第43話 動かない大図書館
今思えば、あの時彼女と知り合えたのは幸運だった。
魔法に関する知識が全くない私達に、力を貸してくれた。
それに、彼女がいなければ、私の大切な生徒の1人が命を落とすところだった。
科学者である私としては魔法は否定しなければならないのだろうが、あの頃はなりふり構ってられなかった。
彼女の協力によって完成した、術式機構。そして第零式拘束機関。
まさか破られるとは思いもしなかったが、あの時あの状況下では最高の発明だっただろう。
もう一度会えるのならば、ゆっくりお茶でも飲みながら話でもしたい。
2019年 8月 16日 金曜日 朝
科学部部室
健次郎「おはようございます。」
九重「おはよう。」
夏休み中であり他の科学部員が皆帰省しているため、他の生徒が来ない科学部。
本来は健次郎も休みたかったのだが、様々な要因から休むことができなかった。
九重「ブツは持ってきたか?」
健次郎「ああ、はい。」
九重「どれどれ?」
九重は健次郎が差し出したビニール袋の中身を確かめ、そして大きな綿菓子の袋を受け取る。
九重「うむ。確かに。」
九重「それで早速だが、『検証したいこと』がある。いや、『記録したいこと』か。」
健次郎「来て早速朝からか……それで、何をするんです?」
九重「昨日お前たちがいちゃついていた商店街付近の路地裏で、空間の歪が観測された。その調査だ。」
健次郎「別にいちゃついていた訳ではないのですが……『空間の歪』?」
九重「この街全体に敷いている、私の3次元観測調査システム。まぁ面白い物が観れないものかと設置していたのだが……」
健次郎「いつのまにそんなものを……」
九重「まぁ聞け。本来暴走体の研究を行うために敷いた観測機だが、『起こりえないエラー』が起きてな。」
九重「私の観測機は、範囲内のあらゆる個所に観測するための3次元の『不可視の軸』を無数にばらまき、それに重なった物質を常時データとして私の機械にフィードバックするものなのだが……」
九重「ゆうべの19:30頃、『軸が歪む』という事が起きてな。実際には目には見えないし触れないものだから、どうしたものかと。」
健次郎「その『空間の歪』とやらは今もまだあるんですか?」
九重「いや、消えている。とりあえず、何がおかしかったのかは行けばわかる。」
健次郎「分かりました。」
九重「うむ、よろしい。先に車に乗っていろ。」
高天原・街中
茜「今日もケンジは部活か……ジムにでもいくかな。」
夏休み中の高校生である茜は、お盆も重なり部活もなく、特に予定もないため、街をぶらついていた。
キャー!
すると、何処からともなく女性の悲鳴が。
茜「今の……悲鳴!?」
悲鳴を聞きつけ、その場所に急行する茜。自前の足の速さもあり、5分もかからずにたどり着いた。
まず目に飛び込んだのは、かろうじて人間と分かる肉の塊。
そしてそれを足蹴にする、狼男。
さらにそれを目の前にして、震えながら涙を流す女性。
女性「タカシ……タカシが……」
茜「タカシ……?どうかしましたか!?」
茜は女性に駆け寄る。
女性「タカシが……あの化け物に!!!」
指を指した先には、狼男。
信じたくは無いが、あの肉の塊が『タカシ』なる人物なのだろう。そう判断した茜は、顔を少ししかめた。
グリム「フン。まぁ人間の割には中々だったな。しかし、この世界の人間は皆魔法を使わないのか?」
茜「お前……何者だ!?」
グリム「俺か?俺はグリム。前いた場所では狂犬と呼ばれていたな。」
茜「逃げてください。」
女性を立ち上がらせ、庇うように立つ。
そして鞄から篭手を取り出し、右腕に嵌める。
女性「は、はい!!!」
茜「貴様、なぜ殺した!!!目的はなんだ!!!」
目の前の狼男に、抱いて当然の疑問をぶつける。
グリム「理由などない。戦いに理由が必要か?」
茜「何……?」
しかし帰ってきたのは、想定のはるか斜め上の答えだった。
グリム「人間は弱い。だから戦いに意味を求める。」
茜「だったらなんだ!!!」
グリム「俺は生きる為に戦う。戦意が俺の糧となる。」
茜「何だと……?」
グリム「目の前に餌があったから喰った。ただそれだけだ。貴様ら人間が動物の肉を喰うのと何ら変わらん。」
茜「貴様……」
グリム「人間は他の種族を狩るのに、他の種族は人間を狩ってはならない。その価値観は狂っているとは思わないか?」
茜「なんでもいい……ここで貴様を止める!!!」
この化け物を放って置いたら、後に大変なことになる。
茜はそう判断し、目の前の化け物に挑む。
グリム「今度はお前が相手か……来い。相手をしてやろう。」
茜「ッ!!!」
一瞬でグリムの背後に回り、空中からグリムのうなじに回転蹴りを打ち込む。
しかし微動だにせず、グリムは立ち続ける。
茜「効いてない!?」
グリム「……どうした?そんなものか?」
茜「……このッ!!!」
今度はグリムの前面に回り、鳩尾に右ストレートを当てるが。
グリム「効かんな。」
しかしそれでも、ダメージは認められない。
茜「このッ、このッ、このッ、このッ、このッ!!!」
何とかダメージを与えようと、グリムの顔や腹、様々な部位に可能な限りの蹴り、殴りを加えるも、グリムは全く効いているそぶりを見せない。
グリム「……終わりか?なら、こちらから行くぞ。」
茜「はぁ、はぁ、はぁ」
グリム「フン!!!」
茜「ッ!!!」
格闘ゲームなら98hit位してそうな連打を打ち込み、息が切れた茜に、グリムが左の回転蹴りを決める。
かろうじて右腕の篭手で防ぐも、その衝撃で吹き飛ばされる。
着地時に足が変な角度で着地したため、右足を挫き、さらにそのままアスファルトの上を転がる。
茜「ぐッ……」
グリム「お前はだだ速いだけだな。人間の割には。」
茜「まだまだッ……」
グリム「この俺に挑んだその勇気に敬意を表して、せめて一撃で葬ってやろう。」
グリム「ブラックホーク……」
グリムが腕を大きく振り、黒いオーラを身にまとう。
そして。
茜「ここまでか……ケンジ……」
グリム「スティンガー!!!」
拳を前にした高速の突進が、茜を襲う。
「土水符『ノエキアンデリュージュ』」
しかし、衝撃は茜がいくら待っても来ることは無かった。代わりに感じたのは水しぶき。
グリム「グウウウ……邪魔が入ったか。」
グリムは横に大きく吹き飛ばされており。
「どうして現代に妖怪がいるのかしら。」
そして、昨日の祭りで出会った、紫髪の少女がいた。
紫髪の少女「本を調達するつもりが、まさか妖怪と出くわすとはね。」
茜「あなたは……」
グリム「貴様、何者だ……?」
紫髪の少女「通りすがりの魔法使いよ。別に覚えなくてもいいわ。」
グリム「魔法使い……つまりは魔導士か。面白い。貴様から先に喰ってやろう!!!」
紫髪の少女「元気な子犬だこと。あまり体力は使いたくないのだけれど……」
グリム「グルルルァアア!!!」
グリムは少女にとびかかる。
が。
茜「危ない!!!」
紫髪の少女「金木符『エレメンタルハーベスター』」
少女の周りに現れた歯車の形をした刃が、狂犬の特攻を阻止する。
グリム「こんなもの!!!」
それを拳や足で強引に砕くが。
紫髪の少女「日符『ロイヤルフレア』」
新たに宣言される技により、少女を中心に火の玉が形成され。
それは徐々に大きくなり、やがてグリムを飲み込む。
グリム「グオオオオッ!!!」
それでも無理矢理突っ込んでくるグリムに対し。
紫髪の少女「火金符『セントエルモピラー』」
少女の手の平で形成された、より温度を高めたバスケットボール大の火の玉をグリムに撃ち込む。
グリム「グアアアアァアッ!!!」
全身を高温で焼かれ続けたグリムは反応することができず、超高熱の火の玉により吹き飛ばされる。
グリム「グウウ……」
茜「強い……あんな能力もあるのか……」
「機械転生起動!!!」
グリム「ハッ!?」
そして体制を立て直そうとするグリムに、突然現れたロボットの拳が迫る。
グリム「フン!!!」
しかしその拳は、蹴り上げられたグリムの足によって砕かれる。
健次郎「茜、大丈夫か!?」
茜「ケンジ、それに九重先生!?どうしてここに!?」
九重「車から襲われるお前が見えたからな。化け物め。私の愛車を壊しよって。」
グリムに拳を振るったのは、ロボットにされた九重の車であった。
グリム「増援か……興が削げた。」
グリムはどういうわけか、焼け焦げた皮膚を再生させながらその場を去った。
茜「助かった……のか?」
健次郎「大丈夫か?立てるか?」
茜「右足を挫いてな、肩を借りれるか?」
健次郎「ああ。」
健次郎が茜に肩を貸して立たせているそのそばで、九重は少女に話しかけていた。
九重「生徒が世話になったな。礼を言う。」
紫髪の少女「……」
九重「……あの?」
話しかけるが、反応が無い。
紫髪の少女「……むきゅー」ぱたん
反応を待っていると、少女が倒れた。
九重「!?おい!?しっかりしろ!!!」
科学部部室
紫髪の少女「……ん?ここは?」
気を失った少女を連れ、健次郎と茜、九重は、科学部の部室に戻っていた。
先程戦闘があった場所の近くにあった自動販売機を九重の能力で自動車に組み替え、戻ってきたのだ。
健次郎「私達の部室だ。そこらの病院よりは薬があるからな。」
紫髪の少女「あなたは昨日の……そうだ、本は?」
茜「あの時の荷物は、全部ここに。」
紫髪の少女「全部ある、よかった……」
九重「気分はどうだ?」
紫髪の少女「……魔法を少し使いすぎたかしら、まだちょっと気分が悪いわ。幻想郷と違って魔力が空気中にないのを忘れていたわね……」
紫髪の少女「もうちょっと休んでいてもいいかしら。」
九重「ああ、構わない。」
紫髪の少女「ありがとう、もう大丈夫よ。」
九重「そうか。世話になったな。」
紫髪の少女「?なぜあなたが礼を言うの?」
九重「生徒が世話になったからだ。」
茜「助けてくれてありがとう。あの時助けてくれなければ、私は……」
健次郎「私からも礼を言う。ありがとう。」
紫髪の少女「たまたまよ。」
健次郎「金剛寺健次郎だ。こっちは私の担任の、師走九重先生。」
九重「師走だ。」
茜「行成茜だ。名前を教えてもらえないだろうか?」
紫髪の少女「パチュリー=ノーレッジよ。」
茜「パチュリーさんか、ありがとう。」
パチュリー「だからいいわよ。それより……」
パチュリー「あの妖怪、前からいたの?」
茜「妖怪?ああ、あの狼男か。確か『グリム』と名乗っていたな。」
健次郎「グリム?童話作家か何かか?」
茜「ここらでは見たことが無いな。」
九重「暴走体だとしても、そもそも何が暴走したらああなるのかさっぱり見当がつかん。」
パチュリー「『暴走体』?」
健次郎「暴走体とは……」
青年説明中……
健次郎「……というものだ。」
パチュリー「成程、付喪神みたいなものね。」
パチュリー「あの妖怪からは強力な魔力を感じたわ。現代に魔法はもう遺って無いし、『暴走体』とやらじゃなさそうね。」
健次郎「暴走体じゃないとなると、アイツは一体……」
ピンポンパンポーン
放送・教員『師走先生、師走先生。お電話が来ております。至急職員室までお戻りください。繰り返します。師走先生……』
グリムに関する考察の最中、九重を呼び出す校内放送がかかる。
九重「電話?すまん、行ってくる。」
パチュリー「妖怪が結界を超えた?でもそんなことはあのスキマが許すはずもないし……」
ピンポンパンポーン
呼び出しは、九重だけではなかった。
放送・教員『霜月先生、霜月先生。お電話が入っております。至急……』
放送・教員『山根先生、山根先生。お電話が……』
クラスの担任を受け持つ教師が、次々に呼び出される。
茜「……なんだこれは?電話来まくりじゃないか。」
健次郎「いたずらか?ちょっと聞いてみよう。」
茜「ちょっ、それ犯罪じゃ……」
九重の電話の内容を聞くため、健次郎は部室のPCを操作する。
すると、PCのスピーカーからは九重の通話の様子が流れてきた。
電話・九重『只今変わりました、師走です。』
通話相手『あ、もしもしこちら高天原学園付属御神楽総合病院の井坂と申します。』
電話・九重『病院?何の用でしょう?』
通話相手『実はですね、先生のクラスの生徒さんが大怪我をして救急車で運ばれてきたのですが……』
通話相手『『井上幹俊』君はあなたのクラスで間違いないですね?』
電話・九重『井上が……?』
通話相手『詳しいことは病院でお話ししますので、来ていただけないでしょうか?』
電話・九重『はい、今すぐ行きます。』
通話の終了を確認し、PCによる盗み聞きも終了する。
健次郎「幹俊が……?」
茜「井上がどうかしたのか?」
健次郎「大怪我で病院に運ばれたらしい。」
茜「あの空手部の井上が……?事故か?」
健次郎「さぁ、そこまでは分からん。病院からの連絡だったのでな。」
茜「そうか……。」
ガララララッ。
九重「どうせ会話を傍受していたのだから知っていると思うが、井上が怪我したらしいので病院に行ってくる。」
健次郎「そうですか、分かりました。」
九重「どうやら他のクラスの生徒も結構病院送りになっているみたいだな。抗争でもやってるのか?」
九重「とりあえず、帰るときはしっかり鍵をかけて帰るように。」
健次郎「わかりました。」
茜「さようなら。」
九重「ああ。」
鞄を持って、九重は退室していった。
パチュリー「……これは……」
健次郎「どうした?」
パチュリー「感じるわ。アイツの魔力よ。隠す気が無いみたいね、ダダ漏れだわ。」
パチュリー「しかしこのレベルになると、実力者クラスね。どうして今まで幻想入りしなかったのか不思議なくらいだわ。」
茜「実力者クラスって、どれくらい強いんだ?」
パチュリー「そうね……相手を死に誘ったり、不老不死だったり、運命を操作出来たり、相手のトラウマを強制的に穿り返せたりとか……」
茜「……人間なのか?」
パチュリー「今言ったのはみんな妖怪よ。吸血鬼だったり、亡霊だったり。」
健次郎「……なぁ、これらの怪我人、例のグリムとかいう狼男のせいではないだろうか。」
パチュリー「ありえるわね。何を目的としているか分からないけど、ここまで魔力を使うなんて、それこそ戦争でもない限り……」
茜「まさか……」
健次郎「逃げてきて何だが、様子を見るくらいはしておいた方がいいかもな。」
パチュリー「行くの?」
健次郎「ああ。もし奴がこの街を襲っているなら、私は止める。故郷を見捨てるほど腐っているつもりはないからな。」
茜「なら私も!!!」
健次郎「お前は足を挫いている。休んでいろ。」
パチュリー「一体何があの妖怪の魔力をブーストしているのか……パワースパットでもあるのかしら。」
パチュリー「私もあの妖怪に興味がわいたわ。」
健次郎「一緒に来るのか?」
パチュリー「まだ現代での魔力のコントロールがうまくいってないの。だから、サポートをお願いするわ。」
健次郎「分かった。」
茜「二人とも……」
健次郎「後でお前を迎えに来る。その足じゃ一人で帰れんだろう。」
パチュリー「よし、行きましょう。」
健次郎「ああ。」
そして茜1人を残すように、2人も部屋を後にした。




