魔王の正体 ―夜明け―
「――――!!」
広く豪奢な部屋。
天蓋のついた豪華なベッドで寝ている彼は、毎朝窓から射し込む日の光と鳥のさえずりによって目を覚ます。
だが、今日は違った。
空もまだ暗い夜明け前、彼は弾かれたように飛び起きた。
「これは……城の上空から!?」
彼の名はシノウ=ファースト。
アキラ達に魔王討伐を命じた、ファースト王国の王である。
一国一城の主ともあろう者が血相を変え、寝巻きを着替えることもせず部屋を飛び出し、衛兵達へ命令する。
「住民達を避難させよ!! 私の結界が攻撃を受けている!!」
「は、はっ!! 敵はどちらから!?」
「真上だ! 何処でも良い! この城から少しでも遠くへ逃がせ!!」
「……! 全員聞いたな! 急げ!」
兵士達が城下町へと散って行く。
この国始まって以来の危機だろう。四方からの襲撃に備えた訓練は行っていたが、真上からの攻撃など、微塵も想定していなかった。
「国王! お急ぎください!」
一人残った兵士が叫ぶ。
シノウは、何故かその場を動こうとしなかったのだ。
「……今……私が止めている」
「!? 私にも何か……、お力になれる事は!」
目には見えないが、この街は魔法によって作られたドーム状の防壁によって囲まれていた。
これによって魔物達の侵入を防いでいたのだ。
当然、どの国でもしている事……ではない。
「お前も逃げろ! 知っておろう、光属性魔法は我ら王族にしか使えんッ!」
思わず声を荒らげる。
傍目には分からないが、全魔力を防壁に集中し続けているのだ。
そのためシノウの体には……既に限界が近付いていた。
「……私は最後まで、王のお側に!」
「馬鹿者が……」
――そしてその限界は、容赦無く訪れた。
「アキラ、娘を…………頼んだぞ」
アキラが初めて訪れた街。
あの料理屋も、あの古道具屋も。
沢山の出会いが詰まったファーストシティは激しい閃光に包まれ――消滅した。
ミシェルは――夢を見ていた。
多くの人間が行き交う道。だが、彼らは皆一様にせかせかとしている。
見たことの無い高い建物、見たことの無い服装の人々。
これは……自分の記憶では無い。
場面が変わった。ここは……魔王城だ。
ミシェルの生まれ育った城。見間違うはずもない。
ここもすっかり閑散としてしまった。
お調子者のガフラスも居ない。自称四天王の馬鹿達も居ない。優しかったルシファーも居ない。
皆もう、何処にも居ない。
「……誰なのです?」
誰かが居る。あのあと逃げなかった連中の内の誰か。
カメル……サジタリウス? いや、彼らも先日逝ったのだった。
じゃあ、ミヘッグか……魔王様だ。
『………、…………!』
会話をしている。二人? いや、あれは……。
『よーし、この辺で良いよなエリー!』
「アキラッ!?」
驚愕と共に叫び声を上げ、ベッドから飛び起きた。
今の夢、少なくとも後半は……夢じゃない。恐らく無意識に、自身の『千里眼』が発動していたのだ……と、言うことは。
「奴等既に、魔王城に侵入しているのです!?」
再び目を閉じ、様子を探る。
最悪だ。ついにこの日が来てしまった。
逃げようと思えば間に合った。だが彼女は……暖かいベッドを失いたくなかった。
逃げれば野宿。まだ大丈夫、あと一日くらいと先延ばしにし、結局彼らの到達時間を見誤ってしまったのだった。
「……! 居たのです!」
アキラは何やら玉を取り出し、仲間達に説明している。
「駒ヶ根玉! 何をする気なのです!?」
会話を聞くため、視点を寄せる。
そして聞こえてきたのは、耳を疑う言葉だった。
『――って事で、これで魔王城を丸ごと吹っ飛ばすから』
「!!??」
『俺が床に置いたら周囲の破壊が始まって……3分くらいで大爆発するはずだから、俺達はその間に逃げる』
『相変わらず完璧な作戦ですわ、アキラさん!』
あの悪魔達は相変わらず、何とも楽しそうに恐ろしい計画を立てている。
そして今この瞬間、その絶望的な状況を把握している魔族はただ一人……ミシェルのみだ。
「ミ、ミヘッグに! 知らせるのです!」
大急ぎで部屋を飛び出す。
幸いミヘッグの部屋はさっき視た廊下とは反対方向。奴等と出くわす心配は無い。
ただ、問題は……。
「ミヘッグ!! まだ寝てるのですか!! 起きるのです!!」
まだ寝てるも何も、まだ夜明け前なのだ。
部屋のドアをどんどんと叩くも、中からの返事は無い。
「……! おりゃーっ!」
何もここで起きるのを待っている必要など無いのだ。
腐っても魔族。彼女はミヘッグの部屋のドアを粉々に蹴破った。
「ミヘッグ! 起きるのです!」
「んもう……なぁによ……」
体を強く揺さぶられ、ようやく目が覚めるミヘッグ。
眠たそうに目を擦っている。
「奴等が爆弾持ってきたのです!」
「だから、説明はちゃんと――」
「アキラ達がもうここに居るのです!!」
「……はぁっ!?」
寝ぼけていた頭が一気に覚醒し、両手でミシェルの肩を掴む。
「あんた昨日はまだ大丈夫って! それに爆弾って何よ!?」
「西棟一階の廊下なのです! お前のどこでもホールでどっかに放り捨ててほしいのです!」
事態を把握し西棟への時空穴を開いたミヘッグだったが、慌ててミシェルに止められた。
「何よ! 捨ててほしいんじゃないの!?」
「既に爆弾の周りがバリバリしてるのです! 近付けないのです!」
相変わらずのアバウトな説明だが、今は注意する時間も惜しい。
「……遠隔で穴を開くわ! あんたが誘導して!」
西棟の床面に、当てずっぽうで時空穴を開く。
玉から1メートルほどズレた位置だった。
「違うのです! もうちょっと右なのです!」
「右ってどっちよ! 私からは見えてないんだって!」
「あ~っ! えーっと!」
残された時間も分からず、爆弾の位置も見えず。
常人ならパニックになってもおかしくない状況の中、ミヘッグは……。
「――方角は!!」
冷静だった。
「東なのです!!!」
「っ!!!」
可能な限りの大きな時空穴を開く。
玉は――
「どう!?」
――無事、穴へと落ちていった。
「や……、やったのです!」
「っはぁ~~っ、疲れたっ!」
ホッと胸を撫で下ろすミシェル。
起き抜けに大仕事を片付けさせられたミヘッグは、後ろ向きにベッドへと倒れこんだ。
「でもあの穴、何処に繋げたのです?」
「分かんない、焦ってたからね。でも、ず~っと西の方の上空よ」
「西ならたぶん大丈夫なのです。奴等が大体滅ぼしたあとなのです」
と言って、はたと顔を見合わせる。
「「…………」」
「逃げよっか」「逃げるのです」
「……おかしい」
俺達は離れた場所で、今か今かと爆発を待っていたのだが……どうにも様子がおかしい。
「爆発! しないよ!?」
「…………楽しみだったのに」
困惑するサーニャに、落胆するミカ。
そして俺は、その両方だ。
「不発弾……?」
「ミニイッテ ミルカ?」
「まだ危険なのでは……」
今まで成功続きだった俺の作戦が失敗した事で、エリー達に動揺が広がる。
やっぱり……、こんな手では終わらせてくれないか。
「行こう」
再び城へと足を踏み入れる。
魔物の気配は無い。ただただ冷たい石の床を歩く、俺達の足音だけが響く。
「……!」
先程玉を置いた場所に着いた。
辺りの壁や床には激しく破壊された跡があるが、駒ヶ根玉だけが綺麗サッパリ無くなっていた。
「気を付けろ。まだ何か居るのかも知れない」
予想に反し、いくら探索を続けても襲われる事は無かった。
もぬけの殻。魔物達は皆逃げ出してしまったとでも言うのだろうか。
「……アキラ」
「あぁ。あとは……、この部屋だけだ」
他の部屋とは一線を画す巨大な扉。
間違いない。この中に、アイツは居る。
「行くぞ、皆。諸悪の根源……魔王の面を拝んでやろうぜ」
誰も声には出さなかったが、代わりに力強く頷いた。
そして静かに、扉に手をかける――。
「…………よく来たな」
「久しぶりだな……親父」
――――夜が、明けた。
最終決戦。




