料理上手なあの人
「はい、できましたよ。特製カルボナーラです。椿は最近ダイエットしているみたいだから、野菜スープもちゃんと飲んでね。」
そう言って私の1つ上の彼氏、優吾はテーブルに料理をそっと置いた。
彼曰く、カルボナーラは火を通しすぎるとすぐに固まってしまうため、あらかじめソースをボウルで作っておき、茹で上がったパスタをボールに入れて絡めるのが失敗しないポイントらしい。
トングでくるりと巻かれ、形を整えられた黄金いろに輝くカルボナーラには黒胡椒に少しだけのバジル。できたてのパスタのいい香りが鼻をくすぐる。ああ、もう我慢できない。
「・・・いただきます」
「めしあがれ」
ニコリと笑いながら促す優吾に少しだけときめきながら、カルボナーラを食す。
「・・・美味しい」
悔しいが美味しいと言わざるを得ない。ボソボソした食感は微塵もなく、とろりとしたクリーム、ツルツルとした喉ごしの良いパスタが口内を蹂躙していく。やばい、たまんない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ごちそうさまでした」
「どういたしまして」
私が食事を食べ終わった後、優吾はようやく自分の分の料理を食べ始めた。
たまに、彼は私が食事を終えるのを待っている時がある。
以前、なぜ待っているのか聞いたところ、私が美味しく食べているか気になるから。と言われた。
ええ、満足しておりますとも料理上手な恋人様。心配する必要はありません。むしろ、もう少し腕を落としてください。私の立つ瀬がありません。
「椿はいつも美味しそうに食べるね〜」
そう笑顔で話す彼は矢島優吾、管理栄養士だ。今年で24歳になる。
今は学校で子供達の給食を考案したり、食育先生として、授業をしているらしい。らしいというのは、あまり職場のことを話さないから。もう少し頼ってくれてもいいと思うんだけどな・・・。
「たまには手を抜いてくれてもいいのよ。あなたの料理と比べると、私が料理しにくくなるじゃない。」
「椿の料理はいつも美味しいよ」
彼の表情は笑っていたが、目は真剣だった。こういう時、そんな目をしないでいただきたいです。
私と彼は大学時代の先輩後輩だ。サークルで出会い、彼からデートに誘われたのをきっかけに付き合い出した。言ってはなんだが、私はそこまで美人という訳でもなく、他の同級生と比べると、見劣りしていた。今もちょとだけコンプレックスなのは彼に秘密だ。
彼もそこまでイケメンという訳ではないが、180近い身長にスラリとしたスタイル、丁寧な物腰に料理上手で面倒見のいい性格から、隠れファンは結構存在した。彼には絶対に秘密だ。
付き合って3ヶ月ほど経った時「なぜ私と付き合い出したの?」と、決死の覚悟で聞いたことがある。その時彼は「う〜ん・・・」と1分ほど目を閉じながら考え「君がとても綺麗に、美味しそうにご飯を食べる姿がしっくりきてね」と答えた。
しっくりってなによ!?それに1分も考えないでよ!心臓壊れるかと思ったじゃない!と内心罵倒していたことは秘密にしない。年に1回くらいはそのことで盛り上がっている。
食事の作法を厳しく教えてくれたのは母だ。
心の中で土下座して感謝していたことを帰省した時に暴露して、母にドヤ顔されたのはいい思い出だ。
「どうかしたの?」
食後の熱い日本茶を啜りながら、彼が尋ねた。
「なんでもないわよ」
危ない危ない。また思考が飛んでしまった。昔から思考がよく変な方向に行って周りの人に迷惑をかけてたっけ。
小学校の担任の田中先生から「もっと集中しなさい!」て怒られていたっけ。先生元気かな〜。そういえばいつも一緒に怒られていた同級生がいたような・・・
「また変なこと考えてるでしょ」
いつの間にか彼の手にはお気に入りの本が開かれていた。
彼は生まれつき遠視持ちで、読書やパソコンをするときは黒縁のメガネをかけている。
いつもつけてていいのに。
「考えてないわよ。そういう優吾こそ、ちょっと猫背になってるわよ。いつもは姿勢良く本を読んでいるのに。」
「・・・よく見てるね。」
「彼女ですから」
えっへんと胸を張ると、読みかけの本を閉じ、優吾が苦笑いを浮かべた。
「まいったな〜椿にはお見通しか。」
「当たり前よ」
付き合って何年経ってると思うのよ。私が19歳の時に付き合い出して、今彼が24歳だから・・・あれ?もうそんなに立つのか〜。
「実は職場でトラブルがあってね。昨日はその解決に動き回ってたんだ」
「なるほどね〜」
全く、この人はすぐ自分で抱え込んじゃうんだから。もっと周りに頼りなさいよ。
「よし。今日はお姉さんがとことん話しを聞くことにします。さあ、洗いざらい吐き出しなさい。」
「いや、俺の方が年上なんだけど・・・」
「細かいことは気にしないの。じゃあ、今度は私が何かおつまみを作るから、リクエストをどうぞ。」
私だっておつまみくらいはできるのよ!さあ、なんでもいいなさい!
「じゃあ・・・卵焼きでお願いします。」
こいつ、私の唯一の得意料理をリクエストしてくるとは・・・悔しい。
「わかった。腕によりをかけて作るわ。」
そう言って私はエプロンをつけて台所へ向かった。
その時にちらりと見えた彼の横顔が、微笑んでいたように見えたのはきっと気のせいだ。
前作とは少し違うテイストで書かせていただきました。
料理を美味しそうに食べる姿は、男女関係なく、微笑ましいものがありますよね。