月面より愛をこめて ~駒ヶ根色のキャロット・ショット~
地味に重要回。
まるでシリアスバトル小説みたいに見えますね。一見さん勘違いシリーズ。
「月が……綺麗ですね」
「えっ!?」
「え? 何かおかしなこと言いました?」
フィフスタウンの悪夢から10数時間、6人は春の夜空をゆったりと飛行していた。
今まで夜には地上に降り、交代で見張りをしながら睡眠を取っていたのだが、今夜からは駒ヶ根玉をオート操縦で低速低空飛行させながら眠ることにしたのだ。
ちなみに気になる安全面だが、「落ちた奴は自己責任」で満場一致だった。
「しっかし、今夜は満月か。確かに綺麗だなぁ、日本と違って空も澄んでて……えっ?」
そう、ここは日本ではない。恐らく地球でもないのだ。それなのに、空に浮かんでいるのは見慣れた満月。兎が餅をつく、誰もが慣れ親しんだ光景だったのだ。
「…………やはり、何か……」
「!? アキラさん! 魔物です!」
「!?」
こちらを見据え、高速で地上を駆ける魔物の姿。
反射的に玉を急降下させる。あわよくば押し潰そうとしたのだが、残念ながら直前でかわされてしまったらしい。
「よく見切ったな、あの下降速度を」
「お前達が……ルシファーを?」
鬼の様な赤い面、細長い尾、そして通常の魔物とは違う、人間のような背格好。間違いない、幹部だ。
「そうだ、俺達が殺した。何か文句があるのか?」
「奴が人間等に……些か信じられんな。先に言っておくが、その右手。無駄だぞ?」
「!?」
言い終わる直前、既に二発の駒ヶ根玉を投擲していたのだが、何故か完璧に読まれていた。
軽々とかわされ、二つの玉は魔物の後ろに生えていた木をへし折った。
「エリー、人参と紐を」
「何をしても無駄だ。策を練っても無意味だ。大人しく……」
「!?」
魔物は地面を蹴り、先程見せた速度で一気に詰め寄ってきた。
咄嗟に玉を投げるも、まるで分かっていたかの様に再びかわされる。
ドロシー達が魔法で援護するが、全て同様。背後からの攻撃までも完全に回避する。
駒ヶ根玉のストックは残り、一発。
「アキラ! これを!」
「サンキュー、エリー!」
「無駄だと言わなかったか?」
「いや、無駄なことなんて無い。悪いがお前の能力、もう分かったぜ?」
――――気付かれた?
私の能力、『未来視』。他人に意識を集中することで、その人物の数秒先の未来を視ることができる。
いや、仮に気付かれたとしても問題は無いのだ。奴等の動きは全て注意して視ている。油断は、無い。
「その証拠にお前の未来を教えてやるよ。次にお前が攻撃を仕掛けた時、お前は死ぬ!」
――――バレている! しかしやはり問題無い、奴の予言はハッタリだ!
あの男の未来は……残った玉を、何か加工しているな? 先程渡された人参と紐か。
そしてそれを……投げる、だけ? 苦し紛れか、妙に速度が速いが、知っていれば難なくかわせる。
周りの女共は警戒しているのか動かない! 私の勝ちだ!
「行くぞッ! 死ぬのは私ではなく、お前の方だッ!」
「うぉっ!」
――――最高速で仕掛ける。今までの速さが限界だと思っていたのか!? 驚いて体勢を崩しおったわ!
「……!」
「アキラさん!!」
アキラの放った最後の玉は……大きく軌道を外し、夜空へと吸い込まれた。
体勢を崩したアキラは仰向けに倒れ、敵に見下ろされている。
「終わりだ」
「……『宇宙速度』って知ってるか?」
「何?」
「物理学において、天体の重力に纏わる速度の事だ。物体の初速度が第二宇宙速度を超えると、その物体は地球の重力から脱出できる」
「だから何を……ハッ!?」
――――奴の未来……俺に向かって手を? 何!? 奴の手の中に突然、駒ヶ根玉が!?
「流石にそんな速度で投げることは人間には不可能だったからな。俺は駒ヶ根玉に、『誰かに投げられたあと、加速度を持つ』様にセッティングした!」
「…………!!」
――――なんだ……奴の手には玉……、私の体には……穴…………!?
「い、一体……! な、何をした……?」
「俺が狙ったのはお前じゃない、月だ。そして人参は加工に使ったのではなく、紐で縛り付けただけだ」
「! そう言う事だったのね!」
「…………分かんない」
「もちろん、紐が摩擦熱で焼け切れないようなセッティングも玉に施した。少し複雑だったが、あいにく俺はプロだ」
「いや……、分かるように話せ……も、もう、死ぬ……」
「俺は駒ヶ根玉を月に送った! そして現地の兎さん達に、玉を投げ返して貰ったんだ!!」
「…………!! ……!????」
「月面への玉の衝撃は、搗いていたお餅に吸収される! つまりあの人参は、兎さんへの協力報酬だったのね!」
「サスガダゼ アキラサン!」
「そして、投げ返された駒ヶ根玉はお前を貫き、俺の手に戻ったんだ」
「そ、そうか……駒ヶ根玉が所有者を傷付けない事を利用し……、地面へのダメージを……」
「!? 待て! 何故お前が駒ヶ根玉の性質を知っている!?」
「…………ぐっ!」
「おい待て! 死ぬな! ……おいっ!」
魔物は……最期に不気味な置き土産を残した。
この世界に、他に『駒ヶ根玉を知る人間』が居る可能性。
そしてそれは、かつてから抱いていたある疑念の答えになりうるものだった。
「どういう事なの……? ずっとアキラと一緒に旅して来た、私でさえも知らなかった情報を魔物が持っているなんて……」
「魔王……。やはり、お前は……!」
「……まさか! 未来視のカメルまでもが殺られるとは!!」
ヒロイン達、空気でしたね。最近魔法が決定打になる事が多かったので、今回はお休みです。




