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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

三題噺【ちりめんじゃこ】【お風呂屋さん】【釜】

作者: 五十嵐古西

若干のボーイズラブ描写がありますのでご注意下さい。

 とある地方都市の中心、町名を冠した駅から伸びる商店街は殆どの店のシャッターが閉まっていた。十数年前にできた隣町の安さが売りの大型ディスカウントストアに、義理と人情しか取り柄の無い駅前の商店街は客を取られて潰れた。シャッターには「テナント募集」は張り紙が誰にも見られずに色褪せてぼろぼろになった。

 しかし、その商店街を一本中に入ったところにある高い煙突は、昼夜問わずもくもくと煙を吐き出していた。まるで寂れた商店街の中で気を吐くように。

「もうお風呂屋さんなんかやっても儲からないよ」

 聡介は呆れた声で言った。

「しょうがないでしょ、いまさら壊すわけにもいかないんだから」

 聡介の母、路子みちこもため息をついて言葉を返した。

 銭湯「苅田屋」は駅開きのときから存在する、伝統のあるお風呂屋さんだ。路子の父が銀行に借金をしてまで建てた銭湯なのだ。

「高い煙突も好きだけどなあ。川泉町のランドマークみたいで。ほら、東京にも最近東京なんとかツリーって出来たらしいじゃない」

「他人事みたいに言わないでよ。僕たち家族がご飯を食べられるかどうかがかかっているんだから」

 聡介が声を荒げた。

「まあ、今度おばあちゃんにも相談してみるね」

 路子はまたしても他人事のように言った。

 路子はどこか抜けているところがあって、身に危険が迫ってきているということに気付くのが人より数倍も遅い。今回も同じだ。家計簿を見れば銭湯での赤字が大きく、収支の釣り合いが取れなくなっているのは自明なのに、持ち前の楽観論で何とか乗り切ろうとしている。息子で大学生の聡介はそれを反面教師にして育ってきた。


 *


 ある夏休み、そんな寂れた町のお風呂屋さんにも変化が起きた。女湯は依然寂れたままだったが、男湯に活気が戻ってきた。特に多いのが、三十代後半から四十代の二人組でやってくる男だ。

「いいわねえ、男の友情なんて」

 路子は番台で目を細めて男湯に入ってゆく二人組を見ていた。

「もしかしたら友情じゃないかもしれないよ?あの歳で男の友情なんて絶対におかしいでしょう」

 聡介が疑いの目で男湯の入り口を見つめた。

「じゃあ…なんなの?」

 路子が聡介に訊いた。

「たぶん…こっちのほうかも」

 聡介が右頬に左手を立てて、声量を落として言った。すかさず路子がばしっと背中を叩く。

「やだあ、聡介ったらあ、あははははは」

 路子は笑いを抑えられない。

「だってあんなのテレビの中だけでしょう?」

「実際、結構いるらしいよ」

 聡介は真顔で言った。

「じゃあ今度男湯入ってみてきてよ」

 路子は冗談半分で聡介に言う。

「嫌だよ母さん、目が合ったら絶対気まずいから」

「じゃあお願いね~」

 必死に拒否する聡介を置いて、路子はどこかへ向かって行ってしまった。


 *


(結局やらされる羽目になったよ…)

 聡介は男湯の更衣室でため息をついた。前日の店終いの際にドリルで空けておいた穴から浴場を見渡すと、さっき男湯に入るのが確認された中年の男二人組が立ってシャワーを浴びていた。

「なぁ…誰もいないからいいだろ?」

 大柄な男の声が浴場に響いた。

「やめてくださいよ…そういうの…」

 小柄な男が声を震わせて答える。

「お前のケツ、キュッと締まってていいよなあ」

 大柄な男が小柄な男の尻をまさぐる。

「触らないでくださいよ」

「ここも喜んでいるのかな?」

 大柄な男が小柄な男の排泄部に中指を突っ込んだ。

「」

 この世の終わりを思わせるような声で小柄な男が叫んだ。聡介は怖くなって覗き穴から眼を離すと、後ろに坊主頭の筋肉質な男が全裸で立っていた。

「お兄ちゃん、良い体してるねぇ」

 その男は聡介を誘うような口調で言った。

「あ、ちょっとトイレ行ってきます」

 早口にそう言うと、聡介は更衣室を飛び出し事務室に駆け込んだ。

「ああ、死ぬかと思った…」

 事務室の椅子に座った聡介は、肩で息をした。


 *


「噂は本当だったようね」

 遅い夕食の席で路子は言った。

「守り抜いてきたお風呂屋さんで釜を掘ってる人がいるなんて…死んだおじいちゃんに申し訳ないよ…」

 聡介は泣きそうになりながら言った。

「お母さんもお風呂屋さんについては、もう潮時かなと思っていたの」

 路子が聡介に打ち明けた。

「え…?」

 聡介は唖然とした。

「ただいま~」

 沈黙を打ち砕くように聡介の父、辰彦が帰宅した。辰彦は県庁がある市の問屋で働いている。

「おかえりなさい~」

「ちょっと、路子」

 辰彦は路子を呼んで、食堂の隣の部屋に座らせた。

「急に何よ、そんなにかしこまって」

 路子は顔色を失った辰彦に訊いた。

「いや、実は…ちりめんじゃこが…ちりめんじゃこがさぁ…」

 辰彦は口ごもってなかなか話を打ち明けられない

「ちりめんじゃこがどうしたのよ」

 辰彦の煮え切らない態度に業を湧かせて、路子は強い口調で言った。

「ちりめんじゃこ、俺の発注ミスで頼みすぎちゃったんだよね…頼みすぎた分は自己責任といって誰も受け取ってくれなくてさぁ…」

 辰彦の声はどんどん小さくなっていった。

「それはなんとか成りそうね」

 路子がきっぱりとした声で答えた。

「…え?」

 思わず辰彦は聞き返した。

「もうお風呂屋さん辞めることにしたの」

「本当に良いのか?路子」

 路子がいちばん、銭湯「苅田屋」に情熱を注げてきたのは辰彦がよく知っていたので、まさか本人の口からそのような言葉が出るとは意外中の意外だった。

「だって、男湯はゲイが釜掘る場所になっちゃったし、女湯はがらんどうだし、こんなんじゃ死んだお父さんにも申し訳ないからね」

「…そうか、銭湯はお前の好きにすれば良い」

 辰彦はネクタイを外しながら(ショックを隠すために)ぶっきらぼうに言った。

「でも、それとちりめんじゃこはどういう関係があるんだ?」

 辰彦は改めて路子に聞いた。

「浴室にちりめんじゃこを置いておけば良いのよ」

 得意げな顔で路子が言った。


 *


 全てのちりめんじゃこの搬入が終わった。ちりめんじゃこの真空パック入った段ボール箱が男女の浴室を埋め尽くした。

「これで全部?いくらなんでも多すぎるわよ」

 息を切らしながら路子は言った。

「契約書に一桁多く書いちゃったみたいで…本当に馬鹿だよな俺…」

「そう簡単に弱音を吐くな!」

 路子はばしっと辰彦の背中を叩いた。

「でもこれどうすれば…家じゃ絶対に食べきれないし…」

「道の駅にでも売り出しましょう」


 *


 ちりめんじゃこは卸値にわずかばかりの利益をつけただけの激安価格で販売したので道の駅で評判になった。気を良くした路子は、辰彦のコネクションを使ってまたしても大量のちりめんじゃこを安く仕入れて安く売った。お風呂屋さんの経験で培った巧みな話術で、道行く人を引き寄せて行った。今では自分で会社を開くほどに成長した路子に誰もが羨望の眼差しを向けていた。


御読了有難うございます。

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