一
男の名は霧夜京一郎といった。半端に伸ばされた髪や少したれ気味の、しかし鋭い眼光が彼の雰囲気を剣呑なものにしていた。例えるなら素浪人か。彼は長い何かを包む竹刀袋を片手に東京某所を訪れていた。
「ここか……」
門柱の間を閉じる立派な柵越しに、とある児童養護施設を見る。
「おじさん、誰?」
気がつくと柵のところに一人の少女が現れ京一郎を見上げていた。
「おじっ……」
一瞬目を見開いた京一郎だが、頬を引くつかせ何とか笑みを作るとその少女に語りかけた。
「“お兄さん”はな、ここの園長先生に用があるんだ。悪いんだけど、誰か先生を呼んで来てくれないか?」
きょとん、と彼を見上げた少女だったが、一転、笑顔になると「分かった、おじさん」と言って踵を返した。少女の背を見送りながら、最早限界だった作り笑いを崩すと盛大に溜息をついた。
「そんなに老けて見えるか……?」
彼はまだギリギリ二十代なのだ。
*
応接室の豪奢なソファーに違和感を感じつつも、供された緑茶を啜った京一郎は、園長の話を反芻するように繰り返した。
「惨殺死体で発見された、と?」
園長は組んだ指を忙しなく開閉しながら沈痛な面持ちで口を開く。
「はい……。ほんの一週間ほど前でしょうか。表の道路を通りかかった方が血まみれで倒れていたのを発見したのです。すぐに救急に連絡したそうですが、残念ながら手遅れであったと……」
園長はハンカチで目元を拭った。
「で? そいつが今密かに噂になってるとかって“黒い鬼”の仕業じゃねぇのか、と」
「ええ。“この街には悪人を狩る黒い鬼がいる”。インターネットなどでささやかに語られているあの話です」
「ただのサイコ野郎の仕業って可能性は?」
「実は警察の方々の捜査が非常に難航しているようでして……。私も少し伺っておりますが巨大な刃物を使った犯行であるそうなのですが、日本刀すらも上回るサイズが考えられているそうなんです。そんなもの人間に振り回せるわけありません」
「人間が無理なら……」
「はい。もし鬼が実在するのなら、あるいは。悪人を狩ると言っても鬼なんて怪物、いつ心変わりを起こすか……」
園長は恐怖を感じたのか顔を覆い俯いてしまった。
京一郎は遠慮なしに口の端を吊り上げると肩に立てかけた竹刀袋を床にトン、と立てる。袋の中からはガチャ、という金属質な音が響く。
「それで俺に依頼したって訳か」
「私もツテと言うツテを辿ってアナタを探し当てました。決して表に現れることの無いアナタを」
園長は期待を込めた目で京一郎を真っ直ぐに見ると、力強く言った。
「退魔士として名高いアナタを」
*
人間が魂を穢し、やがて変化する化生の存在、妖。
霧夜京一郎はそれらを代々葬ってきた家系に連なる男であった。退魔士の存在が組織化され始めた頃、彼の先祖もそれに加わるが、傍系の流れを汲む彼は組織に関わることなくフリーの退魔士として日本、あるいは世界を転々としていた。
フリーということは、純然たる実力主義。海外においてはエクソシストにも神父にも一歩も譲ることなく、妖を狩り続けた。
そんな彼にある日連絡が入ったのだ。
どうか少女の無念を晴らして欲しいと。
その報を受け、彼はこの街に足を踏み入れた。