降るまで
蔵船屋の源爺はきょうも浜に立つ。
海猫どもがかしましく囀っては波間を掠めていく。空は鈍い灰色に煙っている。
この地が鰊の大漁に沸いたのはいつ頃のことであったろうか。浜にはいくつもの酒場と遊郭が建ち並んでいた。だが今は見る影もない。
学校帰りの子供たちが源爺の足元に次々と小石を投げた。本気で当てようという気はなさそうだった。からから、かちかちと乾いた音が響く。砂浜はなく、もともと小石を敷き詰めたような浜であった。源爺は振り向いても見ない。わぁーと歓声をあげ子供たちが走り去る。
源爺の目が大きく開かれた。
「来る」
しわがれた声が響いた。
灰色の空が割れ、一条の光が沖から浜まで貫くように走った。
源爺は満足そうに何度もうなずいた。
沖から追われた鰊が浜に降注ぐ様がまるで源爺には見えているようであった。
この日をどれだけ待ち侘びたことか。
久方ぶりの鰊の到来で沸く浜に、横たわる源爺の遺体が発見されたのは、翌朝早くであった。