第7話 原校と文研部 前編
「ここが原校ね……」
次の日霊夢達は、慎に渡された地図を頼りに一足早く学園に来ていた。
今は全員制服に身を包み、魔理沙は帽子を外している。
「なんかこの世界の施設って、何もかももの凄く大きいよなぁ。」
「そうですか?まあ、この学校が一際大きいのはそうですけど。」
「早苗はもとはこっちの人間だもんな。」
「はい。」
「さっさと入るわよ。」
校門を通り、玄関へ入る。
指示された通り、彼女達は職員室へ向かう。
早苗が数回ノックしたあと、中に入る。
「失礼します。今日から編入する者なのですが・・・」
「お、来た来た。こっちよ。入っていらっしゃい。」
中にいた一人の女性が、霊夢達を手招きする。
それに従い、一行は職員室へ入る。
「えーと、黒髪のあなたが博麗霊夢さん、のあなたが霧雨魔理沙さん、緑髪のあなたが東風谷早苗さんね。」
「あんたは?」
「私はあなたたちの担任になった、霜月天音よ。よろしくね。」
出迎えたのは、和服に身を包み、扇を携えた女性。
高天原学園高等部古典教師、霜月天音。
「とりあえず、私相手だからまだいいけど、基本他の教師には敬語を使いなさい。とくに『アンタ』呼ばわりはアウトよ。」
「わかった。努力するぜ。」
「しかし、慎もかなりの厄介ごとを押し付けてくれたものね……いきなり3人もウチに放り込むなんて。」
「慎と知り合いなの?」
「ああ、慎はウチのクラスだし、それにアイツが小さかった頃なんかは、よく一緒に遊んでたのよ。」
「そうなの。」
「それより、もういい時間ね。色々と渡すものがあるから、ついてきてちょうだい。」
この後職員室を出た一行は別の部屋で生徒手帳やらIDカードやらその他もろもろを受け取る。
丁度諸々の説明が終わったタイミングでチャイムが鳴り、一行は慎達のいる『H2-3』の教室へ向かった。
霊夢達を送り出して数分後、慎と彩愛も学校へ向かう。
その朝、廊下にて。
「おはよう、如月君、弥生さん。」
彼らに声をかける男子生徒。
四角い眼鏡をかけ、目に大きなクマを作っている。袖から見える腕はまるで骨に直接皮が貼ってあるような、不健康な瘦せ型。
「おはよ、拓海くん。」
「おう、疋田か。」
彼は疋田拓海。慎達とは別のクラスの生徒である。
拓海「いつも思うんだが、あんな"雪風"の挿み方は無いと思うよ?あれなら誰だって予測回避不可避だよ。」
「その予測回避不可避の雪風を予測して回避してるのは誰だよ。」
「その後のコンボで必ずと言っていいほど体力削りきられるからね。嫌でも体で覚えるよ。」
拓海と慎はほぼ毎晩のようにボイスチャットしながら格闘ゲームで対戦している。
今のところ、勝率は俺が7割強で疋田が3割弱。
「ねえ、わたしはどうだった?」
ゆうべは彩愛も対戦に参加していた。彩愛の使うキャラは彼女と名前が同じで、勝てなくとも使うこと自体が楽しいタイプである。
「君はもう少し、特殊ゲージの使い方と管理をしっかりやってみようか。ここぞというときにあと一歩足りてない。」
「慎くんと同じこと言われた……。」
「つまりはそういうことだ。ところで、さっきから高橋がお前の事呼んでるが、行かなくていいのか?」
「本当かい?それじゃあ、僕はここで失礼するよ。」
拓海は、廊下の奥で笑顔で手を振っている女子の下へ走っていった。
傍からみれば相思相愛。当人らに自覚は無い。
慎達が教室へ入るなり、待ち受けていたかのように二人に声がかかる。
「お、きたか。おはよう、二人とも。」
「おはよ、栞里ちゃん!あと、勇太くんも!」
「あ、弥生さん、おはよう。」
彩愛に挨拶をした男子生徒は斉藤勇太。
色々あって、事実上今は慎の下僕扱い。
本人は隠しているつもりらしいが、彩愛に好意を持っているのは傍からみれば一目瞭然である。
なお、彩愛は気が付いていないようである。
「なあ突然だが、机と椅子が3個ずつ増えている。気にならないか?」
「多分俺が増やした。3人ほどこのクラスに放り込んだからな。」
「あ、そっか。霊夢ちゃん達だね。」
「ほう、彼女らがここにくるのか。これは、また楽しそうだな。」
「なあ慎、まさかそいつら・・・」
「ああ、全員文研部に放り込む予定だ。」
「まじかよ……」
「なんだ?嫌か?」
「いや、なんつうか、俺にもよく分からん。」
「そうか。」
チャイムが鳴り、それと同時に担任の天音が入ってくる。各自それぞれの席へ着席。
座席の増加から、一部の生徒は転校生の存在を推察。それによるざわつきもあった。
「ハーイ静かに。それじゃ、ホームルーム始めるわよ。日直、号令。」
「起立。礼。着席。」
「5月入ったばかりだけど、編入生を紹介するわ。3人とも、入ってらっしゃい。」
教室内がざわつく。転校生は本当に来るのだ、と。
幻想郷人3人の自己紹介教室内から歓声が上がる。3人のルックスは学校でも確実に上位のものであり、ほぼすべての男子は転校生の存在に歓喜、それを女子は冷ややかな目で見ていた。
「なに、これ……。」
「やりました!1日でクラスのアイドルですよ!」
「あんまりややこしいのは御免だぜ。」
「はい静かに!!!」
天音の一言で、教室が静まり返る。
「じゃあ、3人の席はあそこだから。ちゃっちゃと座る。」
天音は一番後ろの列を指さし、着席する3人。
そこに至るまでの数メートルの間、絶え間のない男子の視線が刺さっていた。
「来てそうそう何なのよ……。」
「それが学校だ。諦めろ。」
たまたま霊夢が座った隣の席は慎。ぼやきを拾われる。
そのままホームルームが終わる。当然の如く3人は質問攻めにあう。
早苗は嬉しそうに返しているが、霊夢と魔理沙は困惑気味だ。
幻想郷うんぬんの話を始めるといろいろ大変になるため、3人は予めこの時のための回答を慎、彩愛とともに用意していた。
3人は長野出身で、向こうでも知り合いだった。今は叔父さんの提供している家に住んでいる。
こう答えれば、面倒事は回避できるはずだった。
常識を意図的に無視する巫女が口を滑らすまでは。
「東風谷さんて、どこに住んでるの?」
「今は霊夢さんと魔理沙さんと一緒に、慎さんの所にお世話になっています。」
「おまっ、バカっ!」
「えっ?あっ!」
喧騒が静まり。
視線が慎に集まる。
「早苗ったら予想どうり過ぎて、もうむしろ呆れたわ。」
慎は顔では平静を見せ、心の中で頭を抱える。
予想できたなら先に言ってほしかった、霊夢に対して1の残念感。
必要のない問題を生み出した早苗に、100の恨み。
「おい、どういうことだ如月。」
「弥生さんだけに飽き足らず、他の女にまで手を出したのか!」
「おのれ……なんとうらやまけしからん!俺と変われ!」
「ま、まさか、毎晩あんなコトやこんなコトを……」
「文月、鼻血でてる。」
「とりあえず黙れ腐月。」
だが、慎には勝算があった。
なぜなら、普通の授業間の休憩時間が10分なのに対し、こちらは5分。そして。
「あと10秒で鐘が鳴るが、立っているやつ全員は人体実験希望者ということで間違いないな?」
次は生物の授業。その教科担任はとても恐ろしいとされている。
師走九重。
桜色の髪にロング、眼鏡をかけていて、常に白衣を纏ってるおり。
高等部3年に彼女に改造されたサイボーグがいるという噂があり、人体実験という言葉を冗談に受け取る生徒は極めて珍しい。
そんな彼女の一声で、野次馬が一気に散る。
「なんだいないのか、残念だ。日直、号令。」
「起立。礼。着席。」
授業が終わり、昼休み。霊夢達や彩愛、そこに栞里や勇太が加わり、大勢で食事をしていると。
放送・天音「高等部2年3組如月。高等部2年3組如月。職員室霜月のところまで来なさい。繰り返す。高等部2年~」
「なにかあったんですか?」
「なんかっつうか、『また』なんかあったのか?」
「寺島か。意外と早かったな。」
「ああ、一昨日の。」
「そうだ。ちょっと行ってくる。」
慎は弁当の残りを20秒ぐらいで完食し、教室を後に職員室へと向かう。
「慎、アンタにお客だよ。」
「そんな気はしてた。」
天音が先導し、応接室へ向かう。中には、一昨日救出された男の子とその母親と思しき女性。
「あっ、如月先輩!」
「元気そうだな、少年。」
「あなたが乾ちゃんを……ありがとうございました。」
「あなたは?」
ソファに腰を掛け、慎は尋ねる。
「私、乾介の母親の、寺島由紀恵と申します。
この度は、うちの乾介を助けていただき、ありがとうございます。」
「……はぁ。どうも。」
慎は極力表情を隠し。
そして、心の中で彼女を侮蔑していた。
乾介の大切なものを、有無を言わせず廃棄する。
乾介の意思を無視し、『教育』という名の『調教』をしている。
そんな彼女を、慎は心の底から嫌悪していた。
「……息子さんがご無事で何よりです。それじゃ。」
「待て待て、折角お礼を言いに来てくださってるんだ。そう邪険にするもんじゃない。」
これ以上この女の顔を見ていたくない。
ソファから立とうとする慎。それを諫める天音。
「それで、お礼、なんですけど……。」
乾介が切り出す。
「先輩の、お手伝いって、ダメですか?」
「俺の手伝い?」
「はい。霜月先生に、お礼は何がいいか聞いたんです。そしたら、先輩は物を欲しがらないって聞いて。だったら、お手伝いしようかなって。」
「具体的には?」
「それは…まだわからないけど、僕にできることなら。」
「ふむ……。」
慎は考える。
彼が主立って行う暴走態の鎮圧。小学三年生の乾介には、彼が戦力として期待できる要素はない。
だがここで断れば。『それ以外のお礼』を次々ぶつけられることになる。
彼自身乾介に何も望んでいない以上、『これならいい』というお礼は無く、またこれ以上寺島由紀恵と関わりたくなかった。
故に。
「天音、入部届を持ってきてくれ。コイツを文研部に入れる。」
「お前は教師を何だと思って……。まあいい。そういう事なら、少し待っていろ。」
この一度で要求をのみ、関係を最小限に留めること。
「あの、文研部って何ですか?」
「この学園は小学三年から部活に入れるのは知ってるな?」
「はい。」
「お前にはそこで俺を手伝ってもらう。」
慎は乾介、と一応隣の由紀恵に文研部の説明をした。
『文化研究部』、通称文研部。内容はその名前の通り、『さまざまな地域の文化に関する研究と考察』。
表向きはこうなっている。実際は文化の研究など微塵も行っていない。学園祭の時、慎と天音とで研究成果を『でっちあげ』、掲示する。
では他の部員や学園祭以外の時期は何をしているか。何もしていない。
やっている事といえば、たまに生徒からの『依頼』をこなす。文研部はそのために部室をもらう口実である。たまに報酬で金銭が絡むため、表立っての活動は出来ない。
その傍らで暴走体の鎮圧をやっている。学園の内外問わず、『能力』を持つものは多いため慎が出張る必要は本来ないが、栞里が正義感を基にしつこく慎を駆り出すため、事実上活動の一部となっている。
慎はそんな文研部の部長であった。
「それって、なんか凄いですね!分かりました!僕、文研部に入ります!」
「そうか。」
「いや~、やっぱり先輩は凄い方だ!まるで探偵じゃないですか!表では活動を隠し、裏では人助けをしているなんて!」
「こんな方を手伝えるなんて、僕はなんて幸せ者なんだ!」
「そいつは何よりだ。」
実際のところ、依頼の解決も暇つぶしで、慎には善意などかけらもない。それを何を勘違いしたのか、勝手に文月が持ち上げ、部活にしてしまった。
面倒な覚えられ方をされてしまった。
この学園は、部の設立には部員の人数は関係ない。部長と副部長の2名と顧問。これだけいればいいのだ。
入部手続き諸々も終わり、4人は応接室から出る。
「この度は、本当にありがとうございました。」
「ええ、帰り道はお足もとに気を付けて。」
「それでは、失礼します。」
「それじゃ、お母さん。」
「ええ。」
由紀恵が去っていく。
その後ろ姿に、"二度と顔を見せるな"と念を送る慎。
「それで、僕はどうすれば?」
「放課後、Hエリアの二階にある、『文化研究部』と張り紙のある空き教室がある。そこで待機していろ。」
「鍵は私が開けておこう。」
「分かりました。それじゃ、またあとで。」
乾介が教室に戻っていくのと同時に、昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴る。
もうちょっとだけ、続くんじゃ。