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子宮の花  作者: 花南
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犯罪心理学者になった理由

 未練がましく持ってきたお菓子作りの道具をゴミ箱に捨てた。

 両親の形見と思っていたが、こんなものがあったところで両親が生き返るわけではない。それどころか今は自分しか食べる人間がいないのだということを思い知らされ、みじめになるだけだった。

 もうお菓子作りなんてしない。ふわふわのシフォンケーキとも玉子たっぷりのサブレともさようならだ。

「アッディーオ(永遠にさようなら)、僕の思い出たち」

 ギーはお菓子作りの道具たちに呟いた。今までありがとう、という思いをこめて。

「何……やってるんだ?」

 ふいに声をかけられて振り返る。薄い色素の茶髪に、青い目の男だった。まだ十代だろうか。もしかしたら二十になっているかもしれないが。

 少なくとも、今年大学四年生を中退して警察学校に入った自分よりも若いと思った。

「それ、お菓子の道具か?」

「他の何に見えるっていうんですか?」

「もしかしたら植木の道具とか、ジャグリングの道具かもとは思った」

 長年愛用していたギーにとってはケーキ型や麺棒はお菓子作りの道具にしか見えないが、人によってはステンレス製の鉢やバトンに見えるのだろうか。

「お菓子作りの道具ですよ」

「お前お菓子作れるのか?」

「ええ」

「うっそ!? 女の子でもないのに作れるわけ? すっげー!」

 青年は感心したように声をあげた。周囲の生徒がこちらをちらちらと見ている。目立つのはあまり好きではないギーは、声のでかい彼がもうちょっと小さな声で話してくれればいいのに、と思った。

「その道具捨てるのかよ、もったいない」

「いらないから捨てるんです」

「なんで学校のゴミ箱に捨てているわけ?」

「分別が面倒だったので」

「ものぐさだな。なあ、その道具の量から見ると相当上手なんだろ? 俺にも何か食べるもの作ってくれよ」

「何故あなたに作らなくちゃいけないんですか。それに僕はお菓子作りはやめるから、道具を捨てているんです」

「ええー……もったいない」

 それが彼、チェスター=クラークとの出会いだった。

 何度「お菓子屋さんになるのはやめたんだ。犯罪心理学者になるのだからあれはもういらないのだ」

と説明してもチェスターは納得しなかった。

「あんたは料理を作るのが好きそうだ」とか、「イタリアやフランスは料理が美味いんだろ?」とか言いながら付きまとう。

 邪険にすることもできない中途半端な性格が災いし、チェスターはどんどんギーの中に踏み込んでくる。

「俺ね、シカゴ警察のプロファイラーになるためにシカゴ警察学校に入ったんだ」

 説明を求めてもいないのにチェスターは勝手にそう言った。

「あんたはなんで犯罪心理学者になりたいんだ?」

 ギーとチェスターが通っているクラスは犯罪心理学を専門に教えるところだった。何故、という質問はチェスターにとっては当然の展開なのだろう。

 ギーは自分の両親を殺した犯人を捕まえるためと言うのがなんだか嫌で、チェスターがどうしてプロファイラーになりたいのか、という話題にすり替えた。

「そりゃあもう、悪い奴を捕まえるためでしょ。この世に悪がある限り戦うつもりだ」

「じゃあ悪がなくなったらどうするんですか? 失業ですか」

「悪は無限に生れてくるからその心配はない」

 アメリカならばたしかにそうだろう。単純といえば単純。純粋といえば純粋。チェスターは正義のために犯罪心理学を勉強していた。そしてギーは復讐のために犯罪心理学を勉強していた。

「なあ、日本のアニメでアンパンマンってあるだろ。あれのバイキンマンの心理ってどんなのか分析してみたんだけど」

 見る映画もアニメも、善と悪がきれいさっぱり分かれているものだけ。とてもわかりやすい男だった。

「つまるところ友達がいないのが原因だと思うんだよ。彼女も性格悪い女だしさ。まともな人間関係が築けないっていうの? 人間関係の礎がないから、仲間のいる人間……あ、パンに嫉妬するんだと思う」

「孤立しているのが原因だって言いたいんですね」

 人間の部分を律儀にパンと言い換えるチェスターにギーは言う。

「でもバイキンマンは可哀想ですよ。どこに行っても彼を見るとみんな逃げるし、主人公には殴られるし。あれは社会が産みだした悲劇だと思います」

「何言ってるんだよ。あいつが最初にもっとコミュニケーションをうまくとれるばい菌だったらアンパンマンが鉄槌を下す必要はないだろ?」

「彼はあのお話の中で一番印象的な挨拶していますよ。『ハヒフヘホ』と『バイバイキン』がんばっているのに酷いです」

 その日、ふたりは大真面目にアンパンマンとバイキンマンはどっちが悪いか談義した。周囲は何を話しているのかと笑っていた。

 万事がこの調子で真っ向から意見が割れるのだ。チェスターは主人公の味方、ギーは加害者の味方。

 最後チェスターは

「お前はどっちの味方かわからない」

 と言った。だが厳密にはどっちの味方なわけでもないのだ。


 チェスターは心を閉ざそうと決めていたギーを救った最高の親友だった。心に余裕が生れたギーは、そのうちお菓子を作る余裕も取り戻し、道具を買いなおした。

 チェスターはギーが焼くお菓子が一番美味しいと言った。たしかにアメリカの味付けよりは繊細なのは自負しているが、そこまで褒められると恥ずかしい。

 チェスターと過ごした警察学校での四年間は楽しかった。そうして学ぶこともたくさんあった。

 犯罪心理学者は復讐のために知識を使ってはいけないと思った。とても愛と悲しみが深い学問なのだ。

 そして去年、犯人も死んだ。

 復讐の目的がなくなった今、彼の言葉に対する答えが見つからなくなった。

 なぜ犯罪心理学者になったのだろう。

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