第41話 Mr.knuckleman!!!
観測者の独り言
『シュレディンガーの猫』の話を知っているかい?
これは今の人類の間では割と有名な思考実験の話なんだけどね。
ある箱に、猫を閉じ込め、中身を観測できないように密閉する。
そしてその箱に致死性のそこそこある毒ガスを充満させる。
さて。箱の中の猫はどうなるか。
当然、『毒ガスに耐え切れず死ぬ』か、『耐え切り生き残る』かのどちらかだ。
しかし、それは箱を開けてみるまで分からない。
このことから、ちょっと前の学者はこう考えた。
『この箱の中には、『猫が生きている可能性』と『死んでいる可能性』が共存している』とね。
ちょっと違う?そんな話はこの際どうでもいい。
ここから先はボクの勝手な蛇足だけど。
箱を開け、結果を観測した瞬間、世界は『猫が生き残った世界』と『死んだ世界』に分岐する。
『生き残った世界』の猫は、この実験から放たれ、自由に天寿を全うするか、あるいは他の実験で今度こそ殺されるか。
思考実験の登場人物だから存在しない訳だけど、少なくとも『死んだ世界』の猫よりは絶対に長生きできる。
仮に、仮にだよ。そう、仮にだ。
『死んだ世界』の猫が、『自分の死』を観測ることができたとして。
『生き残った世界の』自分も観測ることができたとして。
『生き残った世界』の自分を、今の自分にトレースすることができたとしたら。
その猫に『生きたい』という意思があったとするなら。
可能性の壁を越え、平行世界の自分を自分に映せる。そんな存在がいるとしたら。
その身に降りかかるあらゆる不幸を観測たうえで、それでも因果に抗う存在がいるとしたら。
……悲しい話だとは、思わないかい?
放送・慎『100m走!』
咲夜「ふっ……」
モブ「は、速い……」
モブ「まるで瞬間移動のようだ……」
Time・0・0058秒
放送・拓海『パン食い競争!』
妖夢「他の生徒に見とれて最下位って……」
栞里「だって、こう……エロくない?」
勇太「おっさんかお前は」
放送・沙織『た、玉入れですっ!』
智美「わたくしの得意分野ですのっ!」
悠理「宮~、入んないよう~」
宮「まだまだ!行っけークマさん!」
クマさん「!!!」
放送・慎『というわけで、描写しきれなかったものを含む数々の競技を終え、次が最後だな。』
放送・沙織『おもいっきり端折りましたね。』
放送・拓海『さて、ここまでの協議で、数々の高等部のクラスが頑張ってきたわけだが、』
放送・拓海『なんと奇跡的に、どのクラスも次の協議で優勝かどうかが決まる状況にあるらしいね。』
放送・慎『ああ、奇跡的にな。』
放送・沙織『話の展開の都合とかじゃ……』
放送・拓海『何か言った?』
紋章蟲「――――」ブーン
放送・沙織『ごめんなさいなんでもありませんなにもいってません』
放送・拓海『そうかい?ならよかった。』
放送・慎『さて、次の協議、まぁ最後の競技であるが、夏目。説明を。』
放送・沙織『はい。最後の協議は『騎馬戦』ですね。』
放送・沙織『馬に3人、その上に1人の4人で組んでもらい、それを1クラス3セット、計12人に出場していただきます。』
放送・沙織『方式は全クラスバトルロワイヤルで、上に乗っている人が地面に落ちたら失格となります。』
放送・沙織『また、クラスのなかで最初に3つの騎馬を失格にした騎馬は『将軍』となり、将軍が失格になった場合、そのクラスの騎馬は全員失格となります。』
放送・慎『つまり、調子に乗れば責任を負わされるわけだな。』
放送・拓海『勝手に特攻して将軍になって自滅でもしたら目も当てられない訳だね。』
放送・沙織『さらに、騎馬を組むにあたって、女子は参加できません。』
放送・慎『残念だったな。ポロリは起きんぞ。』
放送・拓海『同時に、負けたとしても女子のせいにできないね。男子諸君はせいぜいプライドを護るようがんばってくれ。』
モブ(男)「「「ちくしょおおおおおおおおおお」」」
モブ(男)「「「今年こそはポロリを拝めると思ったのにいいいいいいいいいい」」」
栞里「でも……男たちが汗まみれになって取っ組み合う……イイ!!!」
魔理沙「何がどう『イイ』のかさっぱりだぜ。」
霊夢「だいたい栞里がどんな趣味してるのか分かってきたのが悲しいわね。」
勇太「それで……俺、休んじゃだめか?」
モブA「決まってんだろ。キャプテンがサボってどうするよ。」
栞里「騎馬に乗るのは、勇太、剛、あとは……京介、頼めるか?」
モブB改め桜井 京介「わかった。やってやろう。俺はかーなーり、強いからな。」
勇太「俺が上に乗るの?勝算が見えないんだけど。」
モブC「お?流石文研部、早速勝つ腹積もりか。」
勇太「いや、俺が出て負けたら慎に何されるか分かんねぇからさ。」
勇太「で、どうやって勝つんだ?誰を将軍にする?」
剛「ううむ、京介どの、肉弾戦に心得は?」
京介「格闘技は習ってないが、喧嘩なら負けない。慎には負けたけど。」
早苗「勇太さんは?」
勇太「いや、全く。」
モブC「でもこないだの体育の時、4組と合同で柔道のトーナメントやったらベスト8に入ったよな。」
勇太「流石に柔道部には勝てねって。」
妖夢「ちなみに、1位は?」
モブA「いわずもがな如月だよ。」
妖夢「ああ……」
京介「ま、俺はベスト4だけどな。」
モブC「斉藤が負けた相手に負けたんだよな。」
京介「いいんだよ今はその話は。」
モブD「とりあえず、ウチのクラスの戦闘力は平均以上って事?」
霊夢「そうなる……のかしら?」
魔理沙「そのトーナメントって、男子何人いたんだ?」
モブE「40人ちょっとだな。」
霊夢「なら、そこそこ戦えそうね。」
勇太「まあ作戦なんざ、動いてから立てりゃいいか。よく分からねぇし。」
彩愛「勇太くん、頑張ってね!」
勇太「お、おう……。ありがとう。」
剛「ぃよぅし!!!皆の者!!!勝鬨を上げるでござるよう!!!」
H2-3ほぼ全員「「「エイ!!! エイ!!! オー!!!」」」
そして、場面は移り、騎馬戦は中盤から終盤に差し掛かったところ。
H2-3のクラスは未だ一人も脱落しておらず、剛が果敢に攻め、京介が撹乱し、そして勇太がアシストする。
しかし勇太もただうろちょろしていた訳ではなく、他の騎馬同士がぶつかり合っているところを奇襲して漁夫の利を得たり、たまたま打ち出した拳が相手の鳩尾に入りノックダウンするなどして、気が付けば将軍になっていた。
将軍になった勇太を守る様に立ち回る剛達。いつの間にか、残るはH3-5、その2体の騎馬のみとなっていた。
他の3年のクラスは、ほぼ無双していた健次郎の騎馬隊によってほぼ壊滅していたのだが、馬の健次郎が上の人物を落とさぬよう力学的無双演武を使い磁力で縛りつけるように支えていた所、体の不調を訴えあえなく降参。
さらに健次郎の騎馬は将軍にもなっていたため、その時点で他の騎馬もアウト。勇太たちとぶつかることなく終わった。
放送・慎『さて、残るは2クラスだな。』
放送・拓海『如月君がいないとはいえ生き残るとは。2-3の底力も侮れないね。』
放送・沙織『数の上では2-3の方が有利ですが、実際はどうでしょう?』
放送・拓海『体格や戦術の面では、3年の方が有利だろう。しかし、ミスターナックルマンこと斎藤君には先ほど相手を1撃で仕留めた黄金の右手がある。』
放送・拓海『桜井君のしぶとさや獅子神君の相手を翻弄するような騎馬の上での身のこなし。まだまだどう転ぶか分からないねぇ。』
放送・沙織『ミスターナックルマン?』
放送・慎『今現在進行形で賑わっている原校高等部のインターネット掲示板で、斎藤に付いた二つ名だな。』
放送・沙織『はぁ……』
放送・拓海『さて、ではこの2クラスの戦い、最後まで見守ろうじゃないか。』
そして戦場(学校のグラウンド)では、二つのクラスの騎馬隊が横並びになり、互いににらみ合っていた。
勇太「誰がナックルマンだ!!!変な渾名つけるな!!!」
京介「別にいいじゃねぇか。そんなに変じゃねんだから。」
モブA(2-3)「さて、どうするよ。後残ってんの3年だけだぞ。」
モブE(2-3)「担いで走って、俺らももう結構疲れてるから、これまで通りにはいきそうにないな。」
モブα(3-5)「もうあの金剛寺はいねぇ!!!俺達の勝ちだ!!!」
モブβ(3-5)「後はあの2年の将軍を倒せば……」
剛「こうなれば、一人ずつ確実に……」
勇太「いや、多分獅子神の馬の末光のスタミナが持たない。相手は分断しないと勝てないだろうな。」
モブD改め末光 歩「そ、そんなこと……」
モブC(2-3)「言う割にさっきから膝めっちゃ笑ってんじゃねぇか。」
勇太「3対1で倒したとして、その後で戦う体力が残ってるとは思えない。」
剛「言われてみれば、競技が始まった頃より少し安定しないというか……」
京介「よし、俺が左の方をやる。お前たち2人はあっちの将軍をやれ。」
剛「何と!?相手は3年でござるよ!?いくら京介殿でも1対1というのは……」
京介「安心しろ。俺はかーなーり、強い。」
勇太「分かった。行くぞ、皆!!!」
2-3騎馬隊「おう!!!」
剛「うむ!!!ここまで来たなら、腹を括るでござるよぅ!!!」
モブα「よっしゃ!!!行くぜぇ!!!」
モブβ「証明してやるぜ!!!3年より優れた2年などいないってなァ!!!」
3-5騎馬隊「「「オオーーーッ!!!」」」
慎「さて、動いたな。」
拓海「どうなると思う?」
沙織「3年のあの将軍の方、資料によると馬の3人はアメフト部のようですね。もう片方も上に乗ってるのは柔道部。条件的には不利ですね。」
慎「どんなに硬い鉱石にも必ず砕ける起点となる『石目』が存在する。対人戦においては、お互いに理不尽な能力でも持ってない限りどう転ぶかわからん。」
沙織「なるほど……って、この内容なら、放送切らなくてもよかったのでは?」
拓海「状況を分析し常に適解を打ち出す如月君が真面目に考察すると、それは互いの作戦を筒抜けにしているのと同じ。」
拓海「特にこの局面だ。互いに手札が見えているのは、フェアを通り越して勝負そのものがつまらなくなる。見る側も、戦う側もね。」
沙織「はぁ……」
慎「この場合、斎藤達がどう相手を崩すかが肝になるな。」
拓海「いくら将軍を倒せば勝てるとはいえ、3対2ではむずかしいだろうね。」
慎「俺なら将軍に二人ぶつけて、もう一人を足止めにするかな。」
沙織「あ、動きました。」
慎「斉藤がどう動くか……だな。」
そして、にらみ合いは終わり、二つの騎馬はぶつかり合う。
モブα「うおあああああああッ!!!」
モブβ「将軍はもらったーッ!!!」
京介「させるかァーッ!!!お前の相手は俺だァーッ!!!」
3年のモブが一気に勇太に攻めかかるも、片方を京介の騎馬が抑える。
二つの騎馬はぶつかり合い、京介とモブβは取っ組み合う。
モブα「アメフト部を舐めるなよッ!!!」
剛「お主こそ、文研部を舐めるなでござるゥ!!!」
モブ(2-3)「おおおおおおおッ!!!」
勇太「こうなったら……なるようになれッ!!!」
そして勇太たちの騎馬もまた、将軍であるモブαと衝突する。
彩愛「みんなー!がんばれー!」
栞里「応援もしたいが、この男同士がもみ合っている光景も捨てがたい……」
魔理沙「おっしゃー!行けー!蹴散らせー!」
モブβ「ムエタイ部舐めんなぁああああ!!!」
京介「軽音楽部舐めんなぁああああ!!!」
歩「あっ、もう無理……」
モブD「おい末光!?」
剛の騎馬がモブαの騎馬とぶつかった瞬間、剛の馬であった歩の足が限界を迎える。
膝から崩れる歩につられ、剛の馬も崩れ落ちる。
モブ(剛の馬)「おい末光!?」
剛「歩殿ッ!?ええい、こうなれば……とう!!!」
剛は崩れ落ちる馬から、モブαにとびかかる。
剛「ふんぬうううぅぁああ!!!」
モブα「なっ!?離れろッ!!!」
放送・沙織『とびかかってますけど、あれアリなんですか?』
放送・慎『『上に乗っている人が地面に落ちたら失格』だからな。『何の上に』とまでは指定していない。地面に付かなきゃいい。』
放送・拓海『ルールの穴を突いてきたね。これも作戦の内だと思うかい?』
放送・慎『いやあれただのアクシデントだろ。どう転ぶかは……見てのお楽しみか。』
剛「離すものかぁ!!!」
モブα「離せやゴラァ!!!」
3年の馬の上で、剛とモブαが激しく取っ組み合う。
剛は体を結構鍛えており、そう簡単には振り落とされない。
そして剛がモブαの背中に飛びつき、思い切り重心を後ろにかけることにより、モブαの姿勢が大きく崩れる。
剛「勇太殿ォ!!!今でござるよぅ!!!」
勇太「ハアアァァァアアアアッ!!!」
さらに剛の掛け声で、勇太の馬はジャンプ台となり、そして勇太はモブα目がけて跳躍する。
モブA「行けーッ!!!」
モブD「やれーッ!!!」
モブA、D、Eの手の平と膝によって勢いを増した跳躍によって、硬い拳を携えた勇太はモブαを捉え。
モブα「お前も跳ぶのかよッ!!!」
一般の男子高校生よりかは若干硬い拳が。しっかりと3年アメフト部の背中に足を付け踏ん張りの効いた拳が。
勇太「ブレイブ・インパクトォーーーッ!!!」
ジャンプによるブーストの乗った、ただの16歳男子の拳が。3-5将軍の左頬にめり込む。
勇太「セイッハーーーーーーッ!!!」
モブα「ぐぼぐるぁっ!?!?!?」
そして思い切り拳を振りぬけば。モブαの体は宙を舞っていた。
勇太「あ、やべ」
しかし勇太の体の勢いもなくなっている訳ではなく。そのまま……
剛「勇太殿ッ!!!」
落下することもなく、地面に立っていた剛の両手によって支えられ、脱落せず。
モブβ「」ぽかーん
京介「……っし!!!」
その光景をみて取っ組み合ったまま固まるモブβ、右腕で軽くガッツポーズを作る京介。
放送・慎『勝者ァ!!!』
無言で拳を揚げる勇太。
放送・慎『ミスタァアアアアアアアアアアアアアア、ナックルマァアアアアアアアアアアアアン!!!』
放送・慎『2年3組、斎藤勇太ァアアアアアア!!!』
沸く観客(他の生徒)。
モブ(他の生徒)「「「ウオアアアアアアアアアアアアアアァッ!!!」」」
疑問を抱くモブ。
モブ(モブαの馬)(((俺達、何でステージみたくなってんだろ。)))
3人の馬は、モブαの騎馬から、いつしか勇太をたたえるステージと化していた。
そして、表彰や閉祭式も終わり、翌日。
朝・原校H2-3の教室
慎「まさか優勝するとはな。」
勇太「ホント、俺もびっくりだよ。」
彩愛「優勝できたのは、間違いなく勇太君のおかげだよね。」
教室では、昨日の体育祭の話題で持ちきりだった。
勇太「い、いや、そんなことは……」
栞里「そんなことはあるぞ勇太。あそこで跳ぶなんて並大抵の人が思いつくことじゃない。」
早苗「やっぱり勇太さんも文研部なんですね。」
勇太「どういう意味!?」
剛「拙者のアシストも中々だったであろう。な!!!慎殿!!!」
慎「どうかな。俺なら本体じゃなく馬に飛びついて崩してたかな。」
剛「何と!?」
霊夢「残念だったわね。」
魔理沙「しかし意外と勇太って度胸あったんだな。」
剛「意外って……」
咲夜「決まってたわよ。『ブレイブ・インパクト』。」
剛「ああああああああそれはもう忘れてくれええええええええ」
妖夢「まあまあ……。」
ガララララッ。
天音「よーし席に就け。出席取るわよー。」
かくして。
この体育祭により。
今まで文研部員それぞれについていた校内での異名『どうあがいても追いつけない人間かどうか怪しい姫のナイト』『中等部から連続4年ミスコン優勝の姫』『百合も薔薇もノーマルも何でも来いの変態文学少女』『美少女ぞろいの転校生』『何もしなくても暑苦しい男』に加え、『ミスターナックルマン』が新たに付けられることとなり、文研部の中で唯一低かった勇太の知名度も跳ね上がったとか。
慎「よかったじゃないか。知名度が上がって。」
勇太「不本意だ……。」




