第1話 想定内と想定外
「どこなのよ、ここ。」
気が付けば、霊夢は知らないところに倒れていた。背の高い建造物っぽいものに囲まれ、そのおかげで陽の光は遮られ、薄暗い。このような場所は幻想郷には存在しない。
何より空気が違う。幻想郷に比べて、ずっと埃っぽいというか、汚い。何だって紫はこんなところに私を放り込んだのか。
「まったく、紫も面倒な所に放り込んでくれたわね・・・」
立ち上がり、埃を払う。幻想郷でないなら、ここはおそらく『外の世界』だろう。紫なら外の世界と行き来できる。
「じゃあとりあえず、適当に結界探して帰ろうかしら。」
幻想郷と外の世界は『博麗大結界』によって仕切られている。『博麗の巫女』である霊夢は、その結界をある程度操作することができる。幻想郷へ帰るには、その結界の開いて中に戻ればいい。
「そうと決まれば早速・・・の前に、確か前に紫が言ってたわね。外の世界はルールだらけだって。」
「郷に入っては郷に従え、ね。じゃあまずは、こっちの誰かから、そのへんのことを訊き出さないと。」
そのとき、霊夢の視界に人影が映った。
「あ、ちょっと!」
人影は立ち止まり、ゆっくりとこちらを向く。背に巨大な太刀を携え、背が高く、ローブを纏い、顔は仮面、前身は鎧に覆われていて、表情すら分からない。
「ねぇ、ちょっといい?」
「……。」
「ちょっと、聞こえてんでしょ?」
「……。」
霊夢は、ここに飛ばされる直前の状況を思い出していた。紫は返事をせず、ただ無言で襲い掛かってきた。また同じパターンなのか。無意識に警戒していた。
どいつもこいつも無視しやがって。霊夢は機嫌を悪くした。
「何とか言いなさいよ。」
「……当代の、博麗の巫女だな。」
「聞こえてんなら返事しなさいよ。」
低く、冷たく、鋭く、くぐもった声。特別敵意は感じない。
おそらく中身は男だろうと察する。
「ハァ、まぁいいわ。ここはどこなのよ?」
「……此処は『現代』、貴様ら『幻想の住人』のいうところの『外の世界』だ。」
やっぱり。ここは外の世界のようだ。
「私のこと、知ってるのね?」
「……であれば如何する、博麗の巫女よ。」
私の事を知っているのなら、話が早い。すぐに結界まで案内してもらおう。
神社に戻る目途が立った霊夢は、既に紫への神社の落とし前のことを考えていた。
「だったら、博麗大結界まで案内してくれる?」
「……断る。」
それは困る。それはそれはとても困る。
幻想郷とは、現代で忘れ去られた存在が、最後に行き着く場所。そういった存在が存在し続けるためには、『幻想』という形で人々の意識から切り離されていなければならない。
そのために、人々の意識と『外』からの過激な干渉から隔離するための『結界』を張り、その実態を永きにわたって『ありえない話』とすることで、人々は無意識に忘れていき、現在では、『外の世界』では幻想郷の事を知っている者はいないらしい。紫が言っていたことだ。
つまり、目の前にいる男は、『こっち側』で唯一その辺のことを知っているであろう男なのだ。しかもコイツは、『出来ない』ではなく『断る』と言った。折角見つけた、幻想郷への道しるべだ。ここで手放せば、いつ帰路が見つかるか分かったもんじゃない。
目の前の仮面の男から、如何に博麗大結解への道を訊きだすか。
霊夢は、男が現れた時から、その背に背負った巨大な太刀から、微弱な妖気を感じ取っていた。
それも決して脆弱なわけではなく、膨大な量の妖気を押さえつけているような。
「その刀、妖刀でしょう?こっちには妖怪は出ないみたいじゃない。そんなの携行する必要がないでしょう?必要な場所といえば、幻想郷ぐらいじゃない。」
「つまりアンタは、事故かなんかでこっちに放り出された。なら、一緒に連れてってあげるから。どう?」
「……幻想郷へ渡る理由は、我にはない。それに、この刀は妖のみを屠る物でもない。」
「ふぅん……どういう意味?」
意味深な事を言ってくる。少し気になった。
「……貴様を幻想郷へ連れ帰る気は無い。」
「じゃなくて、その後のやつよ。妖怪以外に何切るのよ。まさか辻斬りでもやってるの?」
「……我が敵は妖のみに在らず、ということだ。」
「じゃあその『妖怪以外の敵』ってなによ?動物とか?」
「……ある意味、獣や妖より悍ましい。」
「いい加減ハッキリ言いなさいよ。」
「『人間』だ。」
「人間?」
「……そうだ。」
「あなたの敵は人間ってこと?」
「……人間の在り方は個々が定めるもの。それ故、それぞれが別の環境を望む。」
「そして自分と他人の望む環境が違えば、大抵の人間は己が望む環境の完成のみを目指し、そして、他者の行動が自分の不利益を導くとき、衝突する。」
「人間は、己にとって邪魔な存在は、人・物問わず、そこに自分に『足りない』と感じたものを全て貪り、吸い尽し、その『残骸』は『処分』する。」
「また人間は、妖と違い『知恵』を有する。ただ『喰らう』だけの妖と、『知恵を用いて奪い、嬲り、貪り、放棄する』人間。」
「そこに、大した違いは無い。」
「……小難しいこと考えるのね。まぁ、妖怪も人間も大して変わらないってのはそうでしょうけど。」
「総ての人間が皆協力して生きているという、『何の争いも起きない平和は世界』とは『異常』そのものだ。」
「私は他者に理解を求めているわけでは無い。否定したければすればいい。」
「只、人間はいつも己が知りたくない、認めたくない情報を遮断する。」
「否定したければ、否定できるだけの材料を揃えてからにしたほうがいい。私は自ら己の目を塞いでいるような奴の相手はしない。」
「あっ……そ。」
結界まで案内させるために説得するつもりが、逆に黙らされてしまった。
長々と持論を展開された。さてどう話を切り替えようか。
目の前の男が人間に対する価値観など、霊夢にとってはどうでもよかった。
問題は、道案内をさせる流れが断たれたこと。
言葉を返せず黙っていると。
目の前の彼は背を向け、去っていく。
「待ちなさい。アンタ、名前は?」
「……『不知火』だ。」
そういって、彼は"目の前から消えた"。
大結解への道が途絶えた霊夢。ただ、絶望はしていなかった。
案内役がいないのだから、自分で探せばいいのだ。
情報を求め、霊夢は目の前の大通りに出る。とりあえず今は、どこから夕餉を調達するのか、ということ。
見慣れない衣服や建築物を眺めていると。
想定外の、聞きなれた声が、ここにいる筈のない者達の声が聞こえる。
「おーーーい、れーーーむーーー!」
「霊夢さーーーん!こっちでーーーすよーーー!」
軽くめまいがした。
どうも。観測者Sです。
今回も読んでいただき、ありがとうございます。
さて、内容の方ですが、まさか1対1の対話でこんだけ書くとは思っていませんでした。一応自分は支離滅裂にはならないよう気を付けてはいますが、「分かりづらい」「意味不明」「矛盾してる」等ありましたら、教えていただけると嬉しいです。
ではまた次回で。