第2話 悪者とヒーロー
「っつつ……ったく、いきなり何だってんだ?」
少女は、見知らぬ場所で目が覚めた。
黒い三角帽をかぶり、藁箒を手に持った、いかにも『魔法使い』という出で立ちの少女。
白と黒の服を着た少女の名は、『普通の魔法使い』霧雨魔理沙。
「紫のヤツめ、いきなりケンカ吹っかけてきやがって。しかも無言で。一体何考えてんだ?」
魔理沙は懐から八角形の魔法陣が描かれた『八卦炉』を取り出し、軽く光らせる。それを確認して、魔理沙は頷く。
「よし、八卦炉はちゃんと動くし、箒も折れてない。しっかし、ここはどこなんだ?」
そこでようやく気付く。ここは、魔理沙の知っているどの場所でもなかった。
少なくとも、今目覚めてからもたれかかっていた『鉄の箱の置物』なんて、幻想郷には存在しない。
立ち上がり、現代では"自動販売機"と呼ばれるそれを観察する。
「何だこれ?えーと、これは……お茶やら水やら書いてあるな。で、この光ってるのは何なんだ?」
「130円……値段か。お茶一杯で百三十円は流石に露骨だな。こいつ絶対商売下手だろ。」
幻想郷ならば、普通お茶一杯はだいたい二銭ぐらいだ。百三十円もあれば数年は働かなくていい。
また、算用数字が使われているのも幻想郷では珍しい。
「ぼったくり茶屋の看板か。にしては凝ってるな~。光らせるのはいいセンスしてると思うぜ。」
あちこち箱を見回していると、こんな表示を見つける。
設置場所 ○○県御神楽市高天原○条○丁目
故障した場合の連絡先 最上ホールディングス株式会社 △△△‐△△△△
そして気付く。ここは幻想郷じゃない。
結局、ここは、どこなのか。
しかし、まずはここがどんな所かを知らなければ。魔理沙は適当に箒で飛び回って、あたりを把握しようとする。
そして箒に跨って初めて気付く。魔力がほとんどない。これでは、空を飛んでもすぐ落ちてしまうだろう。
ここに飛ばされる数刻前、霊夢同様に紫からの襲撃を受けていた。逃げ回ったり反撃しているうちに、かなり魔力を消費たのだろう。
残りも少ない。おそらく、マスタースパーク一発分といったところだろう。
「しかたない、歩くか。」
歩き出し、最初の分かれ道に出る。しかし、何と歩きやすい地面だろうか。硬く、平らに均されている。色が灰色というもの見るのは初めてだ。魔理沙はここが幻想郷ではないことを深く実感した。
これからどうしたもんかと考えていると、視界の外から声がかかる。
「魔理沙……さん?」
「えっ?」
その声に驚き、振り向く。
そこにはその声の主がいた。
「早苗!?」
そこには、『祀られる風の人間』東風谷早苗がいた。
「もしかして、魔理沙さんも紫さんに襲われて?」
「ああ、パチュリーに本を借りに行く時にな。途中で襲われた。っつーか、『も』って事は……」
「はい、私も人里での布教活動に行く途中に、山の中で……」
「そうか……しっかし、ここどこなんだ?」
「たぶん現代ですね。私の住んでいた町とは違うみたいですけど。」
「現代?」
「要するに、外の世界です。」
「なるほどな……そういやお前、外から来たんだったな。あ、そういえば。」
「どうかしましたか?」
「お茶一杯百三十円ってのを見たんだが、あんなぼったくりに引っかかるやついるのか?」
「ぼったくり……?……ああ、適正価格ですよ。幻想郷での一銭は、こちらでの70円くらいですから。」
「へぇー、ってことは落ちてる小銭拾うだけで大金持ちか。たまには外に出てみるもんだな!」
「まぁ間違いなく幻想郷がインフレまっしぐらですけど♪」
幻想郷と現代の貨幣価値で一喜。
「それで、魔理沙さん……」
「ああ……これから、どうしようか……」
現実を思い出し、一憂。
「まずは……そうですね。お宿を探しましょう。」
「そうだな。そんで、金は?」
「踏み倒します。」
「まぁ、しかないわな。」
二人は、路地を進んでいった。
しばらく歩き、二人は大通りへ出る。
歩きながら、魔理沙がぼやく。
「しっかし、本当に困ったなぁ。どうしようか。」
「そうですね。このままでは、お夕飯も食べられないかもしれないです。」
「そりゃキッツいぜ……こちとら紫とやりあってヘトヘトの腹ペコだってのに。」
「さすがにこっちじゃ幻想郷のお金は使えませんしね……」
「困ったもんだよなあ……」
すると、後ろから声をかけられる。
「よう姉ちゃん、イカした格好してるじゃねえか。」
「ちょっと俺らと遊んでかない?」
振り向くと、ガラの悪そうな男が二人。
ガムを噛み、チェーンをくるくる振り回す、「いかにも」な不良である。
「すいません、今私たちお金なくて……」
「お小遣いぐらいあげるし、ゴハンおごるから。な?」
「ってかそのコスプレ超イケてんじゃーん!」
「マジか!?」
「マジマジ。どう?遊んでいこうよー。」
願ってもない話である。飯にありつけるうえ、活動資金も手に入る。
幻想郷で生きてきた魔理沙は、この男達に不信感は抱かなかった。
「いいぜ。ついてってやるよ。」
「さすがにちょっとは疑いましょうよ……」
「考えてもみろ。たしかに見た感じガラ悪そうだけど、飯も食えるし金も手に入る。一石二鳥じゃねえか。」
「そうですけど……何か嫌な予感がするというか……」
「細けえこたぁいいんだよ。折角親切な人を見つけたんだ。無駄にする選択肢は無いぜ。」
「は、はぁ……」
普通なら大通りに逃げ込むべきシチュエーション。
ただ、そんな常識は彼女らにはなかった。
「おっ、遊んでくれる感じ?」
「コスプレ女子お二人ごあんなーい♪」
「よっしゃ、釣れた!」
「釣れた?」
「いやいや、気にしなくていいよ?」
「どうかしました?」
「いや、なんでもないよ。それよりさ、取りあえずあっちに入ろうよ。」
男の一人が、暗い路地裏を指さす。
「何でだ?」
「ほら、こんな所で俺らみたいなヤツが女の子にお金あげてたらさ、おせっかいな連中がうるさいからさ。」
「ふぅん、そうなのか。現代ってめんどくさいんだな。」
「ささ、ほら、こっちこっち。」
男に促され、彼女ら4人は路地裏に入った。
その様子を、遠目で見ていた二人組がいた。
「ねえ慎くん、あれって……」
連れ込まれた二人の少女を案じ、隣の少年に声をかける少女。
「只のナンパだろ。体が目的の。」
特に騒ぐ理由もない、といった雰囲気で返す少年。
「だよね、じゃあ助けないと!」
「ほっとけほっとけ。関係ない話だ。」
「関係があるとかないとかなんてどうでもいいよ!慎くんは酷いことされてるのを放っておけっていうの?」
「どうでもいい。」
「もう、またそんなこと言って。いいもん、私一人でも行く!」
そういって、少女は路地裏めがけて走り出す。
「おい彩愛!ったく、仕方のない……」
そして少年もまた、路地裏へ走り出す。
路地裏に連れ込まれた魔理沙たちは。
男達から暴行を受けていた。
頬は貼れ、服は破け。
紫の襲撃を受け疲労がたまっていた二人は、反撃ままならずにされるがままであった。
「っ!お前ら、何で!?」
「お前らホントにタダでお金もらえると思ってたの?」
「んな都合のいい話、あるわけねーじゃん!」
「まあ俺達を満足させてくれるんなら、少しは考えるかもしれないけどな。ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!」
男達は地に伏した二人を眺め、下卑た笑いを上げていた。
早苗の『嫌な予感』が的中たのであった。
逃げようにも、やり返そうにも、体力が無い。
男の一人が、早苗につかみかかる。
「グへへ、巫女さん、いただきまーす♪」
「いやっ!やめてください!」
「嫌よ嫌よも好きのうちってか?グへへへ」
「早苗ェ!」
「あんまり大声出すなよ。人が来ちまうだろうが。」
「むぐっ!?」
魔理沙はに口を塞がれ。早苗は服を脱がされ始め。抵抗する力さえなく。
現代の洗礼に、二人は心が折れかけた。
「アヤメキーック!」
「ぐはあっ!?」
その暴行は、一人の少女の飛び蹴りによって終幕となる。
早苗を脱がしていた男が、大きくよろめく。
突如二人の眼前に現れたその少女は、あられもない姿となった早苗に手を差し伸べ。
「大丈夫?怪我はない?」
「は、はい……」
二人にとって、一筋の光が差し込んだ。
「手ん前ぇ、なにしやがる!」
「邪魔すんな!」
早苗を掴んでいた男が、少女に襲い掛かる。
振り上げられた拳が、少女に向かっていく。
少女は怯むことなく毅然と立ち。
そして、その拳が少女に当たることはなかった。
「……彩愛に手は、出させない。」
少女の眼前15センチ。
横から少年が男の手を掴み、拳が止まっていたからである。
「なっ!てめえ、どっから!てか離しやがれ!」
「……フン。」
そのまま手を捻り。
「うおおおっ!?」
「せぇい!」
背負い投げた。
そのまま硬い地面に叩き付けられ、男は倒れた。
所詮は不良。受け身をとれるはずもなく。
アスファルトにたたきつけられ、そして掴まれた腕は肘が逆方向に曲がり。
見事なまでに無様な沈み方であった。
「手前ぇ……舐めてんじゃねえぞ!」
別の男が、少年に殴りかかる。
「緩い。」
「ぐぼっ!」
カウンターがみぞおちに入り、男は気を失う。
「さて。一回り年下に一方的にやられる気分はどうだ?」
「馬鹿にしてんじゃねぇぞクソガキが!」
もう一人の男、少女に蹴り飛ばされた方、が後ろから少年に掴みにかかる。
その男を少年は壁のように使って駆け上がり、頭を踏み台にして一気に跳び上がる。
「!?」
「視界が狭い。」
少年を見失った男。その側頭部に、落下する少年が空中回し蹴りを叩き込む。
男は脳を揺らされ、気を失う。
「こんなもんか。」
「クソガキが、よくもやってくれたなぁ……。」
「まだ息があったのか。」
投げられた男が、膝をついて起き上がる。
「セリフが一々小物だな、お前。」
「決めた!殺す!今すぐブッ殺す!」
「そうか。出来ればいいな。やってみせろよ。」
男は懐からナイフを取り出し。
「死いいいいいいいいねええええええ!」
少年に向かって走り出す。
「殺意が足りない。」
少年は突き出されたナイフを相手の腕ごといなし、真下から掌底をみぞおちに打ち込む。
持ち上げ、抉り込むように打ち込まれた掌は、そのまま男を空中へ浮かし、
「重心が、高すぎる!」
空中にいる男を、高めの後ろ回し蹴りで叩き落とす。
「てめぇ……覚えてろ……」
断末魔を上げ、男は気を失う。
「断る。面倒だ。」
少年は軽く肩を回し、何事もなかったかのように少女の方を向く。
突然現れた少年と少女に呆気を取られ、魔理沙と早苗は体が動かなかった。
「これで満足か?彩愛よ。」
「うん、手伝ってくれてありがとう!あっ、そうだ!あなたたち、怪我とかない?」
声をかけられ、二人は声の出し方を思い出す。
「あ、ああ、大丈夫だぜ。」
「ありません。助けていただき、ありがとうございます。」
「それはよかった。私、弥生彩愛。で、こっちが……」
「……如月慎だ。」
「如月……?」
「どうかしたか?」
「い、いえ、どこかで聞いたような気がしたのですが、よくわかりません。」
「そうか。」
「私は、霧雨魔理沙だぜ。」
「東風谷早苗です。本当に先ほどは、ありがとうございました。」
「東風谷」という姓。緑髪の少女。
慎には思い当たることがあった。
そして、それは当たってほしくないと、彼自身思っていた。
「いいっていいって。困ったときはお互い様でしょ?」
「はい、その通りですね♪」
「うん、だから気にしなくいいよ。それより、なんでこんな見るからに危なそうな人たちに付いていったの?」
「そ、それは……」
「いやぁ、実はな?」
と、魔理沙達は幻想郷から来たこと、幻想郷のこと、今お金がなくて困っている事等を説明した。
「幻想郷、か。……聞き覚えはない。」
「うーん、そうだ!ねぇ慎くん!」
彩愛は何かをひらめき、キラキラした目で慎の方を振り向く。
「却下だ。」
ぴしゃりと。
「え~~!?私まだ何も言って無いじゃない!」
「どうせ『二人をウチに泊めてあげようよ!』とか言うつもりだったんだろう。顔に書いてある。」
「え~いい~じゃな~い!困ってるんだから、助けてあげないと!」
「百歩譲って、見ず知らずの人間を『暴行から守る』のはまだ認めよう。だが、泊めるとなれば話は変わる。大体部屋はどうする?研究室は使わせんぞ。」
「それなら、お父さんとお母さんの使っていたところを使えばいいよ!お母さんもきっと、ただずっと空き部屋にされるよりは、人の役に立ったほうが嬉しいはずだよ!」
「あの、別に無理しなくても、無理なら無理で、他を当たりますので……」
「何言ってんだ早苗、せっかくのチャンスだしがみつこうぜ!」
「大丈夫!私に任せて!大体慎くんは、いっつもいろんな人に冷たすぎだよ!あのときだって~」
「得るものがないなら、俺には動く理由がない。大体お前は~」
助けに来たと思えば、目の前で痴話喧嘩が始まる。
二人はただひたすらに気まずいのであった。
「えっと、私たち、どうすればいいんでしょう・・?」
「面白そうだから眺めてようぜ。」
訂正。魔理沙は気まずくなかった。
「もう行きましょう、私耐えられません!」
「あっおい、なにするんだ、寝床と飯がそこにあるんだぞ!」
早苗は、この気まずさから逃げるべく、魔理沙を引っ張り路地を出ようとする。
「待って!あと少し!もうちょっとだから!ほら慎くん、考えてみてよ。例えば~」
しかし失敗に終わる。
諦めて気まずさに耐えること約20分。
「助けられるのに助けられなかったら、わざと見捨てたみたいで寝覚めが悪いでしょ?お金は毎月お父さんが使い切れないような額を振り込んでくれてるし、二人の安全性は私が保証する。目を見ればわかるよ。二人は悪い人じゃない。ねぇ、いいでしょう?」
「……わかった。好きにしろ。」
「ありがと!やっぱり慎くんは優しいね!」
満面の笑みを見せる彩愛。
深いため息をつく慎。
「そういうわけだ。お前ら家に来い。」
「いいんですか?」
「うん!困ってる人がいたら、助けるのに理由なんていらないよ!」
「家賃は家事手伝いだ。」
「もちろん、よろこんで!やりましたよ魔理沙さん!」
「ほら言ったろ?やっぱ粘って正解だったな。」
思わぬ形で寝床と食事が手に入った二人。
早苗はいわずもがな、魔理沙も口ではなんだかんだ言いつつ二人に感謝していた。
「さて、帰るぞ。とんだ寄り道だった。」
「そうだね。それじゃあ、私たちのお家へ、レッツ・ゴー!」
こうして、4人は路地裏から大通りへ戻った。
丁度道の反対側。魔理沙と早苗がよく見知った顔がみえた。
「なあ早苗、あれって……」
「どうかしました?ってあれ、霊夢さんですか?」
「どうかしたか?」
「いや、実はもう一人幻想郷から来たヤツがいたみたいなんだ。」
「そうなの?じゃあ、慎くん!」
「……ハァ。もう好きにしろ。」
「魔理沙さん、呼んでみましょう!本物なら気付くはずです!」
「そうだな、せーのっ」
二人は大きく息を吸い込み。
「おーーーい、れーーーむーーー!」
「霊夢さーーーん!こっちでーーーすよーーー!」
紅白の巫女装束きた少女は、驚いた顔で振り向いた。
どうも、観測者Sです。読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、文章量を前回の倍ぐらいにしてみましたが、いかがでしたでしょうか。
さて今回は、魔理沙と早苗が出てきましたね。『幻想の勇者共』なので、霊夢だけではありません。お金の話が出てきましたが、昔、明治時代の頃は、一般的に初任給が8~9円ぐらい。今とは全然「1円」の価値が違うことが伺えますね。
それでは、また次回も読んで頂けると嬉しいです。文に誤字脱字、違和感等ありましたら教えていただけると幸いです。
また次回をお楽しみに。それでは。