部』として創られた。
「駒ヶ根玉は、所有者を傷付けることが出来ない」
「その通りだ……。心はズタズタに傷付けられたがね」
消沈する魔王。
俺の怒りも……情け無さへと変わりつつあった。
「アキラ……どうするの?」
エリーが心配そうに問いかける。
自分達の出生の秘密を知り、もはや彼女一人では事の判断が出来ないのだろう。
「知らねぇよ。こんなクソ親父、殺す価値も……」
振り返ると、皆の顔が目に入った。
ここまで共に戦ってきた仲間達。
エリー、ドロシー、ミカ、サーニャ、そして――
「おい」
「…………」
その瞬間、思考が凍りついた。
一度は消えかけた怒りの炎が、再びメラメラと音を立てて大きくなっていく。
「世界を創っただと? 大したもんだな、流石は俺の親父だよ」
「…………」
まただんまりかよ。良い身分だな。
「さぞかし……立派な素材を使ったんだろうな」
「…………!」
ぶっ殺してやるよ。
「このクソ野郎がッ!! 母さんの遺体を使いやがったな!!?」
怒りに任せ、冷たい大理石の床を蹴る。
魔王は止めようともしない。俺はそのまま掴みかかり……奴の喉元に、駒ヶ根玉を突き付けた。
「無機物だけで何年も玉を保つのはあり得ない……。世界を創るなんて、豚や牛でもあり得ないっ!」
「無駄だ。私を……殺すことは出来ない」
同じ事ばかり言いやがる。
子供扱いしやがって……俺はてめぇが居ない間、ずっと修業続けてたんだよッ!!
「これは野村さんの駒ヶ根玉だ。元の世界で作ったのを修理した! だからてめぇの喉をかっ切れる!」
「……バカが。一から言わんと分からんのか」
口調こそ強がっているが、その額にはじんわりと汗が滲んでいる。
「私を殺せば、この世界は機能を停止するだろうが。私を殺せないというのはそういう事だ」
「…………」
「お前の仲間達……殺したくはないだろう?」
……救えねぇ。
「……現役なめんな」
「……!!?」
――魔王の首から……真っ赤な人間の血が飛び散った。




